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第7話
今日はクリスマスイブだ、冬休みに入った俺達は相変わらず何も現状から進展しないままダラダラと時間を潰していた。
多分やらなきゃいけないことを探したらたくさんあるんだろうけど、冬馬と一緒に居るとなんかチルい雰囲気になりすぎてどうでも良くなってきてしまうのだ。
「ふぁ~~……なぁ、今日クリスマスイブだってぇ」
「俺達には関係ないイベントじゃん……」
ベッドに腰かけてテレビを見ながらのんびりとコーヒーを飲んでいると隣に座って同じようにコーヒーを飲んでいる冬馬も眠たげに答えてくれた。
「まぁそうなんだけどさぁ~、なんかこういうイベントの日くらい特別な事したくなるじゃん、クリスマスなんだから豪華なもん食べたいとか思わない? ケーキとかチキンとかさ!」
「太るし……」
そうだった、いつも地味すぎてオーラが無いから忘れてたけど、こいつはモデルなんだった。そうだよなぁ、ケーキとかチキンとか爆食いしたら体型維持できないのかぁ。
冬馬は週に数回、夜遅くまでジムに通っている。何でも俺の作る飯を食うようになってから体重が増えたらしいが、それでも俺の飯が食べたいらしくトレーニングをしているのだ。
これでイベントの日に暴食していたら、それは流石に可哀想だ。
「そうだよなぁ~、冬馬は体型維持しないといけないもんな」
「アキは好きに食べたらいいだろ」
「そんな事言ったって、隣で頑張っている冬馬が居るのに俺だけ美味しいものをばくばく食べるのは心苦しいんだよ」
「そういうものか?」彼が首を傾げたので「そういうものだよ」と返す、すると彼は少し考えた後に口を開いた。
「じゃあ、イルミネーションでも見に行くか?」
「なんで?」
「いや、食事以外でクリスマスっぽい事するならそれが一番かと思って……」
なんだそりゃ、確かに普段しない事をすれば気分上がるかもだけど何が悲しくて男二人で寒い中イルミネーションを見なければいけないのだろう。
「それ、男同士で見に行って楽しいものか?」
ジト目で問い掛けると、冬馬は少し黙ってから「……俺はアキとなら楽しいと思った」と小さく呟いた。
「そうか?」
思わず苦笑いを浮かべながら聞き返してしまったけれど、彼は至って普通の顔で「あぁ」と頷く、俺と二人でイルミネーションを見たってきっとそんなに楽しくないとは思うけど、でも冬馬が珍しく提案してくれたことだし付き合ってあげようという気持ちになった。
それに折角のクリスマスを平日通りダラダラ過ごして終わらせてしまうのは少し勿体ない気もしなくもないからだ。
「んじゃ、見に行くか。イルミネーション」
軽い口調で言うと冬馬の表情がぱっと明るくなった気がした。スマホで近場のイルミネーションスポットを調べてみると案外たくさん出てくるもので、都内だけでもかなりの数があるようだ。その中から適当に目についた所を選んで、夜になってから二人で電車に乗って目的の駅へと向かった。
───
「カップルばっかだな……」
駅前の通りに出るなり目に飛び込んでくる光景を見て率直な感想を述べた俺に、隣に居た冬馬が小さく頷いた。周りを見れば仲睦まじそうに手を繋ぐカップルばかり見える、そんな中自分達だけが浮いているような気がしてどこか居心地が悪かった。
俺達の向かったイルミネーションの見れる公園では、光のアーチと呼ばれるものが設置されており、それをバックにカップルたちが写真を撮っていたりベンチに座ってイチャイチャしている様子が見えた。
「なんか……場違い感凄いぜ……」
隣の冬馬にボソッと耳打ちするみたいに呟いてみると彼もまた小さく頷いて見せる。
暫くして人波に紛れて歩き始めたはいいが、あまりの人の多さに途中で逸れてしまいそうだ。そんな不安を抱いていると不意に手が温かい何かに包まれる感触がした。
ごく自然に冬馬の手が俺を捕らえていたのだった。
驚いて彼の方を見ると彼は「逸れそうだから」と言って前を向いたまま歩き続ける。
あぁ、俺がチビだから人混みに埋もれやすいのか、と納得すると同時に繋がれたままの手を見つめる。
正直恥ずかしい気持ちもあるのだけれど不思議と嫌な感じはなく、俺も彼の手をそっと握り返した。そのままお互い無言で歩いて行くとやがて目の前に光のアーチが現れた。
キラキラと輝くライトによって彩られたその幻想的な空間は、まさに非日常的であり別世界に来たような気分になる程美しい、思わずポケットのスマホを取り出すと、冬馬が「撮る?」と俺のスマホを手に取りカメラを向けてきた。
「せっかくだし冬馬も写ろうぜ」と言うと彼も素直に従ってくれたため二人並んでシャッターを切る。
まばゆい光の中、ピースして写る俺の隣で無表情のまま立つ冬馬の姿を見てクスッと笑う。
「なんだよ、もっと楽しそうに出来ねーの?」
「慣れてないから」
モデルの癖に何言っちゃってんだお前と思ったが、仕事とプライベートのオンオフが激しそうだし仕方ないのかもしれない。
独りで納得してスマホをポケットに戻そうとすると彼に「その写真、頂戴」と言われたのですぐに送信しておいた。彼なりにクリスマスイブを楽しんでいるようで俺も嬉しい気持ちだ。
スマホをポケットに仕舞い彼を見ると、また彼の手がスッと俺の手を捕まえてきた。
「もう、ガキじゃねーんだから逸れないって」
「そうか……?気を付けろよ」
そう言って離される手を名残惜しく思いながら隣を歩く、変だよな、男同士で手を繋いで歩くなんて。
一緒にいる時間が長くてやっぱり距離感がバグっているのかもかもなー、とぼんやり考えているうちに人ごみに押され、いつの間にか冬馬と逸れて一人ぼっちになっていた。
慌てて辺りを見回すが背の高い彼の姿はどこにもない。
「やっべぇ……。冬馬のやつ何処行った……?」
すぐ傍に居たはずなのに見失ってしまい、カップルだらけのこの空間に独りでいるのがなんだか心細くなってきた。
連絡しようとポケットからスマホを取り出して電話をかけてみたが一向に繋がらない。
あいつ、スマホを家に置いてきたな……。
はぁーっと深いため息をつくと白い息が宙を舞うのが見えた。
とりあえず人込みから抜け、公園の端の方にあるベンチに腰をかけて一息つくことにした。「ガキじゃねーんだから逸れないって」なんて言っておいて本当に迷子になっただなんて恥ずかしすぎるだろ。
もしかしたら俺を見失って、先に家に帰っちゃってるかもな……と思いながら空を見上げれば雪がちらついていることに気付いた。そういえば天気予報で今夜は冷え込むと言っていたような気がする。
ほー……と空に息を漏らすと白く染まって消えていく、その様子を見ていると、まるでこの世界に自分一人だけ取り残されたような気分になった。
人々の喧騒や笑顔を横目に眺める度に孤独を感じる、こんな感情今まで感じたことなかったんだけど。
いつも隣に冬馬が居たから気付かなかっただけなのかな……
足元に雪が落ちてジワリと地面に解けていく、それを見つめながらもう一度人混みに割り行って冬馬を探そうと腰を上げかけた時だった。
「アキ!」
喧騒の中から俺を呼ぶ声が聞こえた気がして顔を上げると、息を切らした冬馬が駆け寄って来た。彼は帰ることなく俺を人ごみの中で探していたらしい。悪いことをしたなと反省しつつも、ほっとした様子で笑う冬馬につられて頬が緩む。
「ごめん、俺ガキだな。逸れちゃった」
ヘラっと笑ってみせると冬馬が少し驚いたような顔をした後フッと笑って見せた。
「ガキめ」
そんな軽口を叩き合いながら再び歩き出す。先程まで感じていた寂しさはもう消えていた。
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