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第6話
11月の下旬、まだまだ先なのに世間はクリスマスムード一色だ、しかし学生の俺達は得に浮かれた予定もなく日々を過ごしている。
親からクリスマスプレゼントを貰えなくなった今となっては、クリスマスなんてイベントは特に何の意味もない日でしかないのだ。
それに冬休みに入った後のイベントだし、女子の友達でもいればいいのだが、生憎俺にはそんなものはいないしな。
「あーもう、クリスマスクリスマス」
チキンとケーキのCMが映るテレビの電源を落として俺はスマホを手に取る。もうすぐ学期末テストだ、勉強もしないといけないが、住む部屋も探さないと、このまま冬馬の部屋に居候するわけにもいかないのだ。
しかしなかなかいい物件というのは見つからない、冬馬の言う通り卒業シーズンまで待たないとダメかもしれない。良いなと思う物件は大体予算よりも高い賃貸でとてもじゃないけど払えないし。
家賃のためにバイトをしてもいいけど、学校に部活にバイトとなると中々時間が取れず勉強に手が回らないということもある。現に冬馬もバイトの所為で勉強は「諦めた」なんて言って平気で赤点を取っているけど、俺はそういう訳には行かないんだよね……。
はぁ、と溜息をついてスマホの電源を落とすと、隣でコーンスープを飲んでいた冬馬が顔を覗き込んで来た。
「部屋、見つからないか?」
「んー、やっぱシーズン的に厳しいかもね……」
「べつに、卒業まで居たら……いい」
そう言うだろうと思ったよ、本当に優しい奴なんだなお前ってさ。この優しさを利用してずっと寄生させて頂くっていう手もあるっちゃあるんだけど……なんかそれじゃ人として終わってしまう気がして申し訳なくなるんだよねぇ。
「それじゃ冬馬に悪いよ」
「アキは、居心地悪いか?」
「そんなわけねぇじゃん……」
隣の彼に肩を摺り寄せるように体を動かすと、彼も俺の肩に頭をコテンと乗せてくる。日常的に距離が近い所為かお互いにこういうことに抵抗が無くなって、まるで兄弟みたいになったなと思う。
「狭い部屋だけど……アキと暮らすのは楽しいから」
「…………俺もだよ」
冬馬の作ってくれたコーンスープの入ったマグカップを持ちながら笑うと、彼は俺の肩口に頭をグリグリ押しつけてきた。
「猫かよ」
「猫だよ」
クスリと笑って冗談を言う隣の冬馬に肘で軽く小突いてやると「痛ってぇ」なんて笑っていた。
「はぁー……まぁ当分、冬馬の世話になるとして……。テスト勉強だよなぁ」
コーンスープの残りを飲み干して一息つくとスマホのカレンダーを見る。あと一週間ちょいで期末試験だ、万年赤点の冬馬はすでに諦めモードに突入しているらしいけど、父親に無理言って上京させてもらってる手前、俺は頑張らねばならない。
元々頭の悪い俺が必死こいてもテストの点はたかが知れている、それでもやらないよりはマシだと思うし。
「明日、図書館で勉強してくるから、夕飯は自分でなんとかしろよ?」
「勉強?」
「来週期末だろ?そろそろやんないとマズイかなって」
「あー……テストか」
冬馬はお世辞にも頭が良いとは言えない、成績は俺よりも下で出席日数もギリギリセーフといった具合で、学校自体にあまり関心が無いように思えるほどだ。
まぁ俺達の通っている高校は名前を書けば合格出来てしまうんじゃないかって程、偏差値が低いんだから冬馬のような奴が居ても仕方がないと思うけどさ。
進学率の低い高校だけあって、うちの高校の卒業生は大概就職の道に進む、だからなのか、年間の成績に関係なく担任の先生の判断によって進級出来るシステムになっている。勿論、欠席ばかりしていたら留年になってしまうのだが。
ガラの悪い奴らも多いけど、俺はこの高校が好きだ。入学当時は周りを見渡せば不良ばかりだと思っていたが、実際はみんなそれなりにバカばっかりだったみたいで今は楽しくやってるしね。
「まったく……追試になって補習受けるとかになっても知らねーぞ……」
「追試……」
広い肩幅をがっくりと落とす姿に溜息をつく。マイペースな冬馬でも追試は堪えるのだろうか……ちょっと意外だななんて思った。
「……数学とか俺の人生のどこに役立つのか全く理解できない」
「俺もわかんねぇけど、追試にゃなりたくねーだろ」
「じゃあ教えろよ」
「俺が人に教えられるような点数取ったことあるかよ……」
二人で顔を見合わせてハァと溜息をつく、一度でいいから頭のいい人間の気持ちというのが知りたいものだ。
さぞテスト前はワクワクするものなんだろう……羨ましい限りだ。
「ま、そう言う事だから、明日の夕飯は好きなもん食ってくれよな」
マグカップを洗った手をパッパとタオルで拭き振り返ると、冬馬もコーンスープを飲み終わったのかマグカップを持って立ち上がりこちらを向いた。
「ん、了解」
「んじゃ俺先に歯磨きして寝るぜ」
「あぁ、おやすみ」
すれ違う様に風呂場に行って歯磨きを済ませると、まだ洗い物をしている冬馬の後を通って万年床と化した布団へと潜り込む。
この7畳の激狭空間に男二人ってのは流石にキツいものがあるよな……冬馬は特に何も感じていないみたいだけど、やっぱり自分の城が欲しいところだ。
枕の隣に置いてあるリモコンを取ってテレビをつける、ニュース番組を見ていると後ろからぬっと影が伸びて来たので視線をそちらに向けた。
「おい、またぐなよ」
「跨がねーとベッドに入れないんだよ」
長い脚が俺の上を通り過ぎベッドに座るのを見てジト目で見返すと、彼はその長い脚で俺の腹をツンツンと突いた。
「なんだよっ」
「いや、アキは小さいなと思って」
「……喧嘩売ってんのかコラ」
「なんでそうなんの」
クスクスと笑うその顔を見るとなんだか力が抜けて怒る気力が無くなってくる。
だって相手は身長190センチのモデル、イケメン過ぎて腹立つくらい顔が整っている男だ、そりゃ怒りも萎えるよ。
「ハイハイ、もう電気消して寝ようぜ」
「おぅ」
彼が部屋の電気を消す、真っ暗になった部屋に道路を通る車の排気音や救急車のサイレンの音が遠くに聞こえる。
急に静かになるこの部屋に少し不安を感じつつも目を瞑っていると、隣からはスース―と規則正しい寝息が聞こえた。
暗闇の中、時計の音と、お互いの呼吸音が僅かに耳に響く、それがやけに心地よく感じて眠気を誘うのだった。
───────────────……
無事期末テストも終わり、何とか赤点や追試を免れることも出来た。教室ではテスト明けの開放感からか、どこか浮ついた雰囲気が漂っている気がする。
「秋生ー、一緒に帰んねーの?」
帰り支度をしているクラスメイトの友人の一人が、机にノートをひろげたままの俺に一緒に帰ろうと声をかけてきたが、追試を受けている冬馬と一緒に帰る約束をしていたので断った。
「ごめん、別のクラスの友達待ってんだ」
「あー、あの地味男くんか。最近仲良ーね?」
「まーね、はは」
地味男君、かぁ……ちょっと複雑な気持ちになるな。
冬馬は学校では自分がTO-MAだとは一切明かしていない。いつもボサボサの野暮ったい髪型にこれまた地味な黒縁メガネをかけて、高い身長も超絶猫背のせいで台無しにしているような感じだ。
そしてその見た目どおり本当に目立たなくて存在感がない。
「何、もしかして付き合ってんのー? やーん、ホモじゃーん!」
「違うわ! もういいよお前ら帰れ!!」
はしゃぐ友人をシッシと手で追い払う仕草をして扉に向かうよう促すと、友人らは「じゃーなー」と手を振りながら帰っていった。
さっきまで賑やかな空気だった教室には、いつの間にか数人しか残っていない。残っている生徒らも思いおもいのことをしながら、それぞれの時間を過ごしているようだ。俺もスマホを出して物件検索をしながら冬馬を待つことにした。
小一時間が経った頃、冬馬が教室のドアを開いて姿を現した。相変わらず大きな体を折り曲げるようにして歩いてくる様子は何ともアンバランスに見える。
「よっ、追試終わったか?」
「ん、終わった」
俺も鞄を手に持ち冬馬に駆け寄ると彼は分厚いレンズの向こう側の目を細めて笑っていた。
昇降口を出て二人で並んで歩き出す。
12月に入るともう夜の足が速くなり17時を過ぎると外は真っ暗だ、東京にある学校だからまだ街灯や遠くの駅の光が見えるけど、その光が消えてしまったら、隣にいる冬馬の顔もきっと見えなくなってしまうだろう。
「夜は冷えるな……」
まだ吐く息は白くはないけれど、時折吹く冷たい風が頬をかすめて少し痛い。ポケットに手を入れて身を縮めると隣にいる冬馬が俺の手を掴んで彼の制服のポケットに入れた。
ドキリとして彼の方を見ると、ニヤリと笑って俺の方を見てくる。
「暖かい?」
「え、あ、う、うん」
彼のポケットの中にはカイロが入っていてとても暖かかった。それを俺におすそ分けしてくれているらしい。それにしても急にこんな事をされるなんて思っていなかった俺は動揺しまくっていて、顔が熱くなってしょうがなかった。
それにさっき友人に「ホモじゃん」なんてからかわれていたせいで妙に意識してしまう。
だけどそんな俺の気持ちとは裏腹に隣を歩く彼の顔はいつもと変わらない表情で何を考えているのかよく分からなかった。
「手、こうしてて恥ずかしくねぇ?」
彼の顔を窺うようにそう尋ねると、彼は「何が?」という顔をして首を傾げた。
そりゃそうだよな、何言ってんだろ。
俺だって家の中で二人きりならこれくらいの事なんでも無い、だけど外だと急に恥ずかしくなる。うぅん、やっぱりちょっと俺達距離感バグってんのかも。
そう思うと余計に恥ずかしくなって慌てて手を引っ込める、すると彼は「カイロ要らんの?」と言いながらポケットからカイロを出して俺に見せた。
「へーき。なんかさ、俺達距離感近すぎかもって思っちゃって」
「……距離感?」
俺の言葉に彼は一瞬きょとんとした顔をするものの、直ぐにいつもの無表情に戻ってしまった。うーん、やっぱり俺が気にしすぎなのかもしれない。
あいつ等が俺等の事をホモなんて言うから変に意識しちゃってるんだろうか。まったく友情と恋愛の区別もつかないくせに人をからかうとか、ほんと迷惑だよな。
兄弟みたいに仲が良くて何が悪い、別に俺達は何もおかしな関係ではないのだから堂々としていれば良いのだ。
「ごめん、なんでもねー。ポッケ、手ぇ入れさせてよ。やっぱカイロで温まりたいからさ」
「あぁ」
そう言って彼のポケットに手を突っ込むと、彼の大きな手がカイロを握った俺の手を上から包み込むようにして握ってきた。
「暖かい」
「そうだな」
そしてまた無言の時間が訪れる。冬馬は無口だけど俺はこの何も話さない時間が好きだ、変に気を遣う事もないし楽でいられるからだ。隣にいる彼も俺と同じように思っていてくれているかはわからないが、嫌がらないって事はそういう事なんだろうと思っている。
「今日何食いたい?」
「豚の生姜焼き」
「りょーかいっと、帰りにスーパー寄ってこ」
カイロをにぎにぎと握りこみながらそう言うと、冬馬はいつものように頷いた。
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