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第38話 告白
「飾音、今日ってウチに来て平気だったの?」
俺は飾音にお茶を入れながら、おっかなびっくり尋ねた。
しかし飾音が、自分の好きな人ではなく俺のところへわざわざ来てくれたことに、仄暗い喜びを抱えてしまう。
性格が悪いな、と思って一人軽く凹んだ。
こんなんで、身体の関係をやめよう、なんて言いだせるのだろうか。
「平気。というか、今週彬良と全然連絡が繋がらなかったから、もとから来るつもりだった」
スマホを修理に出してて、とか一瞬誤魔化そうかと思ったが、俺は素直に答えた。
「えと、電源切ってて。ごめん」
「……彬良、何かあった?」
飾音にじっと見つめられる中、俺は無言で飾音の前にお茶を入れる。
綺麗な彫りが施されたこだわりの丸テーブルを挟んだ向かいに、居住まいを正して座る。
「……あのさ、飾音」
「うん」
顔を上げて、飾音の顔を正面から見る。
いつもと変わらないポーカーフェイスの中に見えるのは、どこか切実な思いだった。
本気で心配させてしまったらしい。
「心配掛けて、ごめんな。先週からずっと、考えてたんだけど」
「うん」
「俺たち、ただの親友に戻らないか?」
「……なんで?」
飾音の瞳に、翳りが見え始める。
怒ってる? いや、不安なのか?
「飾音が好きな人と……その、えっちが出来たって、雅人と話してるのを聞いた」
「……え?」
飾音は珍しく、訝しそうな表情を浮かべる。
どんな顔をしていても格好良さが増すだけだと感じてしまうのは、俺が飾音を好きになったからなのか。
「ええと、飾音は告白する気はないって言ってたけど。今、家で待ってくれているような関係なら、多分脈はあるんだと思う。だから、えーと……なにが言いたいかっていうと」
「待って彬良。家で待ってるって、なんの話? 彬良が家で待っててくれるってこと?」
飾音は両手を伸ばして、俺の腕をぐっと掴む。
ただそれだけのことで俺の気持ちは昂り、飾音に躾けられた蕾がキュンと締まった。
「違う違う。……その、本当は今日、飾音の家に行くつもりだったんだ。それで、飾音が綺麗な男性と仲良さそうに歩いているのを見ちゃって……」
声が震えそうになって、思わず俯く。
泣くな、俺。
今泣くのは、卑怯だ。
「ああ、それは俺の従兄弟」
「へ?」
俺は思ってもいなかった返事に、顔をパッと上げる。
「仕事の都合で、今日は俺の家に泊まる予定。金曜日じゃなければ別にいいよって返事しちゃってたから。因みにあの人、あんな顔で三十越えてて、妻子持ち」
「え……そ、そうだったんだ。俺、勝手に誤解してた。でも、こっち来て良かったの?」
「いいよ、別に。彬良と連絡取れないから何かあったんじゃないかと思って、今日は彬良の家に行くって先に伝えておいたし。向こうもじゃあ自由にやらせて貰うわってむしろ喜んでた」
「そ、そっか……」
うわ、本当に雅人の言う通り、誤解だった。
恥ずかしくなって赤面する俺の頬に、飾音は手をそっと添える。
そのままキスされそうになり、流されかけて、俺は慌てて掌で飾音の口元を覆うと、距離を取る。
「でも、好きな人とえっちできたって話は本当なんだよね?」
「……」
飾音の視線が、揺れる。
飾音の無言は、事実を如実に物語っていた。
気まずそうな表情。
一途なのに誠実ではなかった俺との行為を、恥じているのだろうか。
「俺さ……」
俺たちの身体の関係は、もうやめたほうがいいと思う……そう、続けるつもりだった。
『とにかくお前、飾音が好きだって話、まずは当人にしろ』
しかしなぜかその時、雅人の言葉を思い出した。
そして不思議と、雅人に背中を押して貰う時は、上手くいくんだ。
「俺さ、飾音のこと、好きなんだ」
俺が本音を吐露すれば、飾音はわかりやすく、目を見開いた。
そして、くっと眉根を寄せる。
一瞬、泣くのではないかと焦った。
「……俺だって、好きだ。けど、彬良の好きとは、意味が違う、から」
「そうだよな。急にごめん」
見事に玉砕した。
でも、逆に良かったのかもしれない。
言ってしまったことで、スッキリとした気がする。
「俺だって、男を好きになるなんて思ってなくて、驚いたわ」
肩を竦めて、カラカラと笑って言う。
どうか、空元気に見えませんように。
「……え? 待って、彬良。好きって、俺のこと、そういう意味で、好きってこと?」
俺の言葉をどう受け止めたのか、飾音がよくわからないことを確認してきた。
だから、そうだって言ってるじゃん。
「うん、好きだよ。少なくとも、飾音が好きな人と上手くいったらいいなと思う一方で、告白して盛大に振られれば俺が慰めてやるのにとか、俺と付き合ってくれれば幸せにしてやるのにとか、腹黒いことを思ってしまうくらいには……大好き」
そう言いながらどさくさに紛れて、飾音に抱き着く。
多分今、笑顔を浮かべても、引き攣ってしまう。
だったらこうして、顔を見られない方がいい。
「……」
あまりにも長い時間返事が貰えなくて、俺は首を傾げる。
もしかして、告白しながら抱き着いたから、ドン引きされたのだろうか?
羞恥心に襲われた俺は、不自然な動きでゆっくり飾音の傍から離れようとした。
けど、飾音に思い切り抱き締められて、離れることが出来なかった。
く、苦しい。
「飾音、ちょっと、腕の力、緩めて……っ!」
「ごめん」
首の辺りが濡れた感触がして、俺は目を瞬く。
「飾音……?」
失恋した俺が泣くのはわかる。
しかし。
「どうして飾音が、泣いてんの……?」
飾音の頬を、涙が一筋、落ちていた。
飾音の泣き顔なんて、初めて見た。
それは、惚れた欲目抜きで、純粋に綺麗だと思った。
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