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第34話 映画館

「……あれ? 土岐じゃね」 「誰、知り合い? うわ、イケメン二人組……!」 一組のカップルが、映画館デートに来ていた俺と飾音を呼び止めた。 俺たちが観ていた映画はずっと映画館で観たかった作品の第四弾だ。 流石に今日はアナルプラグを免除してもらっていたから、ポップコーンとコーラを抱えつつ集中して観ることができた。 エンドロールが終わって会場が明るくなったところで、俺と飾音は席を立つ。 スクリーンを見ながら泣いて笑うことも、飾音が相手ならやはり全く問題はなかった。 興奮が冷めない俺は、飾音にやっぱりこの映画のパンフレットを買いたいと話して売店に来たところで、結構派手目なカップルの男性の方から、声を掛けられたのだ。 女性が目を輝かせて俺たちをイケメンと評価したのが気に食わなかったのだろう。 男性はわかりやすく眉を上げると、飾音を指差して嗤いながら言った。 「お前、見る目ないなぁ。こいつ、こんな顔してるのにホモなんだぜ」 「げ。そうなんだ。じゃあこの人たちって……恋人ってこと?」 飾音が同性愛者だと知ってることに驚きながら、俺は飾音の肘のあたりをクイと引っ張る。 「飾音、知り合いか?」 「いや、知らない。それよりも彬良、パンフレット買うんでしょ」 俺の背中を押してその場を去ろうとした飾音を、男はギロリと睨みつける。 「中学で一緒だったろ!」 「悪い、覚えてない」 このやりとり、どう考えても友達関係ではなさそうだなと思いながら、俺は傍観した。 一緒にいた男性の大きな声に驚いたらしい女性と目が合い、怖がらせないように、にこりと微笑む。 絡んできたのは君の彼氏であって、俺の飾音じゃないですよっと。 「覚えてないだって? 俺はよく覚えてるぞ、俺の元カノが」 「ちょっと待って、ストーップ」 傍観を決め込む予定だったが、男の方が元カノの話なんて持ち出そうとするから、思わず手を振って間に割って入ってしまった。 ああもう、面倒くさい。 でもこの面倒くささが、懐かしかった。 高校時代も、飾音が無表情で何を考えているかわからないとあらぬ誤解を生み、そのたびに俺が仲裁だか弁明だかしていたことを思い出す。 「そちらの女性、彼女さんなんでしょ? 彼女さんの前で元カノの話なんて、しないほうがいいと思うけど」 「……っ、あ、お前、あの時の……!」 「へ?」 どうやらその彼氏君は、俺とも面識があったらしい。 いや、俺と飾音は中学が違うから、友達なわけがないんだけど。 彼氏君は少しだけ何か言いたそうに口をパクパクとさせたが、言葉を飲み込んだ。 そして、「ごめん、もう行こうか」と言って彼女さんの腰をエスコートして、何事もなかったかのように去って行く。 「……なんだったんだ……?」 俺がやや唖然としながらも首を傾げていると、飾音は小さく笑った。 「あいつ、高校一年の時にも絡んできたことがあったんだ。その時も彬良がいて、見事に撤退させられたのを思い出したんだと思う」 「え? 俺、そんなことした?」 「した」 「飾音、きちんとあの人のこと覚えてるじゃないか。失礼な奴だったけど、もしかしたら飾音のそういう態度に傷ついてるだけかもよ? 本当は飾音と友達になりたいんじゃないかなあ」 俺はそう言いながらパンフレットを店員さんに一部渡す。 「……彬良は本当に、変わらないなぁ」 支払いを終えた俺の耳に、飾音のしみじみとした声が届いた。 *** 「あー、あったね。あったあった」 「雅人と三人で遊んでた時に、駅で絡まれたんだよね」 雅人に聞けば、懐かしいなぁ、と言いながら当時のことを話してくれた。 「飾音はさ、中学の時からモテモテだったんだけど、当時は『女は好きになれないから』が断り文句だったわけ」 「え? その年でカミングアウトしてたってこと?」 「女に群がられるの、面倒だったし」 中学時代の俺は友人たちと、バレンタインデーに貰えるチョコの数を競い合っていたのに。 飾音と比べて子供っぽい競争をしていた自分が、少し恥ずかしくなる。 「じゃあ、雅人だけじゃなくて、中学時代の同級生なら皆飾音が同性愛者だって知ってるってこと? でも高校の時は……」 「高校ではさ、難関だってことと少し離れてるってこともあって、同中から男は俺と飾音の二人と、噂に疎い真面目なタイプの女の子二人しか入らなかったわけ。だから、飾音がそうだって広まらなかったんだよな」 「へぇ……え、で、俺はいつそいつと会ったの?」 高校一年で仲良くなった俺たち三人は、ある日駅のホームで待ち合わせをしてゲーセンやカラオケに行く約束をしていた。 そこに、飾音と雅人と同じ中学の同級生三人が、たまたま居合わせた。 「相変わらずホモ同士でつるんでるのか」 そう一人が飾音と雅人をからかった時、俺が成る程と頷きながら言ったらしい。 「ああ、女の子を好きになれる、という点でしかマウントを取れないから、そんな言葉しか浮かばないのか!」 二人は頭も容姿もいいもんね、中学でも人気だったでしょう。 でもそんな言い方されれば気分は良くないから、友達になれないよ? 友達になりたいわけじゃない? じゃあなんでわざわざ話し掛けて来たの? 興味ないなら無視すればいいじゃない。 そもそも、二人がホモで何が悪いの? 二人から告白でもされて、迷惑をこうむったの? それとも君が、どっちかを好きなの? え? そんなことない? じゃあホモって話はどこから出たの? 二人の仲の良さに嫉妬したの? やっぱり仲間に入れて欲しかったの? そんなことを矢継ぎ早に相手に尋ね、結局「勝手にお友達ごっこしてろ!」という捨て台詞と共にその三人は撤退したらしい。 で、映画館で話し掛けてきた一人が、その三人のうちの一人だったと。 全く覚えていないけど。 「うわあ、言いそう、俺……」 高校時代の俺は、疑問を感じるととことん相手に尋ねてしまうタイプの人間だった。 今も本質は変わらないけど、もう少し相手の顔色を見て会話の続行をすべきかどうか、見定めることができるようになった……と、自分では思っている。 当時は二人の仲が良いことを揶揄うための言葉だと思って、受け止めていたのだろう。 だから、二人がホモだなんて、全く考えてもいなかった。 飾音が同性愛者だなんて、これっぽっちも疑わなかったのだ。 俺にとって大事なことは、二人の親友と一緒にいることが、とても楽しい空間と時間であるということ。 ただそれだけだった。

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