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第16話

 朝起きてスマホを確認すると夏木さんからのLINEが入っており、昨日の礼と週末の予定を聞かれたので特に用事がないと伝えると遊びに誘われた。  こういう所マメだよな、と感心しながらOKサインを出しているクマのキャラクタースタンプを送ると数分後には既読になって返事が返ってくる。相変わらず返事が早い上にレスポンスもいい人である。  そうして迎えた土曜日、指定された時間通りに待ち合わせの場所に向かうと既に夏木さんの姿がそこにあって軽く手を上げると彼もこちらに気付いたらしく「よっ」と片手を上げて挨拶を返してくれた。 「どっか行きたいところでもあるんすか?」 「水族館、ほら、まだあちーし……それに9月なら空いてるかと思って」 「……なんかデートスポットって感じじゃないすかそれぇ……」 「はぁ?何がだよ、野郎同士で行っても楽しいだろ水族館。ペンギンショー見れるし最高じゃねーか」 「ペンギンショーって……」  完全にカップル向けじゃないか、と言い掛けて口を噤む。確かに男同士で行く方が気兼ねないし楽ではあるのだが、俺と夏木さんが二人で水族館に行く姿を想像すると何だか妙に小っ恥ずかしい気持ちになるのだ。  複雑な心境のまま電車に乗る、まさか神奈川まで来るとは思わなかったが、目的の水族館に到着した。チケットを買って中に入ると夏休みが終わったからか人は疎らだった。 「うわー! ペンギン! ペンギンいるぞ! 秋生!」  館内に入ると早速夏木さんがはしゃいで水槽の前でしゃがみ込んだ、子供かよと思いながらも自分も隣にしゃがんでみるとガラスの向こうには大きなプールがあって沢山のペンギンたちが泳いでいた。 「ペンギンと言えば南極に居るイメージだけど、ここに居るペンギンたちは暑くて溶けたりしないんですかね」 「ケープペンギンっつってな、アフリカ大陸辺りに生息してる種類なんだわ。ここより暖かい地域で生息してるやつ等だから暑さにゃ強えんだろ」 「へー……詳しいんすね」 「可愛くて癒されるだろ?ケツ振って飼育員について行く姿見ると和むしさー」  夏木さんは本当にペンギンが好きらしく、暫くペンギンの水槽の前に張り付いて離れようとしなかった。確かに水槽の中で自由に泳ぐ姿は清涼感があって見ているだけでも涼しさを感じ取れるほどだ。 「良いっすね……涼し気で」 「だよなぁ、こちとら毎日汗だくになりながら狭い工場で働いている身としては羨ましい限りだぜ」 「でも、この狭い水槽がペンギンたちにとっては世界そのものじゃないですか、広い海を知らないんですよきっと。可哀想っちゃ可哀想かもしんないですね」 「自然で生きていくのも厳しいと思うぜ、こいつら絶滅危惧種で、日本の水族館で繁殖がうまくいったから、国内じゃよく見かけるけどな」 「ええ……? じゃあ日本で繁殖に成功しなかったら絶滅しちゃってたかもしれないって事ですか……?」 「そうだな、だからこいつらに取っちゃこの狭い水槽が世界の全てなんだよ」  そう言いながら愛おしそうにペンギンを眺める夏木さんの横顔はとても優しかった。暫くペンギンを見てから次に進むと今度はアザラシゾーンに入っていった。ここでも夏木さんはゴマフアザラシに夢中になったようで、まるで子供のように目をキラキラと輝かせながら見ていた。 「アザラシって可愛いよなぁ~モチモチボディしやがって……! 触りたくなるよな!」 「はぁ……」  夏木さんってもしかして、可愛い動物が好きとかそんな感じなのかな……?だとしたら意外すぎるんだけど……。  普段の飄々として余裕のある感じからは想像できないような無邪気さでニコニコしながらアザラシを眺めている彼を見るとそんな風に思う。この前俺にくれたウサギのぬいぐるみといい、意外とメルヘンな趣味なんだろうか。  イルカショーも見たりしてすっかり満喫してしまい、最初はデートみたいと渋っていた俺もいつの間にか夢中になって楽しんでしまっていた。  帰り道ではお土産コーナーで売られていたアザラシのデカいぬいぐるみを見つけた彼は一目散に飛び付き購入すると、満面の笑みで抱きしめながらホクホク顔で戻ってきた。 「やっべぇ、フカフカだ。めっちゃ気持ちいいんだがこいつ」 そう言って幸せそうにモフモフしている姿に吹き出しそうになるのを堪えて曖昧に笑みを返した、どんだけアザラシ好きなんだよこの人、面白すぎでしょ。 「今日はありがとな~秋生~」 「あはは、夏木さんが意外とかわいいもの好きって知れたんで良かったです」 「へへ、バレたか」  照れくさそうにアザラシのぬいぐるみに顔を押し付ける夏木さんを見ながら、なんとなくほっこりしてしまう自分に驚く。  年上の男の人相手に感じる感情じゃないのかもしれないが、なんだか可愛く見えてしまうのだから不思議である。  この前、俺の事を可愛いよと言ったのも、こういう意味だったのかもしれないと思うと納得できた気がした、多分夏木さんの中では俺は動物的な何かと同じ枠なのだ。 「いやぁ、オッサン一人でデカいぬいぐるみとか買うのって恥ずくてさぁ、秋生が一緒で助かったわー」 「なるほど、それで俺を水族館に誘ったんですね。それなら最初から言ってくれればよかったのに」 「だって、アザラシのぬいぐるみ欲しいから一緒に来てって言ったら引くだろお前」  まぁ、夏木さんがいきなりそんなメルヘンな事言い出したらちょっとびっくりするとは思う、普段の様子見てるとそういうのとは無縁そうだし。  ただ、今日の夏木さんを見ているとそれも案外似合っているような気がしなくもないと思った。 「今日で夏木さんのイメージ変わりました」 「俺が可愛いもの好きって事は内緒だぞ?」 「はは、了解でーす」  夏木さんは人差し指を立てて口元に持っていきシーっとポーズを取る、そして悪戯っ子みたいな表情でニヒヒと笑って見せた。 ───────────────……

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