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第35話 衝撃

ひとしきり昔話に花を咲かせたあと、俺は「そういえば、お姉さんの問題どうなったの?」と話題を振った。 雅人のことだ、恐らくこの話をしたかったのだろう。 「よくぞ聞いてくれました! いやー、慰謝料たっぷりの円満スピード離婚! ねーちゃん良かった、おめでとう!」 雅人は嬉し泣きしながら再び乾杯の音頭をとる。 勿論、当人はいない。 「けど、元旦那がしつこく付きまとってるんだろ? 大丈夫か?」 「あー、それなんだけど……実家はバレてるからねーちゃんうちに避難してるんだ」 なぜか照れながら報告をする雅人。 「かーちゃんに、清水の舞台から飛び降りるつもりで俺の気持ちごと伝えて、その上で一生ねーちゃんだけを愛するし泣かせないから、任せて欲しいってお願いしたんだ。したら、俺の気持ちはとっくに気付いてたって。でも、母親としては娘にも俺にも幸せになって欲しかったから、ただ見守ってたんだって言ってた」 「……へー……」 血は繋がっていなくても、母親にはわかるものなのだろうか。 いや、血が繋がっていないからこそ、よく理解しようと雅人の言動に気を配っていたのかもしれない。 「一緒に住んでる時も、ねーちゃんに手を出さないようにしていたのはよく理解してるから、同棲……同居しても、本人の気持ちを無視して乱暴なことはしないと信じてるって。ほら俺、かーちゃんには信用されてるから」 「盛大に釘を刺されたな」 「そうとも言える」 しかし、元旦那の子供を妊娠した女性がなかなか痛烈な人なので、お姉さんにちょっかいを出していることを知れば、元旦那もただではすまないらしい。 弁護士経由で厳重注意を促したそうなので、しばらくすればお姉さんの周りも落ち着くだろうとの話だ。 「これからは一生、あの女の尻に敷かれて生きていくんだよ。そう思えば、まだ許せるわ」 愉快そうに笑うが、雅人の本音は違いそうだ。 大事なお姉さんを傷つけた男なのだから、恐らくこの先何があっても許すことはないだろうし、そんな男だと見抜けずにみすみす結婚させてしまった自分を悔いている。 「お母さんに話したのはわかったけど、本人には?」 「へ? いやまさか、本人にまだ告白してないなんてことは……」 飾音の質問に、俺は笑って突っ込む。 まさかな。 ないよな。 ぱっと雅人を見ると、前回の飾音のように、スーッと俺たちから視線を避けた。 「……嘘だろ」 「や、だって、告白を先にして、同棲、いや同居出来なくなったら嫌だし」 「駄目だろ」 「俺が告白したら、ねーちゃんが気まずい思いをしながら一緒に暮らすことになんだよ? そんなことしたら絶対、直ぐまた引越ししようとするに決まってる。こんな短期間に、離婚と引越し二回なんて、ただでさえストレス半端ないに違いないのに、三回も引越しさせたくないだろ!」 それは一理ある、気もする。 ……けど。 「……我慢、できんの?」 雅人は聖人じゃない。 むしろ、煩悩だらけの健全な男だ。 「無理だよ! 無理だからこうして、今日は避難してんだよ!」 ダン! とジョッキを机に叩き付けて、雅人は突っ伏した。 「家に帰ると、大好きなねーちゃんが毎日可愛い声で『お帰り』って言ってくれんの。で、全然迷惑じゃないのに『迷惑掛けてるから』って、美味しい夕飯作ってくれてんの。先にお風呂とか入ってるから髪も濡れた色っぽい姿で、平気でタンクトップと短パンとかいう部屋着着てるの。ブラとかつけてないから、色々ヤバイの。胸の谷間とか太腿とか、見ないようにすればするほど視界に入ってきちゃって、俺の息子は勃ちっぱなしなの!!」 「……それは大変だな」 俺たち二人は頷きながら、雅人に激しく同情した。 前なら「さっさと告れ」と言っただろうが、今の関係が崩れるくらいなら現状維持をしたい、という気持ちは痛いほどわかる。 わかってしまう。 ましてや、一度手にしてしまったものを失うなんて……と思いながら飾音を見れば、視線が交わって動揺した。 「……俺、ちょっとトイレ」 「うん」 小用を済ませ、洗面所で顔を軽く拭った。 やばいな、結構赤くなってる。 飾音は酔うと目元だけ紅くなるんだけど、それが色っぽいんだよな。 いいな、茹蛸みたいになる俺と違って、ああいう顔の火照り方が羨ましい。 そんなことを考えながら席に戻ると、雅人が飾音に「彬良は気づいてないみたいだけどさあ」と会話していて、俺は席に戻るタイミングを損なった。 ん? 俺が何に気づいてないって、なんのこと? 「中学の時の断り文句が『女は好きになれない』で、高校から『好きな奴がいる』なんだから、わかりやすいなーって俺は思ってたよ」 「まぁな」 どくん、と胸が強く打ちつけて、痛い。 飾音の好きな奴は、高校時代の奴だったのか。 「暴露話の時だって、俺にとっちゃ何を今更ってネタだったし」 「だな」 「……で、まだ告ってないのか?」 さっきと立場が逆だな、と思いながら俺は飾音の「まだ」という言葉に安堵する。 「まぁ、俺たち高校時代から『告らない同盟』に所属してるからな」 なんだそれ、と思いながらも、俺の知らないところで二人はそんな前から片思いを続けていたんだなと改めて理解させられる。 二人はそれで、幸せだったんだろうか。 「でも、最近明らかに距離感近くないか? もしかして、告ってないのにヤった?」 「……」 「え? マジで、ヤったの?」 雅人の言葉が鼓膜を揺らした瞬間、ぐわん、と視界が歪んだ気がする。 飾音が、好きな奴と、ヤった? ヤったって、何を? ……どう考えたって、セックスだろう。 じゃあ、俺は何? どういうつもりで、関係を続けてんの? 深呼吸をして、スマホを振りながら席に近づいた。 「悪い、二人とも。ちょっと急用が入った」 「彬良、顔色悪くない? 大丈夫か?」 飾音が無表情で、心配の色をその瞳にのせる。 「平気平気、ちょっと酔っただけ。ごめん、今日は先に抜けるわ。これ、会計」 俺は五千円札をテーブルに置くと、逃げるようにしてその場を去った。

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