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第8話

 冬馬は俳優になるのが夢だ、だから時々夜遅くまでレッスンを受けている事がある。学校の勉強はてんでしないが、好きなことに対しては真面目に向き合う性格を俺は知っている。  文句ひとつ言わずに、いつも遅くまでジムでトレーニングしたり、レッスンをして、クタクタになって帰って来るのを見ていると、俺も何か頑張らないとなって思うのだ。  と言っても特に目標も無くダラダラ毎日をやり過ごしてるような気もしなくもないのだが……。  2月も下旬になり、もうすぐ高校2年生という期間も終わってしまう、春休みが終わったらあっという間に高校3年生だ。  そろそろ俺も進路を考えなきゃいけない時期だ。  ……そういや俺ってなんのために生きてるんだろう?  日曜日、今日は冬馬は朝からモデルの仕事があるらしく早朝から出て行ったため、久々の一人の休日だった。  部屋にある冬馬が載っている雑誌をペラペラと捲る。俺とルームシェアをし始めたばかりの頃のTO-MAは、まだ中高生の間で話題のモデルって程度の知名度だったけれど、今ではファッション雑誌の表紙を飾ったりしている。  来週には海外での撮影に行くとか言ってパスポートを作っていたし本格的に仕事の幅が広がっているようだ。 「すげーよなぁ……」  思わず独り言が出る、雑誌の中の冬馬は本当にカッコいい。どんなファッションも完璧に着こなしていて写真写りもいい感じだし表情だってキマッてるしオーラが違う。普段のボサボサ頭の緩んだ彼はどこにもなく、同じ人間だとはとても思えないぐらいに綺麗でクールだ。  それと比べるのはおこがましいのは分かっているけれど、一緒に暮らしている手前どうしても比較してしまう。この差はきっと生まれ持った容姿もあると思うけど、多分努力の結果でもあるんじゃないか。  冬馬を見ていると、自分が何もしていないことに焦燥感を覚えてしまい、雑誌をぱたりと閉じた。 「俺も進路について、ちゃんと考えないとな……」  ベッドに座って考え込む。俺の学力じゃ進学は無理だと思う、でも就職って言ってもやりたい事なんてないし、バイトだってしたことが無ければ将来のビジョンも無いわけでさ。  クラスの友人たちも俺と同じく特に将来の夢なんてものは無く、ダラダラ適当に専門学校に行ってフリーターかな~と言う奴ばかりなのだ。そいつらと居ると俺も今の状態に安心して現状維持したくなってしまうけど、でもやっぱり冬馬を見ていると焦ってくるんだよな。  ゴロンと寝転がりスマホを手に取る、ネットニュースを流し読みしていると友人からメッセージが届いた。 『秋生、カラオケ行こうぜー! どうせ暇なんだろ!?(笑)』  ムカつくスタンプと共に送られてきたメッセージを見て苦笑する、色々考えて疲れたしちょっと息抜きに遊びに出かけるのもありかもしれない。「行く」と返信を打ってすぐに起き上がり、支度をして家を飛び出した。   待ち合わせの駅前まで行くと友人の1人を見つけたので合流して近くのカラオケ店へと入る。ドリンクバー付きの安いプランを選び個室に入るなり早速歌い始める友人達を横目に飲み物を取りに行き、戻る頃にはもう何曲歌っていただろうか。  皆テンション高く盛り上がっている中俺だけはあまり歌う気分になれず、なんとなくぼんやりしていた。 「何だよ秋生、ノリ悪いなぁ!」 「あ、そ、そうか?」  俺が歌っていないのに気付いたのか、友達の1人がマイク片手に絡んで来る。  だめだな、折角みんなと遊んでるのに考え事なんてしてたから空気読めなかったみたいだ。  渡されたマイクを受け取りながら取り繕うように笑顔を浮かべた。  将来の事とか俺のやりたい事とかそんなこと考え出したらキリがないよな。とりあえず今は楽しむことにしよう、思い切り歌って踊って大騒ぎすればスッキリするかもしれないし。 「うし、歌うぜ~! イェーイ!!」 「おー! 秋生の美声楽しみにしてるよ~!」  音楽に合わせて皆が大声で叫び出す。それに釣られて自分も声を上げる、久々にこんな大声だしたかもしんないな、なんか楽しいや。歌っているうちにだんだん気分が乗ってきて、周りの奴らと一緒に盛り上がりながら汗をかきつつ必死に歌った。 ───────────────……  カラオケから帰ると、バイトが終わったのか玄関には冬馬の靴が置いてあった。 「冬馬帰ってんの?」  キッチンから続く部屋の中は真っ暗でシンとしている。電気をつけながら部屋を覗くとベッドの上に長い脚を投げ出し横向きに寝ている冬馬が居た。  部屋着に着替える気力もない程疲れていたんだろう、ジャケットを羽織ったまま眠っている。  起こさないようにゆっくり近付いてしゃがみ込む。普段ボサボサ頭に黒縁メガネで冴えない風貌だけど、今日は仕事でスタイリストさんが髪をセットしたらしくて綺麗に仕上がってる。  こうやって見ると、やっぱり冬馬はTO-MAだ。何でも知っているつもりだけれど、こうしてモデルとしての彼を目の当たりにすると、俺の知らない世界に住んでいる人なんだと思い知らされる気がする……。 「変なの」  何で寂しいなんて思うのだろう、別に冬馬の全てを知ってないと許されないわけでもないのに。  眠っている冬馬の前髪に手を伸ばし、触り心地の良いサラリとした前髪を持ち上げて額を出す。  男から見てもカッコいい顔立ちだ、おまけに高身長で手足が長いなんて、ホント見た目だけに極振りされたようなヤツだ、何か腹立ってきた。  ぺチンとデコピンをするとその衝撃で起きたらしく冬馬は「む……」と言って瞼を上げた。 「アキか……おかえり」  何度か白目を剥きながら瞼をぱちぱちさせてそう言った後、枕元に置いてある眼鏡を手に取りかける。そして身体を起こすと大きく欠伸をしていた。 「ただいま、夕飯食った?ちょっと遅いけど今から作ろうと思ってんだけど食う?」 「20時か……」  彼はまだ少し眠そうな顔をして時計を見て、しばらく考え込んだ後「まぁ……食う」とだけ言って起き上がった。  キッチンに立った俺はレトルトパウチのハヤシライスを電子レンジであっためている間、オムレツを作りはじめた。  冬馬と暮らして食事担当になってから料理の腕はかなり上達してきていると思う、動画サイトで料理のレシピがたくさんアップされているお陰もあって見よう見まねでも何とか作れるようになるから有り難いものだ。とは言えこの部屋には小さなコンロが一口しかないから複雑な料理は作れないけれど。  出来上がった熱々のお手軽オムハヤシを持って卓袱台に置くとスマホを操作しながら待っていたらしい冬馬がそれを見た途端嬉しげな表情を見せた。 「美味そう……」  スプーンを手渡すと子供みたいにワクワクしながら食べはじめた。ふだん無愛想で大人びて見えるが、中身は子供向けメニューの好きな17歳の男子高校生なのだ。なんというか餌付けしている気分になる。 「美味いか?」 「卵がふわふわだ」  口の中のものをモグモグさせつつ、美味いかどうかじゃなく卵の感想を述べた冬馬に思わず笑いそうになった。その顔見てりゃ美味いって分かるからいいけど。  俺も自分の分のオムハヤシを作ってテーブルに運んで向かい合わせに座る。 「最近モデルの仕事忙しそうだよな」 「まぁな……来週はロンドンで撮影するし……。」 「何日くらい行くんだっけ?」 「1週間」 「そっかー頑張って来いよ、俺、海外とか行ったことないし、お土産買ってきてくれよな!」  そう言って笑うと冬馬はスプーンを口に運ぶ手を止めてジッと俺を見た。いつもと同じ無表情に見えるけれど、何となく不満気な顔をしているのが分かる。 「何だよ、どうした?」 「…………別に」 「言いたいことあるなら言えよ~、隠し事されるの嫌いだって言ってんじゃん」 「……」  言いたくないみたいでムスッとしたまま黙々と食べている冬馬を問い詰めると、しばらくして観念したように口を開いた。 「……少し寂しい。アキが居ないから」  予想外の言葉に一瞬思考が停止する。驚いて顔を上げるとじっとこちらを見ている冬馬と目が合った。  何だそれ、こいつ俺が居ないと寂しいのかよ。 「急に離れると違和感がある」 「違和感ねぇ……」  そう言われればそうかも。この5か月間、毎日寝食共にして学校でも一緒だったのだから急に離れられると確かに変だよな。何だかんだ言いつつも家族みたいなもんだし、俺達って。 そう考えると照れ臭くなって頭をポリポリ搔いた。 「変なこと言ったか?」 「いや? ……へへ、なんか照れるわソレ」 「……気持ち悪ぃぞ」 「うっせ!」  笑って誤魔化したが本当は嬉しい、冬馬も俺の事を家族とか兄弟みたいに思ってくれてたんだって思うと自然と顔がニヤけてくる。こんなに一緒に居て気兼ねなく話せる人間なんて今まで居なかったから、そういう相手に認められたみたいな気持ちになって嬉しくなったのかもしれない。  オムハヤシをガツガツとかき込んで完食したあとは、ふたりで「ごちそーさま」と手を合わせて洗い物を済ませた。風呂に入り寝るまでの時間は何をするでもなく、だらだらと各好きな事をしながら過ごし、深夜0時に近くなるとどちらからともなく、それぞれの布団に入った。 「おやすみ~」  そう言うとすでにベッドの中で目を瞑っている冬馬が片手を挙げてひらひらさせた。それを見届けてから部屋の照明を落として俺も横になり目を閉じた。 ───────────────……

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