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第3話
冬馬と俺は同じ学校に通っている、しかも学年も一緒だ。
冬馬は無趣味らしく昼休みになると朝コンビニで買ったパンを齧りながら中庭のベンチでぼーっとスマホを眺めている。友達もいないらしく誰かとつるんでいる姿は見たことがない、きっと一匹狼というやつなんだろう。
今まではクラスが違うため、彼が昼休みに何をしているかなんて知る由もなかったが、友人と連れ立って購買から帰る時に渡り廊下から中庭を見て、偶然その姿を見つけた俺はピタリと脚を止めた。
「何だよ秋生、急に止まってんじゃねーよ」
「あー、悪ぃ。みんな先戻って食ってていいよ、俺ちょっと用事思い出したわ」
怪訝な顔つきの友人達に手を振ると、彼らは首を傾げながらも先に教室へ戻っていった。
彼らの姿が完全に見えなくなったところで踵を返すと、そのまま中庭に向かって歩き出だした。
「おい、独りで何やってんだよ」
ベンチに腰掛けたまま微動だにしない冬馬に声をかける。彼はチラリと視線だけをこちらによこしたが、すぐにスマホ画面へ戻して返事もせずに黙りこくっていた。
「無視すんなよぉ」
隣に座って購買で買ったパンが入ったビニール袋を開けて食べ始めると、隣で黙々と食事を続けていた彼が初めて口を開いた。
「友達は? いいのかよ」
「良いの良いの。あいつらとはいつでも食えるし」
「別に俺は一人でも平気だけど」
「でも寂しそうじゃん」
「お節介」
ズバッと言い捨てられてしまい言葉に詰まる。正直こいつのことはまだよく分からないことだらけだが、昼休みに一人ぼっちで居る彼を何となく放っておけなかったのだ。
「悪かったな、邪魔なら行くぜ」
さすがにこれ以上しつこく食い下がるわけにもいかず腰を上げようとすると、今度は逆に引き留められてしまった。
「別に……邪魔とは言ってないだろ」
「素直に寂しいって言えばいいのに」
唇を尖らせ拗ねたような顔をする冬馬を茶化すように笑うと睨まれたので慌てて口を噤む。
愛想のない男だが中身は普通の高校二年生、友達が居なくて寂しく思うこともあるはずだ、そう思うとほんの少しだけ親近感が沸く気がする。
それからというもの毎日ではないが週に何度か彼と昼食を取るようになった。場所は決まって学校の中庭のベンチで、どちらともなく集まって弁当やパンを食べるだけ。ただそれだけの関係だったがそれでも俺にとってはいい気分転換になっていた。
「……楽しいか?」
「んぇ? 楽しくないと一緒に居ちゃいけないルールでもあるのか?」
「いや、……何で態々と思って」
そりゃいつもの仲間と一緒に昼飯食べるのは楽しい、だが冬馬と一緒に昼飯食べながらそれぞれ動画を観たりしてダラダラ過ごす時間も案外悪くないと思っているのだ。
その理由を説明するのは難しいけれど……強いて言うなら一緒に居て楽と言うのが一番正しいかもしれない。
「冬馬と居ると楽だからかなぁ〜、空気読むとかしなくていいって言うかさ」
「空気か……。あれを読むのは疲れるからな」
「だろ? 俺だってたまには息抜きしたいんだよ」
「そうか」
短い返事をすると、冬馬はまたぼーっとスマホを眺め始めた。
「いつもスマホ見てるけど面白いアプリでもあんのかよ?」
気になった俺は横からスマホを覗き込むようにして画面に視線を向けると、ゲームでもニュースまとめブログでもなく、そこにはSNSのタイムラインが表示されていた。
「あれ、TO-MAのアカウントじゃん。俺もフォローしてるぜ?」
TO-MAとは最近話題の若手モデルだ、高身長と甘いマスクがどんなコーデをしてもバッチリきまる為男女問わず人気がある、かくいう俺もTO-MAの着こなしを真似したり雑誌を買ってみたりした事があるくらいにはファンの一人だ。
「これ、俺」
「…………は?」
何を言っているのか理解ができないまま硬直していると、冬馬はSNSに『メシ中』とポストした。すると俺のスマホに通知が来て、TO-MAのアカウントが『メシ中』とポストしたのが表示されてようやく状況を理解することが出来た。
「マジ?! お前TO-MAだったのかよ!?」
「声デカい」
人差し指を唇に当ててシッとジェスチャーをしながら注意される。
いや、それにしたって目の前の垢ぬけない男がTO-MAだなんて誰が想像するだろうか、思わず彼のメガネを奪って前髪を上に上げる。すると平行四辺形の切れ長の目にくっきり二重まぶたの大きな瞳が顔を出した。睫毛が長く目尻にかけてつり上がった形をしており、その顔面はまごう事なきTO-MAのそれだった。
感動していると彼はすぐに俺の手からメガネを奪い返し付けると、前髪を元のボサボサヘアスタイルに戻した。
高身長も、こう猫背になってしまうとなんだかヒョロガリに見える。
「なんで隠してんだよ、カリスマモデルだぜ? 普通にしてたら人気者になれんじゃん」
「俺にとっての普通がこっちなんだよ」
雑誌や広告でキラキラ輝いていたTO-MAの実態がこんな地味メンだとは……。彼に憧れる女子たちがこの冬馬をみたらどう思うんだろうな……。
「もったいねーな、イケメンなのに」
「世間のニーズがたまたま俺の顔面にあってるってだけだろ」
投げやりの口調の彼に「じゃあ何でモデルなんかやってるんだよ」と聞くと、彼はそっぽを向きながらぼそぼそと答えた。
「従弟が勝手に応募したら受かったとか言って、事務所に所属させられたんだよ」
どうやら本人は乗り気ではなかったらしい。聞けば最初は断りたかったようだが親戚一同にゴリ押しされて仕方なく承諾して今に至るという話だ。
「俺はただの着せ替え人形でしかない、所詮そんなもんだ」
吐き捨てるような口調で語りながら地面を蹴飛ばすように足を動かす、その姿はモデルなんて言う華々しい仕事は心底どうでもいいと言っているように見えた。
「事務所は辞めたくなんねーの?」
「まぁ、最近ちょっとやりたい事があるから」
「へえ、それって何だ?」
「内緒」
ふい、と顔を背けられる。秘密主義め……。まあ無理に聞き出すつもりもないし詮索するつもりもないけどな。
昼休みが終わるギリギリまで動画を見たり音楽の話をしたりしていたが、やがて予鈴が鳴ったので互いにそれぞれの教室に散っていった。
冬馬はあまり人を寄せ付けないというイメージがあったのだが、少しずつ心をひらいてくれているのか、俺が勝手に一緒に昼飯を食べても嫌がらず話をしてくれたりする。
と言っても俺から話しかけても相槌を打つ程度で彼から話しかけてくる事はほとんどないのだけれど、それでもなんだか気の置けない存在になってきているような気がして嬉しかった。
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