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第14話
それから数週間、俺はすっかり夏木さんと仲良くなって、今では職場でも一緒に昼食を摂るような間柄になった。
「秋生ってさぁ、いっつも弁当持参だよな。料理得意なのか?」
「ん、あぁ、得意って程じゃないけど」
昼食の時間、弁当箱の中のおかずをしげしげと見ながら夏木さんは前のめりで聞いてきた。
「……タコさんウインナーか」
弁当の中のタコさんウインナーを見て夏木さんがポツリと呟いた言葉に、俺は思わずドキリとする。冬馬が俺の作ったタコさんウインナーを好きだったから、なんだか冬馬の事を思い出してしまったのだ。
「子供っぽいかな」
「いや、全然?可愛いなって思っただけ」
苦笑しながら聞くと夏木さんはニッと笑って言った。その言葉に少しだけホッとして、照れ臭くなって頬をかく。
「あ、タコさんウインナー……よかったら食べます?」
「いいの?んじゃ頂きまぁ~~す」
パクリと一口食べてモグモグ口を動かすと、満足そうに笑みを浮かべて親指を立てた。
「懐かしい味だな~、美味いよ、お袋の弁当思い出す」
彼の事だからきっとからかっているに違いないが褒められるとやはり悪い気はしない。俺は思わずフフっと笑った。
「そんで、あれから好きな子と連絡とった?」
「ううん、全然……。今凄く忙しいみたいで、なかなか時間が取れないって……言ってたから」
実際は冬馬のオフィシャルSNSのポストで彼の仕事の状況を知ったのだけど。
「そっか。寂しいね」
「ん……。でも夏木さんがいろいろ誘ってくれるから、前より全然寂しくないよ」
俺が笑って言うと、夏木さんは「そう?」と少し安心したように微笑んだ。
「……秋生ってさ、たまーにすごく寂しそうな顔するから、なんかほっとけなくなっちゃうんだよな」
「え……俺そんな顔してた?ごめん」
眉を下げて謝ると、夏木さんは首を横に振って笑った。
きっと左肩側に冬馬が居ないっていう違和感がまだ消えてないからだろう、無意識に彼を探してしまっているのかもしれない。自分ではもう吹っ切れたと思っていただけに、未だに未練を引きずる自分自身に嫌気が差してくる。
「いやいや、謝んなよ、別に責めてるわけじゃないんだから。俺だって好きな人出来たりしたら多分そういう顔しちゃうだろうし。気持ちは分かる」
夏木さんは少し照れくさそうに後頭部をかきながらそう言った。
「そ、っか……ありがとう、やっぱり夏木さんは優しいですね」
「よせやぁい、照れんだろぉ。皆、秋生の仲間だからさ! 遠慮しないで、いつでも頼ってよ」
「うん、夏木さんの事は頼りにしてる」
素直にそう告げると夏木さんはポリポリと鼻の頭を掻いて頬を赤らめた。
「そっか、へへ……」
いつも風のようにつかみどころのない雰囲気のある彼が、珍しく照れた様子で笑うのが何だか新鮮で俺もつられて笑ってしまう。
友達って良いなって改めて実感する、冬馬に会えなくて落ち込んでいた気持ちも、夏木さんと話していると少し楽になる。彼は俺の事、ただの同僚程度にしか思っていないかもしれないけれど。
弁当を食べ終わってそれぞれの持ち場に帰る時、夏木さんはまた俺に向かってブイサインをして見せて笑った。
「いつもやるけどそれ何?」
「良いこと起こりますようにって、おまじない! じゃーなー」
元気だな、夏木さん……。と彼の背中を見送りながら俺はクスッと笑った。
───────────────……
それから一週間後の朝、いつも通り出社し、ロッカーで着替えて作業準備をしてから朝のミーティングを終えたところで事務所に入るとパートのおばちゃんが読んでいる週刊誌が目に入った。
その表紙には『話題のイケメン俳優、共演女優とお泊り愛!?』というタイトルと共に冬馬の写真が大きく載っていた。目線が引かれてるが妙に高身長な所や出で立ちはどう見ても冬馬だ。
共演女優とお泊り!?嘘だろ……?
記事の内容はこうだった。
4月下旬某日深夜、都内某所のホテルにTO-MAと共演の女優が入っていくところをカメラが捉えた。二人はエレベーターホール前で合流し、共にホテルの部屋に入ると翌日午前9時まで部屋から出てこなかった。
二人の交際疑惑については双方の事務所ともに否定しているが真相は不明。
写真には画質は荒いが、冬馬と見える男性が女性の肩を抱いて歩く姿がはっきりと映っている。
この記事を見た瞬間、頭の中で以前冬馬が「好きな人が居る」と言っていた時のことを思い出した。好きな人ってこの人だったのか。
確かに美人だしスタイルもいいから納得だが、じゃあ去年の暮れに俺にキスして押し倒したのはなんだったんだって話にもなるわけで。いや、あの時の冬馬は酔っぱらってたんだ、理性的な行動ではなかったのだろう。
そう考えると、もしかして冬馬は俺の事好きなんじゃないかって勝手に思ってた俺はだいぶ自意識過剰だったのかもしれない。
はぁーーーーー……と腹の底の空気が全部出切ってしまうような大きなため息が出る。
何だよ、付き合ってるのかよぉ……。 いや、むしろ良かったんじゃないか?これで変な方向に拗れなくて済んだというか。
とにかく良かったのだ。これでやっと諦めがつくはずじゃないか。
しかし、俺はこの後の勤務の間ずっと上の空だった。
「おーい、大丈夫か?何ボーっとしてるんだよ」
「わっ……ごめん」
プレスしてはいけない面をプレス機にかけてしまい、金属がぐにゃりとひしゃげる音が響いて、隣の機械を操作していた夏木さんが見かねて声を掛けた。
ひしゃげてしまった金属フレームはもう製品として取り返しのつかない状態で、自分のミスに溜息が出る。
今日はこれだけではなく細かいミスが何回もあって、パートのおばちゃんにも注意されてしまう始末。
こんなんじゃ駄目だと思っていても、気がつくと頭の中は冬馬の事でいっぱいになってしまって、まるで仕事が身に入らないのだ。
「おいおい、らしくないぞ、どうしたんだよ」
心配そうに顔を覗き込んできた夏木さんに、俺は作り笑いを浮かべる。
「いえ、すみません……」
「具合悪かったりする?休憩室行こうぜ」
「大丈夫ですよ。ただの寝不足なんで」
心配する彼に大丈夫だと答えるも、腕を引っ張られ無理やり事務所の休憩室へと連れ戻されてしまった。
椅子に座らされると、彼は「ちょっと待って」と言って自販機で飲み物を買ってきてくれた。
「とりあえずこれでも飲んで落ち着けよ」
差し出された缶コーヒーを掌の上で転がすとプルタブを開け一口飲み込む。苦味が舌の上を滑り落ち胃の中へと流れていった。
「何があったんだ?話してみろよ、聞くことしか出来ないかも知れないけどさ。溜め込んどくと身体に良くないし」
そう言われてしまっては話さないわけにもいかず、俺はおずおずと語りだした。
「成程ね、例の好きな子に恋人が居たのか、そりゃー……なんつーか……。両想いだろとかハッパかけちまった俺としては責任感じるわ。ごめんな、無責任なこと言って」
話を聞いて神妙な面持ちでそう言う夏木さんに首を横に振る。
そもそも分かっていたのだ、俺の恋心は報われてはいけないのだと。男同士だとかそんな事の前に冬馬は芸能人で、一般人である俺とは住む世界が違うのだから。
「違うんです、実は最初から諦めてたし。ただ単純に失恋したってだけですから気にしないで下さい」
精一杯明るく振舞ったつもりだけど声が震えてしまってダメだった。目頭にジワリと涙が浮かんで視界が滲む。泣くなよ俺、みっともないったらありゃしない。
それを見て夏木さんは驚いていたけど、すぐに俺の頭にタオルをかけて顔を隠すと頭を撫で始めた。
温かい手の温もりがじんわりと伝わってきて心地良く、ポロポロと瞼に溜めきれない涙が頬を伝って落ちて行った。
「よしよし、辛かったよなぁ、泣きたい時は泣いていいよ。我慢するな、今は俺しかいないんだから好きなだけ泣いちゃいな」
「こ、子供じゃないんだから……こんな、職場で……泣いたりなんかしませんよっ」
「強がんなくていいってば。こんな時くらい思いっきり泣けばいいんだよ。そうすりゃスッキリするんだしさ」
優しい声色と手に導かれ顔を上げると涙腺が完全に決壊してしまって次から次へと涙が溢れ出て止まらなくなってしまった。
夏木さんは黙って俺の隣に座ってくれて、落ち着くまで待ってくれているみたいだった。
俺が泣き止むころには昼食の時間になっていて、ゾロゾロと休憩室におばちゃん達が集まり始めた為、俺の失恋はボヤ程度の騒ぎになり、おばちゃん達からも励まされてしまい益々いたたまれなくなった。
「うし、俺達も昼飯にしようぜ。あ、今日の昼飯さ、俺も弁当作ってみたんだわ。秋生の言う通り節約になるかな~と思って、サ」
落ち着いた頃合いを見て、夏木さんは切り替えるように手をパンと叩いてそう言い、ロッカー室に入っていったかと思うと紙袋を持って出てきた。
「え、マジすか?」
二人で休憩用のテーブルに向かい合わせに座ると、夏木さんは持っていた紙袋を広げて中身を見せてくれた。
それは弁当箱と言うよりはただのタッパーと言った方が正しい物で、中身はご飯の上に冷凍食品の唐揚げがギュウギュウに敷き詰められていて、申し訳程度に漬物のキュウリが添えられている簡素な弁当だった。
「……夏木さんは料理しないんすか?」
「しねぇ! これが初めての手料理ってやつだよ。いやぁ……初めて作ったわりにはなかなか上出来じゃね?」
ニカッと白い歯を見せて自慢げに胸を張る姿に思わず苦笑いしつつも心の中で拍手を送る。
俺も弁当を広げて見せると、夏木さんは「やっぱちげぇな、俺のは色がいかんのか?茶色すぎるよな~」と笑う。
「いやいや、良いんじゃないっすか?冷凍唐揚げって美味いっすよね」
「秋生の弁当のほうが美味そうに見えるんだよなぁ、卵焼きとかいろいろ入ってて……なんかこう……女子力高いっつうかさぁ……」
「じょ、女子力って……」
「なんだよ、褒めてんだって。貶してるわけじゃないだろ?」
釈然としない様子の俺を見て、夏木さんは唐揚げを一個こっちの弁当にひょいっと放り込んで「卵焼きと交換して」と笑った。
「夏木さんってホント優しいっすよね」
「なんだよ、今頃気付いたのかよ」
「いや、なんか……寂しい時に優しくされると骨身に沁みるっていうか……」
「惚れたか?」
「それはない」
ニヤニヤ笑いながら聞いてくる夏木さんの言葉に被せるように否定した。
幸い彼は「即答かよ!」なんて楽しそうに笑っている。
彼の人の懐に入り込む術に長けたようなフレンドリーな性格というのは、おそらく天性のものなのだとは思うが、そこに嫌味がないというのも大きいんだと思う。
新天地で一人ぼっちになってしまった自分にとっては彼の明るさは救いだった。
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