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第9話
冬馬がイギリスに旅立って3日が経った。
彼は俺と離れることに違和感を感じて寂しいなんて言っていたし、俺も少し寂しく感じるのかなと思っていたら意外とそんなことは無く、毎日友達とカラオケに行ったりボーリングに行ったりと遊んで過ごしていたため、寂しさとは無縁の生活をしていた。
「秋生~、地味男君とは別れたん?」
「はぁ?」
カラオケボックスで歌う合間、隣に座っていた友人が急におかしなことを言い始めたので素っ頓狂な声が出てしまった。
別れたというか、付き合っても居ないしそもそもただの友達だし、毎回毎回否定してはいるけど、そろそろ面倒臭くなってきたところだ。
「いや、付き合ってねーから。てか、何でそんなこと聞くんだよ?」
「だってさぁ、春休みの間、俺等と遊びっぱじゃん?地味男君はどうなったのか気になるじゃんよ」
「遊びっぱじゃねぇだろそんなに。確かに進路とかそろそろ考えねーとなぁとは思うしさぁ……」
「なんだよ、真面目ちゃんかぁ?それで、はぐらかすなよ。地味男君は?」
「しつけぇなぁ」
ドリンクバーのメロンソーダを飲みながらそう言う彼に、俺は心底うんざりした顔を向けたと思う。別に隠しているわけでもないし教えても構わないのだが、冬馬がロンドンに居ることを言ったところで好き勝手妄想されるのは目に見えている。そしてそれを面白おかしく噂として流すことも容易に想像できた為何も言わないことにしているのだ。
「まぁ、あいつとは学校以外じゃ、あんま会わないし」
適当にはぐらかすように答え、カラオケのデンモクに視線を移して誤魔化した。
「そーなの?てっきり学校の外でもイチャイチャしてんのかと思ってたわ」
「だーかーらー、そういうんじゃねぇってば」
何で学校で仲良く弁当食ってるってだけで勝手に俺と冬馬がデキてるとかいう話が出てくるんだろう。その理論で言ったら今話している俺達だって恋人同士という事になるではないか。
頭が悪すぎやしないか……?あぁ、馬鹿だったなこいつ等は……。
ハァ……と溜息を吐きたい気持ちを抑えてポテトを口に放り込む。モグモグ食べつつ歌っている他の友人に手拍子を送る事でこの話題を忘れさせようと試みた。案の定隣に座っているバカは手拍子で今までの会話を忘れたのか、俺に倣って手拍子を送り始めた。
チョロくて助かるぜホント!
こんな風に冬馬が居ない日々を忙しく過ごしていた俺は、賃貸探しの事を綺麗サッパリ忘れていたのである。
それから冬馬が帰って来る春休み最終日はあっという間に訪れてしまい、俺はアパートを探して冬馬の部屋から出ていく、という目的さえ果たせていないまま彼と再会した。
「アキ、ただいま」
ガチャリと玄関を開ける音が聞こえ、ガタガタと音を立てながら大きなスーツケースを持った冬馬が入ってきたので、玄関まで出迎えると「おお、お土産あるぞ」と楽しげに声をかけてきた。
「お土産、何だ?」
そう聞くと、彼はスーツケースを狭い廊下に置いてガサゴソと中身を漁り始める。「んー……」と言いながら取り出した缶には『TEA』の文字があった。
「紅茶?」
「うん、イギリスは紅茶が有名だって聞いて……向こうでは美味いって評判らしいんだ」
へぇ、と受け取った紅茶缶は白地に青で小花柄が描かれていて洒落ている、空になった缶を小物入れにしてもいいような物だ。
中を開けると茶葉はすべてティーパックに入っていて、お湯さえあればいつでも飲めるように配慮されていた。
「ありがとう。早速飲んでみるか?」
「まって、クッキーもあるから一緒に食おうぜ」
そう言ってまたごそごそし始めた冬馬は細長い紙箱を取り出して、俺の前で開けて見せた。中にはイギリスの定番スイーツであるショートブレッドが入っていた。
バターがたっぷり使われているであろうそれはザラメのようなものが表面についていていかにも美味しそうだ。
早速お茶にしようとキッチンにショートブレッドの箱と紅茶缶を置きに行く。やかんの中に水を入れて湯が沸くのを待っていると、隣に立っていた冬馬が俺の肩をポンポン叩いた。「何?」と彼の方を向いて首を傾げると彼はポケットから小さな紙袋を取りだし、「これもお土産」と言ってそれを突き出した。
受け取るとそれはチャリチャリと音を立てて何か入っているらしく、掌にザラッと出してみると時計塔のイラストがプリントされたアクリルのキーホルダーが出てきた。
ご丁寧に“London”と書かれたタグがついている。
「へぇ~!ロンドンって時計塔が有名なのか?」
「有名だって。ほら、前にアキ、部屋のカギ失くしたろ?キーホルダーつけてたら失くすことないと思ってさ……」
そう言えばカギ失くして冬馬が帰ってくるまで玄関前に座ってたことがあったっけ……。あの時は何も言わなかったけど、心配してくれていたのかと思うと、なんだか照れくさくなった。
「ありがとう、大事にするよ!」
礼を言うと彼も「おう」とだけ返事をして満足げな顔をしていた。
お湯が沸いた後ティーパックの入ったマグカップに注いでしばらくすると、ふんわりと紅茶のいい香りが漂った。
カップを冬馬に手渡すと彼はそれを啜ってほっと息をもらした。俺もそれに倣って口をつける。芳醇な花のような香りに、少しリッチな気持ちになり思わず頬が緩んだ。
ショートブレッドを齧ってから紅茶を飲むと、口の中の砂糖の甘さがスッキリとして美味しい。
「美味いな」と言うと隣で同じく紅茶とショートブレッドを堪能していた冬馬も同じように頷いた。キッチンに立ったまま二人で談笑して過ごすこの時間はとても居心地がいい。
「明日始業式だけど準備終わってるのか?」
「特にすることもないだろ、学校のものは全部学校に置いて行くし」
「……勉強する気ねーもんな、お前……」
「うん」
きっぱりと言い切る冬馬に呆れながらため息をついた。まぁ、将来の夢も決まっててそれに向かって全速力の彼だ。今更受験に向けて猛勉強なんてする気はないんだろうなぁとは思う。
それでも最低限テスト前くらいは机に向かうべきだと思うけどね。
「役者、なれると良いな」
「うん」
そう言った冬馬を眩しく感じて目を細める。その横顔からは迷いとか不安といった感情は読み取れず、ただただまっすぐ未来を見つめて進んでいるように感じたからだ。そんな姿がとても綺麗でかっこ良く思えたのだった。
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