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第39話 好きな人 *
「俺がずっと昔から好きだったのは、彬良なんだ」
「へー……え?」
ずず、と洟を啜りながら言われ、俺は固まる。
――飾音が、俺を好きだった? 本当に?
「彬良に初めて彼女ができたって聞いた時、なんで男ってだけで、俺は彬良の恋愛対象じゃないんだろうって凄く理不尽に感じた」
「……そうだったんだ」
驚きの後に、じわじわと喜びが胸に溢れてくる。
俺たち、両思いってことなんだよな。
「彬良じゃなくて、他の奴を好きになろうと諦めようとした時もあった。でも、やっぱり彬良じゃなきゃダメだった。他の奴に触られると、勃つどころか鳥肌が立っちゃって」
「飾音が俺で勃って、良かったよ」
心からそう思う。
というか、飾音の立場から考えると、俺が飾音を好きになって本当に良かった。
そう思えば、泣けてしまうのも理解出来る。
「それは問題ないよ。彬良がずっと、俺のオカズだったし」
赤裸々に告白され、俺は飾音に抱き締められたままの身体をもぞもぞと動かす。
すると飾音が、俺の鎖骨にちゅ、ちゅ、とキスを落とした。
このままでいて、という意味を受け止め、俺は大人しくそのまま耳を傾ける。
「彬良と二人でいると、どうしても意識しちゃうから。いつも雅人を入れて、性的な目で見ないように努力してた」
「そっか」
これも本当に、雅人の言う通りだった。
飾音に嫌がられていたのではなく、意識してしまうことを避けていただけだった。
「じゃあ本当に、俺とこんな関係になるつもりはなかった?」
俺は既に半勃ちしている飾音のペニスに自分のお尻を悪戯に擦り付けながら、尋ねる。
「彬良がドMだって話を聞くまでは、全くなかった。彬良の幸せが俺の幸せだって、彬良が結婚しても、子供ができても、じーちゃんになっても、ずっと見守っていく予定だった」
「……凄い愛だな、それ」
想像以上の飾音の重たい想いに、俺は驚く。
見守り続けることは、辛くなかったのだろうか。
いや、辛かったはずだ。
それでも飾音は、傍に居続けることを選んだんだ。
飾音の覚悟に比べれば、俺の覚悟はなんて薄っぺらで、霞んで見えることだろう。
「うん、彬良の全部を、愛してる」
顎に指を引っ掛けられ、ちゅう、と唇を吸われた。
瞳を閉じて、飾音の舌先を歓迎する。
好きな人とのキスは、胸も身体も、こんなに昂るものなんだ。
「彬良に身体を許して貰えた時は、自分にとって都合のいい夢を見ているみたいだった。……それは、今も同じかもしれない。夢みたいだ」
「夢じゃないって」
今度は俺から、飾音にキスを仕掛ける。
舌を差し入れて、絡ませた。
駄目だ、真剣な話を聞いているのに、身体が疼いてしまう。
「だからもう俺……彬良を放してあげられないと、思う」
「うん、放さないで。彼氏……パートナーとして、ずっと傍にいてよ」
飾音の告白が、嬉しくて、胸が切なくて。
その思いにきゅう、と締め付けられて、涙が溢れる。
それなのに、俺の身体は淫らな要求ばかりするのだ。
今すぐ、飾音に抱いて欲しい。
「……ね、飾音……シよ?」
「明日仕事だよね? 身体、辛くなると思うけど」
「うん。でも、今シたい」
飾音の耳に舌を這わせて、俺は懸命に誘う。
飾音はするりと俺の胸を弄りながら、苦笑した。
「シたいのは、俺も同じなんだって。今日は歯止めが効かないからさ、明日ウチでたっぷりしよう?」
「えー……じゃあ、一回だけ、特別に」
「……一回だけ?」
「じゃあ、二回」
「増えてるし。わかった、一回だけね。今日は激しいのはしないよ」
「ええ~、たくさん苛めて欲しいのになぁ」
その日は飾音に、たっぷり甘えた。
飾音は何度も好きだと囁いてくれて、本当に優しく、ゆっくりと抱いてくれた。
――欲求不満が、溜まっただけだった。
***
『ほら、俺が言った通り、上手くいっただろ?』
「ありがとうな、雅人。背中を押してくれて」
もし、飾音の好きな人が俺だということを知っていた雅人がさっさとそのこと教えてくれていたら、話がこんなにこじれることはなかったのかもしれない。
しかし、それを求めるのは無理な話だ。
飾音が十年以上言わずに黙っていたことを、本人の意思に関係なくベラベラ話すような奴じゃないから。
それでも雅人は、「飾音の好きな人が自分だって考えたことはないのか」とか、盛大なヒントはくれていたのだし、本当に感謝しかない。
『本人が選んだ道とはいえ、飾音を不憫だなーって思うこともあったからさ。二人の親友として純粋に、二人が幸せそうで、俺は嬉しい!』
「……うん、ありがとう」
『でもさ、遊ぶ時にはこれからも呼んでくれよ! あまりいちゃいちゃするなら張っ倒すけど、俺もお前らと一緒にいるの、やっぱり好きだし楽しいし』
「それは勿論」
雅人の長い恋煩いも、ハッピーエンドで終われば良いのに、と心から思う。
「雅人も、お姉さんと上手くいくといいな」
『ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました!』
「え、何? 進展あったの?」
『ねーちゃん酔わせて言質取った。今は離婚したばかりで男を信じられないけど、俺が一年後もねーちゃんを好きでいられたら、恋人にしてくれるって』
「そうなの? ならもう、雅人の勝ちじゃないか」
『うん。だから俺今、男として意識して貰えるように、すげー頑張ってる』
一年後、絆されたお姉さんとデレデレな雅人の姿が目に浮かぶ。
『ねーちゃんが幸せなら良いって思ってたけど、ねーちゃんを俺が幸せにさせられるかもって思ったら、もっと頑張れる。禁欲とか、禁欲とか』
「……お母さんから釘刺されてるしな」
『……そうなんだよ……初めてかーちゃん怖いと思ったわ』
そう言いながらも、雅人の声はただひたすら明るい。
水を得た魚のようにいきいきとした声を聞いて、たった半年の間に起きたそれぞれの変化を、素直に喜んだ。
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