38 / 43

第38話 告白

「飾音、今日ってウチに来て平気だったの?」 俺は飾音にお茶を入れながら、おっかなびっくり尋ねた。 しかし飾音が、自分の好きな人ではなく俺のところへわざわざ来てくれたことに、仄暗い喜びを抱えてしまう。 性格が悪いな、と思って一人軽く凹んだ。 こんなんで、身体の関係をやめよう、なんて言いだせるのだろうか。 「平気。というか、今週彬良と全然連絡が繋がらなかったから、もとから来るつもりだった」 スマホを修理に出してて、とか一瞬誤魔化そうかと思ったが、俺は素直に答えた。 「えと、電源切ってて。ごめん」 「……彬良、何かあった?」 飾音にじっと見つめられる中、俺は無言で飾音の前にお茶を入れる。 綺麗な彫りが施されたこだわりの丸テーブルを挟んだ向かいに、居住まいを正して座る。 「……あのさ、飾音」 「うん」 顔を上げて、飾音の顔を正面から見る。 いつもと変わらないポーカーフェイスの中に見えるのは、どこか切実な思いだった。 本気で心配させてしまったらしい。 「心配掛けて、ごめんな。先週からずっと、考えてたんだけど」 「うん」 「俺たち、ただの親友に戻らないか?」 「……なんで?」 飾音の瞳に、翳りが見え始める。 怒ってる? いや、不安なのか? 「飾音が好きな人と……その、えっちが出来たって、雅人と話してるのを聞いた」 「……え?」 飾音は珍しく、訝しそうな表情を浮かべる。 どんな顔をしていても格好良さが増すだけだと感じてしまうのは、俺が飾音を好きになったからなのか。 「ええと、飾音は告白する気はないって言ってたけど。今、家で待ってくれているような関係なら、多分脈はあるんだと思う。だから、えーと……なにが言いたいかっていうと」 「待って彬良。家で待ってるって、なんの話? 彬良が家で待っててくれるってこと?」 飾音は両手を伸ばして、俺の腕をぐっと掴む。 ただそれだけのことで俺の気持ちは昂り、飾音に躾けられた蕾がキュンと締まった。 「違う違う。……その、本当は今日、飾音の家に行くつもりだったんだ。それで、飾音が綺麗な男性と仲良さそうに歩いているのを見ちゃって……」 声が震えそうになって、思わず俯く。 泣くな、俺。 今泣くのは、卑怯だ。 「ああ、それは俺の従兄弟」 「へ?」 俺は思ってもいなかった返事に、顔をパッと上げる。 「仕事の都合で、今日は俺の家に泊まる予定。金曜日じゃなければ別にいいよって返事しちゃってたから。因みにあの人、あんな顔で三十越えてて、妻子持ち」 「え……そ、そうだったんだ。俺、勝手に誤解してた。でも、こっち来て良かったの?」 「いいよ、別に。彬良と連絡取れないから何かあったんじゃないかと思って、今日は彬良の家に行くって先に伝えておいたし。向こうもじゃあ自由にやらせて貰うわってむしろ喜んでた」 「そ、そっか……」 うわ、本当に雅人の言う通り、誤解だった。 恥ずかしくなって赤面する俺の頬に、飾音は手をそっと添える。 そのままキスされそうになり、流されかけて、俺は慌てて掌で飾音の口元を覆うと、距離を取る。 「でも、好きな人とえっちできたって話は本当なんだよね?」 「……」 飾音の視線が、揺れる。 飾音の無言は、事実を如実に物語っていた。 気まずそうな表情。 一途なのに誠実ではなかった俺との行為を、恥じているのだろうか。 「俺さ……」 俺たちの身体の関係は、もうやめたほうがいいと思う……そう、続けるつもりだった。 『とにかくお前、飾音が好きだって話、まずは当人にしろ』 しかしなぜかその時、雅人の言葉を思い出した。 そして不思議と、雅人に背中を押して貰う時は、上手くいくんだ。 「俺さ、飾音のこと、好きなんだ」 俺が本音を吐露すれば、飾音はわかりやすく、目を見開いた。 そして、くっと眉根を寄せる。 一瞬、泣くのではないかと焦った。 「……俺だって、好きだ。けど、彬良の好きとは、意味が違う、から」 「そうだよな。急にごめん」 見事に玉砕した。 でも、逆に良かったのかもしれない。 言ってしまったことで、スッキリとした気がする。 「俺だって、男を好きになるなんて思ってなくて、驚いたわ」 肩を竦めて、カラカラと笑って言う。 どうか、空元気に見えませんように。 「……え? 待って、彬良。好きって、俺のこと、そういう意味で、好きってこと?」 俺の言葉をどう受け止めたのか、飾音がよくわからないことを確認してきた。 だから、そうだって言ってるじゃん。 「うん、好きだよ。少なくとも、飾音が好きな人と上手くいったらいいなと思う一方で、告白して盛大に振られれば俺が慰めてやるのにとか、俺と付き合ってくれれば幸せにしてやるのにとか、腹黒いことを思ってしまうくらいには……大好き」 そう言いながらどさくさに紛れて、飾音に抱き着く。 多分今、笑顔を浮かべても、引き攣ってしまう。 だったらこうして、顔を見られない方がいい。 「……」 あまりにも長い時間返事が貰えなくて、俺は首を傾げる。 もしかして、告白しながら抱き着いたから、ドン引きされたのだろうか? 羞恥心に襲われた俺は、不自然な動きでゆっくり飾音の傍から離れようとした。 けど、飾音に思い切り抱き締められて、離れることが出来なかった。 く、苦しい。 「飾音、ちょっと、腕の力、緩めて……っ!」 「ごめん」 首の辺りが濡れた感触がして、俺は目を瞬く。 「飾音……?」 失恋した俺が泣くのはわかる。 しかし。 「どうして飾音が、泣いてんの……?」 飾音の頬を、涙が一筋、落ちていた。 飾音の泣き顔なんて、初めて見た。 それは、惚れた欲目抜きで、純粋に綺麗だと思った。

ともだちにシェアしよう!