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第12話

「アキ、初詣いこう」 「はぁ?三が日すぎてんじゃん。今更行ってどうすんの」  1月8日、正月休み最終日の朝に突然冬馬が俺を初詣に誘ってきた。元旦からは正月特番の生放送に出演していたため、彼は今日から正月休みに入るのだと聞いている。  「うぅん……」と渋っていると、彼はさっとコートを羽織り、隣にかかっていた俺のジャンパーを手に取ると手渡してきた。 「ほら行くぞ」  半ば強引に連れ出され家を出て電車に乗る、目的地はこの近くの神社。こういうことをされるのは困る、勘違いしてしまいそうになるから。  大好きな人に初詣に行こうと誘われるなんて最高のシチュエーションではあるけれど、俺たちの間にそういう感情はないはずだし、単純に友人として遊びに行くだけなのだと思うようにしておかないと後で辛いのは自分なのだと言い聞かせる。  隣にいる彼は特に変装もしない、いつものボサボサ頭に分厚いレンズの黒縁メガネをかけただけの格好で堂々と歩道を歩いている。  バレやしないのかとひやひやするが、彼の“一般人擬態能力”をもってすれば問題ないらしい。その証拠に道行く人々は誰も彼に気づいてはいないようだった。  駅からしばらく歩くと小さな鳥居が見えてきて石段の前で足を止める、ここはこの近辺では一番大きな神社のはずだ。毎年この時期になると大勢の人が押し寄せ出店も多く出ていて、テレビでも何度か取材されている場所だ。しかし三が日を過ぎているため参拝客の姿は少ない、おかげでゆっくりできそうでホッとした。  賽銭箱の前に立ち財布の中から五円玉を取り出して放り投げ、二人で鈴を鳴らして手を合わせて目を閉じる。  俺の願い事なんて就活一本に決まってるわけで、あとは家族が健康でありますようにってことくらいだろうか。  神様仏様お願いします、何処でも良いから内定下さいっ、あとできればホワイトカラーでお願いします!   心の中で叫んだ後目を開け隣の冬馬に目をやると同じタイミングでこちらを見ていたのか目が合いどきりとした。 「なぁ、この後ちょっといいか」 「いいけど」  何だろう、改まって話があるだなんて珍しいな。もしかして新しい仕事が決まったとか、あるいはオーディションか何かかな?だとしたら喜ばしい事だ。俺も就活頑張らないとなーと呑気に考えながら冬馬の隣を歩く。  うぅ、指先が寒い。手袋してくれば良かったかもと、指先にはぁ~と息を吐きかける。  白く染まった呼気が宙に舞っていく様子を目で追いながらマフラーに顔を埋めていると「寒いのか?」と彼が聞いてきた。  「んー、ちょっとだけね」と答えると、俺の手を掴んで彼のコートのポケットの中に招き入れられる。中にはいつかのようにカイロが入っておりじんわりと温かかった。 「ちょ……、何やってんだよ」 「前は嫌がらなかっただろ……」 「そうだけど……」  あの時と今とじゃ俺の心境的にスルー出来ないっていうか。  好きピのポケットに自分の手突っ込まされて冷静でいられるほど達観してないんですけどぉ……。 「ほら、暖かい……」 「う……うん」  あぁ、甘んじて受け入れてしまう俺。冬馬は俺の事これっぽっちも意識していないのに、俺だけがバリバリに意識しちゃって恥ずかしいったらありゃしない。きっと冬馬には他意は無いんだよね、いつもこうなんだ、この人は。  カイロをにぎにぎする俺の手を包むように上から握る冬馬の手は暖かく、冷え切った手が少しずつ熱を帯びていくのを感じた。  暫く彼と歩いて駅近の公園に着くとベンチに座るように促され、言われた通り腰を下ろすと冬馬もその隣に腰掛けた。 「話って何?」 「あぁ、4月でアパートの契約切れるだろ?」 「うん」  俺達は4月から、それぞれ別の進路に進むため住む家が変わる事になる、つまりルームシェアを解消するのだ。とは言っても会おうと思えば会えない訳ではないのだが、これまで兄弟みたいに仲良く暮らして来たので名残惜しくないと言ったら嘘になるだろう。  「春から離れ離れだな……寂しくなるなぁ~」と、俺がボヤくと隣の冬馬も短い沈黙の後「そうだな」と呟いた。  俺も冬馬も俯いて足元を見つめたままだった。  暫くして「あのさ……引越ししてもたまには遊ぼうぜ。連絡先教えておく」と冬馬に声を掛けられ彼の方を見たが、まだ地面を見つめて何か考えている様子だった。  何を考えているんだろうと思ったが何となく聞く勇気はなかった、結局それ以上会話が続くこともなく無言のまま時間が過ぎていった。 ───────────────……  2月某日、俺はスマホに映し出される「内定」の二文字を見て感動に打ち震えていた。  正月明けから死に物狂いで就活に励んでいた甲斐あってやっとの事だったのだが、千葉のとある町工場に就職が決まり4月からは念願の社会人としての生活をスタートさせることが出来るようになったのである。  初詣で神様に就活の事お願いしといてホントに良かった……!感謝しかないよねほんと、ありがとう神様!  何とか卒業までに進路が決まってホッと胸をなでおろすことが出来た俺は、久しぶりに軽い足取りで帰路についた。  今日ばかりは奮発してハンバーグなんて豪華な物作っちゃおうかなーなんて思いながら、材料を買って家の玄関をくぐる頃には鼻歌まじりになっていた。  丁度ハンバーグが焼けた頃に冬馬が帰宅してきて二人揃って食卓を囲む、「今日いいことあった?」と聞く彼に内定のメールが来たことを報告すると自分のことの様に喜んでくれた。 「おめでとう」 「ありがと! いやぁ~長かったわ~! 一時はどうなることかと思ったけど何とかなって一安心だわ~!」 「そうか、やったな」  俺の言葉にフッと小さく笑いながら箸を進める冬馬を見て俺も自然と笑みが零れる。やっぱ持つべき物は親友だね、嬉しい時に側に居てくれる存在っていうのはありがたすぎる。 「ところで冬馬はもう住むところ決まったのか?」  食事を済ませ食器を片付けた後お茶を飲みながら尋ねると彼はお茶を一口啜って答えた。 「まだ。アキは?」 「俺もこれから賃貸探すつもり、なるべく職場から近い所がいいんだよなぁ~」  スマホで賃貸情報サイトを開きながら答えると、冬馬は俺の近くに座り直して興味深そうに画面をのぞき込んできた。 「へぇ、どれにするつもりだ?」  う、近い。  肩同士が触れ合うほどの距離に詰め寄られてしまい戸惑いながらも平静を装って返答する。 「そ、そうだなぁ、工場の近くって言うと……うぅん、このあたりかなぁ」 「家賃いくらぐらいするんだ?」 「築30年、2万円だってさ。結構いい物件だなこれ」  会社の最寄り駅の近くに安くていい物件を見つけ、ついつい興奮して鼻息荒く捲し立ててしまう。それを聞いた冬馬は顎に手を当て考える素振りを見せていたがしばらくすると口を開いた。 「ふぅん、内見いつ行く?ついてってやるよ」 「えっ? 冬馬も来るの……? 大丈夫? 忙しいんじゃないの?」 「アキの住むとこだし……安全か見ておきたい」  何だそりゃ、お前は俺の保護者か。でも、心配してくれてるのかと思うと嬉しくなってしまう自分も居る。 「明日行こう、早い方が良いだろ」 「え、明日仕事じゃないの? 平気なのか?」 「……撮影有るけど、夕方なら時間作れるから」  忙しいのにいいのかなと思いつつも、口元を緩めずにはいられない。  翌日俺と冬馬は不動産屋へ行き希望にあった物件の内見を行うことにした。  職場に通うのに便利そうな立地にあり、築30年とは言え比較的綺麗で広い1DKの部屋だったので即決し、その日のうちに契約を交わした。  4月からはこのアパートに住み新生活が始まると思うとワクワクしてくる。  今まで冬馬と狭い1Kの部屋に住んでいただけに広くなった分快適になりそうだ。 「ありがとな、冬馬が内見付き合ってくれなかったら多分ここに決めれてないと思うわ」  礼を言う俺を横目でチラリと見た彼は相変わらず無表情だったけど心なしか嬉しそうに見えた気がした。 「いつ出ていくんだ?」 「明日からもう出ていく準備しようかと思って、実家に送り戻した荷物まだそのままだから、親に頼んで配送してもらうつもりだけど」  帰り道、肩を並べて歩きながら冬馬の問いに答えていく。  本当はもっと早く出て行くつもりだったんだけど、なんだかんだ忙しくしているうちに延びちゃって今日まで来ちゃったんだよな。  まぁ大体は俺の過失なんだけど……。でも冬馬がいつも「卒業まで居れば」なんて引き止めるからずるずる居座っちゃった感じはあるんだけどさ。 「そっか」  彼が短く呟いた声が白い息と共に空中に溶け込んでいく、もうこれで本当にお別れだって思うと切ない気持ちになる、今が気持ちを伝える最後のチャンスかもしれないけれど、結局俺は恋心を伝えないまま終わってしまうことになりそうだ。  だって言えるわけないだろう、俺はお前が好きなんだと打ち明けたところで困らせるだけだってことは分かってるんだから。 ───────────────……  必要の無いものを捨ててしまえば、俺の荷物なんてほとんど洋服と調理道具くらいで、引っ越しの準備はとても楽なものに終わった。  段ボール数個にまとめられた衣類を眺めてふと感慨深くなっている自分に気付き苦笑する、思い返せばこの部屋で過ごした一年半は本当にあっという間だったなと思ったからだ。  最初は不安もあった共同生活だが今となっては、冬馬とのかけがえのない思い出になっていることは間違いない。  結局あれから彼に告白することは無く、友達のままで終わったわけだけれども。  これでいいんだ、これ以上を望む資格など俺にはないから。  冬馬のほうは学校をあれだけ休んでいたにも拘らず、何とか卒業できた。どうやら学校には芸能人の仕事をしている事を話していたらしく、欠席がちでもテストの点が低くても留年免除だったらしい。羨ましい事だ。  彼ももうすでに引っ越し準備は済ませていて、部屋の中はがらんとしていて殺風景になっている。 「冬馬、今までありがとうな。楽しかった」 「あぁ……」  キーホルダーを外して合鍵を彼に返すと、受け取った冬馬はどことなく寂しそうな表情で返事をした。  その表情を見て胸の奥底から湧き上がる切なさに耐え切れず逃げるように視線を逸らす、いつまでもこのままではいけないと思い別れの言葉を切り出した。 「それじゃ俺、業者が段ボール取りに来たら行くわ」 「……アキ」  部屋を後にしようとした所で不意に声をかけられ立ち止まる、振り返ると彼は俺に近づき抱擁して来た。  これが最後の別れかもしれないもんな、と俺も彼の背中に腕を回し抱きしめ返す。  彼の温もりを感じて鼓動が高まると同時に愛おしさが募っていく。  離れたくない、ずっと一緒にいたいと思ってしまう、大好きな相手だからこそ尚更。  どれくらいの間そうして抱き合っていたか分からない、ほんの数秒間の出来事だったのかもしれないしもっと長い時間抱きしめられていたような気もする。  どちらにせよ幸せ過ぎて時間が止まってしまえばいいのになんて思った。 「……いつでも連絡して良いから」 「うん……」  身体を離した後、じっと見つめ合いながらそう言い彼は照れくさそうに笑った。  程なくして引っ越し業者がやって来て荷物を運び出すと、俺も冬馬にさよならを告げて部屋を出た。  冬馬は俺がドアを閉めるまでずっとそこに立って手を振ってくれていた。 ───────────────……

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