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第37話 誤解
雅人のスマホに数回コールをすると、焦ったような声で雅人が出た。
『もしもし、彬良?』
「うん、俺。雅人、今って少し話せる?」
『それより、何かあったのか? 先週の金曜から全然既読にならないし通話も繋がらないって、飾音から連絡が来てたんだけど。俺も昨日電話したけど、繋がらなかったし』
飾音が俺を気にしてくれた、と思って胸が苦しくなる。
でもそんな優しさは、今は……いやこれからは、辛くなるだけだ。
いつまで経っても、好きな気持ちがなくなってくれないだろうから。
「悪い、電源落としてた」
『なんでまた。飾音が今日さ、』
「待って。飾音との話なんだけど。……ごめん、実はこの前の飲みで、二人の会話、少し聞いちゃってて。飾音が好きな奴と、その、えっちしたって話のこと」
『え? ……そうだよな、ごめん。俺が首を突っ込み過ぎたよな』
俺が盗み聞きについてまず懺悔すれば、なぜか雅人からも謝罪された。
別に、雅人の好奇心とか野次馬根性を責めてるわけじゃないのに。
「違うんだよ、雅人。俺さ、実は飾音のこと、その……好きになっちゃってて」
『え? それって、友達以上っていう意味の好きだよな? うわー、とうとう絆されたか! 良かったな、おめでとう!』
何をおめでとうされたのだかよくわからず、俺はひとまず会話を続ける。
「でもさ、飾音にはずっと好きな奴がいるだろ?」
『は? ええと、まあ、そりゃ……いるっていうか……え、彬良、なんの話してるの?』
「じ、実は、俺も飾音と、その、セックスしたことがあって」
『いやだから、聞いちゃってごめんって』
「いいんだ。それで、吹っ切ることができたから」
『……いやちょっと待って。本当になんの話してる? 何を吹っ切るって?』
雅人に問われ、俺は覚悟を決めた。
深く息を吸って、自分の想いごと吐き出すように、一言ずつ、はっきりと伝える。
「……飾音が好きだから、本当に好きな人と、上手くいって欲しいと思ってる。だから、まだちょっと苦しいんだけど、親友に戻りたいなと思って。実はさっき、飾音の家の近くで、お似合いの二人を見たんだ」
『いやマジで、なんでそんな誤解してんの!?』
雅人が電話口の向こうで野犬のように吠え、俺は思わずスマホを耳から離した。
誤解?
なんで飾音の幸せを願うことが、誤解なんだ?
「誤解も何も、飾音が好きな人と二人で飾音の家のほうに歩いて行くの、見たんだってば」
『いやいやいやいや』
いやも何も、さっきこの目で見たんだって。
なんで雅人は頑なに俺の話を信じてくれないのだろうか。
「それで話を戻すけど、飾音とは前みたいに、ただの親友に戻りたいと思って。これから多分、雅人には気まずい思いをさせることもあると思う。気を遣わせることもあると思うけど、それでも俺、三人でまた仲良く遊びたいと思ってるんだ」
『えーと……彬良さぁ、例えばの話だけど、飾音が好きな奴のこと、自分かもしれないって思ったことはないのか?』
「……は?」
雅人の突拍子もない言葉に、俺は目を瞬く。
雅人こそ、よく親友が真剣な話をしている時に、傷口を抉るような話を振るよな、と少し口を尖らせる。
……いや、短気はいけない。
雅人は知らないのだろうから。
「そんなこと、あるわけないじゃん。雅人は知らないだろうけど、昔から飾音はなんでも『雅人も誘おう』って言って、俺と二人で遊ぶことを嫌がってたんだよ」
これは事実だ。
俺と飾音は、仲が良かったと思う。
しかし、遊びだろうが勉強だろうが、俺が学校外で飾音を誘うと必ず、雅人も一緒にと飾音が言い出した。
だから俺も、飾音と雅人がワンセットなのだと理解して、飾音に声を掛ける時には必ず雅人にも声を掛けるのが普通になったのだ。
「飾音と雅人が幼馴染なのは知ってるし、俺が二人の仲にお邪魔させて貰っているのも理解してるけど」
『いや、むしろ俺が、飾音の邪魔してたんだけどね!?』
ちょっと意味がわからない。
雅人が邪魔だと思うなら、なんでわざわざ毎回雅人の名前を自ら出すんだよ。
でも、雅人がお姉さんの結婚式で酔い潰れた日。
雅人をタクシーに詰め込んで、飾音と二人になって、なんだか気分が高揚したことを思い出した。
そっか、俺はあの日、飾音の心の壁がなくなったように感じて、嬉しかったんだ。
俺と二人でも良いと思ってくれたことが、嬉しかった。
『いやだからそれ、飾音は二人になるのを嫌がってたんじゃなくてさあ……』
その時タイミング悪く、家の呼び鈴が鳴った。
「あ、雅人ごめん。なんかチャイム鳴ったから、ちょっと待ってて」
俺から通話を始めたのに申し訳なくて、雅人に謝る。
しかし、雅人の返事は意外なものだった。
『それ多分、飾音だと思う』
雅人の言葉に、俺は苦笑する。
あまり期待させるようなこと、言わないで欲しい。
あり得ないと思っても、そうだったらいいのにと思ってしまう。
期待してからの落胆は、辛いのに。
「ええ? それはないと思うよ。飾音は今、好きな人と一緒のはずだから」
『それ、どう考えても誤解だから。いいか、よく聞け彬良』
再び呼び鈴がなり、俺は「はーい」と声を上げて少し焦りながら玄関に近づいた。
「ん?」
『とにかくお前、飾音が好きだって話、まずは当人にしろ』
「え」
俺は雅人の言葉に戸惑いを隠せない。
そこは省いて、好きな人とだけシたほうがいいよ、と伝えるつもりだったから。
俺が告白でもすれば、優しい飾音のことだから、悩ませてしまうかもしれないし。
『俺が先に聞いたなんて飾音が知ったら、マジで八つ当たりされそう。俺は聞かなかったことにするから、とにかく彬良、飾音に告れよ。そしたら全て、円満に解決するからさ』
「え、ちょっと雅人……」
意味が分からない俺を放置して、雅人はさっさと通話を切ってしまう。
すると、玄関の向こうから、今度はチャイムではなく声が聞こえた。
「彬良、そこにいるの?」
「え? 飾音?」
俺が慌てて玄関ドアを開ければ、先ほど見かけた時と同じ格好の、仕事上がりの飾音が立っていた。
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