4 / 57
第4話
10月某日、今日は学校が休みで、冬馬も朝からバイトだとかで居ない為、俺は1人で買い物に出かけることにした。
冬馬と居ると俺の私服のダサさが際立ってしょうがないから、すこし洒落た服を買おうかなーなんて思いながら電車に乗った。
すると何かのイベントでもあるのか、若い女の子たちが大勢車両に乗り込んできた。
キャリーバッグやデカい紙袋をたくさん持っている人もいる、コスプレイベントか?
痴漢に間違われたら嫌だなと思い、そそくさと別の車両へと移動しようと一旦席を立った瞬間に人の波に押されて、チビな俺はぎゅうぎゅうと壁に押し付けられた挙句、足を踏みつけられてしまった。
最悪だ。
それでも何とか人並みをかき分けて別の車両に移動した頃には色々ヨレヨレだった……。
暫く電車に揺られた後目的の駅に着き改札を出る、ちゃんと財布を持ってきているかポケットを確かめてから行きつけの古着屋へ向かった。
少し予算オーバーしてしまったが目的の物を手に入れ、ご機嫌のまま自宅に帰る、玄関の戸を開けようとポケットから鍵を出そうとして違和感に気付いた。
……あれ……鍵が無い。
家を出る時は鍵を掛けたのだから、持っていなければおかしいハズなのに無いのだ。焦ってズボンのポケットを外に引っ張り出して確認するが、塵のようなモノがパラパラとこぼれ落ちるだけだった。これは、落としたっぽい……。
はぁー……と溜息をついてその場にしゃがみ込む、今日は冬馬は夜までバイトだから、彼が帰って来るまで部屋の中に入れない事になってしまう。
冬馬に「合鍵無くすなよ」と念を押されていたのにこんな失態を犯してしまうとは……。
後で怒られるだろうか、とか考えるだけで鬱になるわ……。
俺にできることは、もう冬馬が帰ってくるまで玄関前で待つ事だけだろう……。
初めの数時間はスマホでゲームをして時間を潰していたが、すぐに飽きてしまい、ただぼけぇっと虚空を見つめていた。
早く帰ってきてくんねぇかなあ、寒いんだけど……。
夕方になり、いよいよ本格的に寒さを感じ、買ってきた古着のお洒落なパーカーを袋から出して羽織る。それから数時間、辺りは既に真っ暗になっていた。
ただでさえ気分が落ち込んでいてネガティブになっているというのに、追い打ちをかけるように腹が減ってきた、……そういえば昼飯も食べていない。
しかし今から飲食店まで歩いて行く気にもなれず、玄関のドアに凭れ掛かり膝を抱えるような体勢で座っているうちに眠ってしまったらしい。
スニーカーをコンと蹴られ目を開けるとコンビニの袋を下げた冬馬が俺の事を見下ろしていた。
「お前、ここで何してんの?」
「鍵……なくした」
「……馬鹿じゃねぇの……? はぁ……」
呆れたように溜息をついて、冬馬は自身のポケットから鍵を取り出して玄関を開ける、そして俺を跨いで部屋の中に入り、靴を脱ぎながら俺に向かって言った。
「……とりあえず入れよ」
「うん……」
冬馬は俺を責めるでもなく淡々としていた。でもそれが余計に虚しいし悲しい気持ちになる、「無くすなよ」と言われたものを紛失したのは紛れもない事実なのに、特にそれに触れることも無く一週間後には俺にまた合鍵を作って渡してくれた。
「つ、次は絶対無くさないから!」
「うん」
素っ気ない返事とは裏腹に優しく微笑んでいる彼を見て、やっぱり不愛想なだけで中身は優しいヤツだなと思った。
───────────────……
季節は流れ11月になり秋を思わせるような陽気が続く頃となった。その頃になると俺と冬馬の仲はだいぶ縮まっており、今では親友と呼べる間柄にまでなっていた。
「アキ、何作ってんの?」
親からの仕送りがあるとはいえ、昼食を買い食いしていると流石に小遣いがなくなってしまうので、節約のために早朝にキッチンで弁当を作っていると、珍しく早起きしたのか冬馬が話しかけてきた。
いつもは寝起きが悪くギリギリまで布団の中に居る事が多いくせに。
「ん? 弁当作ってんだよ、ほら、服とかサブスクとかいろいろ金かかるじゃん?」
卵焼きを作りながら答えると、冬馬は納得したのかフーンと小さく呟いて俺の背後からフライパンを覗き込んだ。
「すげー……卵焼きだ」
「美味いかはわかんねーけど、何とか形にはなるもんだな」
卵を焼き終え、徳用の赤ウインナーに切れ込みを入れてフライパンに放り込んで炒める、すると火の通った赤ウインナーは切れ込みが開いてタコさんウィンナーに変わった。
「タコさんウインナーって……」
「なんだよ、先っぽがカリカリになって美味いだろ? タコさんウインナー。嫌いかよ?」
呆れ顔の冬馬に対して文句を言うと、彼は首を左右に振って否定した。
「そうじゃなくて、高校生のくせに可愛いモン好きだなって」
「可愛いかぁ? 普通じゃね? 弁当にタコさんウインナーは定番だぞ」
「ふーん」
俺の言葉を適当に流しつつ、彼も興味津々といった感じで俺の背後に立ち調理過程を覗いてきている。
「俺のも作ってよ。タコさんウインナーの弁当」
「えー面倒臭い、自分で作れよ」
出来上がったおかずを弁当箱に詰め込みながら不満を口にすると冬馬はムッとして眉を潜めたが、言い返すことなく黙り込んでしまった。
その様子があまりにもしょんぼりとしているように見えてしまい、罪悪感に苛まれた俺は渋々折れてやった。
「……わーったよ、作ってやるからそんなにしょげんなよ」
「やった」
なんつー演技だ、すっかり騙されたわ。
さっきまであんなにしょぼくれてたのに、まるでしてやったりとでも言わんばかりの笑みを浮かべてやがる。
「その代わり材料費出せよ」と告げると、「食費は俺が出す」と予想外なことを言われた。
「マジで言ってる?」
「アキが飯を作る、俺が材料を買う、これでフェアだろ」
食費を節約するために弁当を作っていたのだが、冬馬が俺の分まで食費を払ってくれることになるなんて思いもしなかった。
まぁ、食事当番が俺になってしまったのは面倒くさいけど、食費がタダになるのなら儲けものだと納得することにした。
余ったおかずを空のタッパーに詰め込んで、簡易的な弁当を作って冬馬に手渡してやると、彼は「タコさんウインナーの弁当」と嬉しそうに呟いた。
「タコさんウインナー気に入ってるじゃんか」
「こんなの幼稚園児の弁当にしか入ってないだろ、だから珍しくて良い」
遠回しに馬鹿にされてる気もするが、喜んではいるのかな?そう思い直して追求するのはやめにした。
弁当を受け取った冬馬はいそいそと鞄の中にそれを仕舞って洗面所の方へと消えていった。
───────────────……
冬馬の弁当を作ることになって数日、意外と二人分の弁当を作るのは苦ではなく、毎回綺麗に食べられている弁当箱を見ると作り甲斐を感じられて楽しかった。
「狡い、アキだけタコさんウインナー二本入ってる」
「弁当作ってんのは俺だぞ」
昼食時に中庭のベンチに二人で腰かけて弁当を広げ、ウインナーが一本少ないと抗議してきた冬馬を一蹴しつつ卵焼きをつまんで口に入れる。
冬馬とは同じ学年で教室は隣同士の筈なのに、今まで一切お互いを認識することがなかったのが不思議だ。いかに人間が自分に関係のない人間を記憶しようとしないことが良くわかる。
同じメニューの弁当を突くようになってから、俺達は自然と一緒に居る時間が増えたように思う。今日もどちらが示し合わせるでもなく中庭に向かい、互いの姿を認めると自然と隣に座るようにもなったほどだ。
「平等にタコさんウインナーが二本入っていないとフェアじゃないだろ」
「じゃ、自分で作れよ」
「そんな時間ない」
そういえば冬馬はいつも帰りが遅い、放課後はモデルのバイトがあるからなのだが、最近になって暗くなってから家に帰って来ることが増えたような気がする。
前までは夕方には戻ってきていたのに、近頃は全く見かけなくなってしまった。何かあったのかと心配して尋ねてみてもはぐらかされてしまうだけだ。
「未成年の働ける時間ってさぁ、22時までじゃねーの? 最近帰るの遅いよな〜」
「帰るのが遅いのは……稽古の時間を取ってるから」
「稽古?」
「うん、演技指導受けたり台本読んだり練習したり色々……。俳優やりたくて、マネージャーに頼んだらレッスン受けさせてもらえることになった」
冬馬はチラリと横目で俺を見た、以前やりたいことがあると言っていたのはコレの事だったらしい。あの時は内緒とはぐらかされてしまったが、わざわざ話してくれたということは俺に対して心を開いてくれて来た証なのかもしれない。
それにしても、あのやる気無さそうな冬馬の口から「俳優になりたい」という発言が出るとは思わなかった。
「すげぇじゃん、俳優目指してるのか」
パチパチと拍手を送ってやると照れくさくなったのか冬馬は顔を真っ赤にして俯いた。夢を追いかけて頑張る姿に素直に関心してしまう。
そんな話をしている間に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響き、午後の授業が始まる時間が来てしまった。急いで片付けを済ませると俺達は校舎内へ戻るべく立ち上がった。
───────────────……
ともだちにシェアしよう!

