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第10話

 冬馬とルームシェアを始めて半年以上が経った、春の季節もとうに過ぎ夏に向けて気温が上がる時期となり始めている。  高校三年生となった俺たちはいよいよ進路を決める時期に入ろうとしているわけだ。俺は当然親元を離れたまま就職するつもりなので、その為に必要な資格取得の為の資格講座に幾つか通う予定を立てている。  一方、冬馬は最近役者での初仕事が決まったらしく、台本読みやレッスンなどで忙しい日々を過ごしているみたいで、家に帰って来るのは夜遅くになる日も多い。モデルの仕事も忙しいみたいだし、学校にはめったに登校しなくなっていた。 「ただいま」 「おかえり~、今日もレッスン? お疲れ様!」 「うん……」  夜9時になり漸く玄関の戸を開けて彼が帰宅した。疲れているのか返事の声が小さく元気がない気がする。 「夕飯有るけど食べる?」 「うん」  冷蔵庫から冬馬の分のオムライスを取り出しレンジに入れ温めた後に卓袱台に置くと、彼はふぅと溜息をついて席に着いた。 「アキのオムライスだ……幸せ」 「疲れてんね?」 「んー、まぁ……でも、アキのオムライス食べたら治るよ……」  そんなことない癖によく言うぜ。と思いながらも彼に優しく微笑みかけてあげた。すると彼も微笑んでオムライスを頬張っていた。  俺の料理で元気になれるならいくらだって作ってやるよ! 「役者の仕事ってドラマだっつってたよな? どんな役なん?」 「大した役じゃないよ、一話登場の脇役。医療物のドラマで、俺は事故で両脚切断を余儀なくされるバスケ選手の役だ」 「へぇ、セリフもあんの?」  オムライスを食べている彼にそう問いかけると「うん」と言って笑った。  初めての役でセリフ付きなんて相当大変だろうと思うのだが、それでも楽しげにしている彼を見ているだけでこっちまで楽しい気分になる。 「じゃあ、ドラマ始まったら見ないとな。楽しみだぜ」  そう笑うと彼は照れたような表情をしてコクリと小さくうなずいた後再びオムライスを口に運んでいった。  それから日々は過ぎて、夏休みが始まるという頃に冬馬の出演しているドラマの放映が始まった。画面に映る冬馬は主演の俳優より何倍も美しく見えたし何より存在感があって惹き込まれるものがあった。  ドラマはそんなに反響は無かったが、1話に出演していた冬馬を巡ってSNS上では「TO-MA、顔も良いのに演技も上手くて最高」などと騒がれていて嬉しい限りである。  しかし、その影響か、冬馬は9月の始業式の頃から、学校にはあまり来なくなり完全に仕事を優先させていた。  一緒に弁当を食べていた昼休みの中庭は今はもう誰も居らず、ベンチだけがぽつんと置いてあるだけになった。教室では相変わらず友達に囲まれているが、俺はなぜか左側の肩が空いている感じがして落ち着かなかった。 ───────────────……  9月も下旬に差し掛かった頃、夕飯の材料を買って家に帰ると、珍しく冬馬の靴が玄関にあった。  いつも遅くまでレッスンやジムに行ったりして夕方に帰って来ることなんてほぼ無いのに珍しい事もあるものだと思って中に入ると、キッチンの先にある部屋のベッドに座りボーッと窓の外を眺めている彼の姿が目に入った。 「ただいまぁ、冬馬、珍しいじゃん?」 「……あぁ、まぁ。今日はレッスンが無いから」  そう言って振り返った彼はいつもより少し疲れた表情をしていた。きっと仕事の疲れが溜まっているのだろう。 「そっかぁ、あ、飯作ろうと思うんだけどなんか食べたいのある??」  俺が聞くと少しの間考え込んだあとこう答えた。 「……アキのタコさんウインナーが良い」 「タコさんウインナーで良いのかよ?」 「うん、久々に食べたい」  俺の弁当が恋しいのかな、と嬉しくなった俺は急いで支度を済ませると早速作り始めた。と言っても赤ソーセージに切れ目を入れて焼くだけなので、ついでにナポリタン風焼きそばを作ってしまうことにした。  冬馬に初めて披露したメニューだ。喜んでくれるだろうか?  期待をしながらフライパンの上でじゅううと音を立てて焼けていく具材たちを眺める、出来上がった料理を卓袱台の上にゴトリと置くと、皿からは湯気が立ち上り食欲を刺激する良い匂いが鼻腔を刺激してきた。  2人で手を合わせていただきますと言うと、冬馬は真っ先に箸を伸ばしハフハフと熱いそれに息を吹きかけ冷ましてから口に運んだ。 「……ふふ、美味いな。ナポリタン風焼きそば」 「懐かしいだろ?」 「ああ、アキの味だ」  嬉しそうに笑う冬馬に俺も笑い返す、そして自分も焼きそばに手をつけた。うん、我ながら美味しくできたと思う。上に乗っているタコさんウインナーもケチャップの味が効いていて美味しい。  もぐもぐと二人でご飯を食べ進めながら他愛もない話をしていたのだが、不意に冬馬が話を切り出した。 「またドラマ出るよ」 「へぇ、今度はどんななの?」 「恋愛もの」 「おお、すげぇな!!」  前回とは打って変わって今度は恋愛ものなのか、まぁ冬馬のルックスならそれも頷ける話だ、女性誌の表紙を飾る程なのだからイケメン役を彼がやらずに誰がやるというのだ。  最近全然学校に来てなかったのはドラマの撮影があったからなのかも知れないなぁ等と考えながら、話の続きを聞く。 「……キスシーンあって……。初めてキスした」 「………………………………え?」  ドクンと心臓が大きく跳ねた、何故だかわからないけれど冬馬が誰かとキスをしたと聞いただけで胸が締め付けられるような苦しさに襲われたのだ。思わず焼きそばを食べていた箸が止まってしまう。 「へ、へぇ……そ、そうなんだ……。そりゃよかったじゃん、恋人役の人とかめっちゃ美人なんだろうなー!」  必死に笑顔を作り平静を装おうとしたけどダメだ、声が上擦ってしまったかも知れない。なんでこんな気持ちになるんだろう、ただの友人同士なのにどうして相手が女の人だとこんなにモヤモヤするのだろう?そもそもなんで俺は今焦っているんだ?? 「美人かもしれないけど、好きでもない人とキスするのは抵抗があって、でもしないといけなくて、それが苦痛だった」  冬馬がモテるからモテない自分に変なコンプレックスを抱いてるだけなのだろう、そうだと思いたい自分がいた。だってそうじゃなきゃ変じゃないか。  明らかにテンションが下がった俺を見て冬馬は気分を害していないだろうか、不安になりながらチラリと様子を伺い見ると目が合った。互いに逸らすことなく暫く見つめ合ってしまっていることに気づいた途端、恥ずかしさが込み上げてきて慌てて視線を外した。 「そ、そか……。やっぱキスは好きな人とじゃないと嫌だよな」 「そうだな。……好きなやつだったらいいんだろうなって思う」 「冬馬は好きな人いんの?」  あまり聞きたくない質問をしてしまったと我ながら思う。何でか分からないけれど、冬馬の口から好きな子が居るという言葉が出てくる事を聞きたくなかったのだ。 「いるよ、ずっと片想いしてる」  あぁ、いるんだ。冬馬にもそういう子がいるのは当たり前だと思っていた筈なのにいざその事実を突きつけられると途端に胸の奥底がズキりと傷んだような感覚に陥った。なんでだよ、俺には関係ないはずなのに。 「……そっか」  絞り出した言葉はそれだけしか出てこなかった。それ以上何を言ったらいいのか分からなくて視線を逸らしたまま俯いていると、彼は「誰か聞かないのか?」と言った。  そんなの聞けないよバカ。知りたくもないし聞きたくも無い。冬馬が好きな女なんて知らない方がいいに決まっている。例え聞いたところで俺に何ができると言うんだよ。ただの友人に過ぎないくせに知ったような口をきく権利はない筈だ。  黙っていると冬馬もそれ以上何も言わず黙々と食事を続けた。  翌日になっても胸のもやもやは無くならず、なんだか頭が重い気がした。  授業を受ける気にもなれずに机に突っ伏していると担任教師に呼び出された。  勉強は出来なくても授業を受けようという態度くらいはちゃんとしろ、だってさ。俺より授業態度悪い奴らはいっぱいいるのに、比較的おとなしめの俺にはこういう風に言ってくるんだから大人って理不尽だと思う。 「はぁ、ツイてねーや。」  放課後になって帰路につく足取りはとても重く感じられた。いつも隣にいた冬馬ももう学校には全然来てないし、一人で帰ることが当たり前になってきたことに寂しさを感じたのかもしれない。  左肩側のぽっかりと空いたスペースが少し寒く感じるような気がして制服の上から腕を摩った。  俺は何故ショックを受けているんだろう、冬馬に好きな人が居るって知っただけじゃんか、別にあいつが誰と付き合っても自由だし俺に止める権利なんてないわけだしさぁ……。  どうして「その娘と付き合えたら良いな!」って彼を応援してあげられないのだろうか。何故こんなにも苦しいんだろうか。考えれば考えるほど、俺が冬馬に抱いている感情がイケナイものだと思えて仕方なくなる。  大切な親友に邪な感情を抱くだなんてあってはならない事だ、こんな汚い気持ちを抱いていると知られた日には嫌われてしまうかもしれないと思うとゾッとした。 「ただいまー」  夕飯の材料を買って家に帰る。もうほとんどこの家には冬馬はいないのに、こうして習慣的に帰宅の言葉を発してしまうようになった自分を心の中で嘲笑いながらキッチンへと足を運ぶ。  流し台で手洗いを済ませてから冷蔵庫に食品を詰め込んで、それから部屋に入って部屋着に着替えた。  ふぅっと一息ついて冬馬のベッドに腰かける。  1Kのこの部屋は狭くて折り畳み式の卓袱台の他には冬馬のベッドとテレビくらいしか家具がないため、彼のベッドがソファ替わりになっている。このベッドで二人で座ってゲームしたり映画見たりしながら過ごす時間ももう遠い記憶の中の様になってしまったのだと改めて実感させられた。  座ったまま横向きにパタンと倒れると、彼が使っている枕にボフッと頭が埋もれた。  ほんのり冬馬の使っているシャンプーと彼の頭皮の匂いが残っているような気がした、まるで抱きしめられてるみたいだ。 「……っ」  そんなことを思った瞬間ボッと顔が熱くなる。  いやいやいやいやちょっと待てよ、いくらなんでもキモすぎる。  自分で自分の行動にドン引きしながらもそこから動けずに、彼の枕に顔を埋めてフンフン匂いを嗅いでしまっていた。  あぁ、俺は彼が好きなんだ、友人としてじゃなく一人の人間として。  そう思った瞬間に全ての疑問に答えが出てしまった、今まで感じていた違和感が全て解決したのだ。それと同時に失恋が確定してしまい、ずぅんと心が重くなるのを感じた。  これからどうやって接したら良いのか分からない、いつも通りを演じられる自信が全くと言っていいほど無かった。 「馬鹿じゃねぇの……」  自分自身への呆れ半分悲しみ半分の気持ちを込めて呟いた独り言はまるで他人の発した言葉のように聞こえた。 ───────────────……

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