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第18話

 俺は同僚の夏木さんの事が好きだ、でも俺自身自分が同性愛者だという事実を受け止め切れずに居るのも事実で、この感情をどう処理すればいいのか分からないまま、彼への恋心を無かったことのように胸の奥にしまい込んで日々を過ごしていた。  幸い夏木さんは俺がこんな邪な感情を抱いているとは露知らずいつものように接してくれていて、それがまた嬉しくて辛かった……。  あれよあれよという間に、気が付けば俺が入社してから約一年、季節は巡ってすっかり秋の前触れになっていた。  今年の春に俺の務める工場にも新人が入ってきて、俺にも初めての後輩ができた。 「ダメダメ、ちゃんと指差し確認しないと!」  工場の機械を扱う作業は危険を伴うため必ず2人以上で行動することを義務付けられているのだが、この度入ってきたばかりの男はあまり仕事に集中していないらしく、指差し確認を怠ることが多い。 「てか、いちいち声に出さなくても良くないっすか?」 「プレス機っていうのは、何トンもの圧が加わるんだから、万が一身体を挟んだりなんかしたら大変だろ! とにかく指差し確認してからやるってこと覚えないと駄目だから!」 「うぃーす」  やる気のない返事だけが返ってくる、この新人の男の名はハル、耳がどこかの部族のようにピアスだらけで、首にはネックレスのように巻き付いたトカゲのタトゥーがあるなどかなりヤンチャそうな風貌をしている。  勤務態度もあまり真面目ではなく、工場の仕事内容を覚える気がないのか適当に手を抜くような男だ。  それに9月になってから最近は喧嘩でもしているのか、顔に包帯を巻いたままで出勤してきており、その異様な外見のせいで他の従業員たちから遠巻きにされている存在になっている。  全くなんでこんなヤバい奴の指導役をさせられなきゃいけないのかと思い憂鬱になりながらため息をつく、言い出しっぺの夏木さんは面倒事を嫌うタイプなのでなるべく関わろうとしていないらしく、おかげで俺一人が負担を被る結果となっている。 「夏木さんからもちゃんと指導してあげてくださいよぉ〜」  昼休憩中、事務室の隅っこの方で弁当を広げながら、向かいの席に座る夏木さんに愚痴を零していた。 「俺ぁ事なかれ主義だから、ああいういかにも見た目で威嚇してくるタイプのヤツとは関わり合いになりたくないんだよね」 「いや、俺だって関わりたくないんですけど!」 「でも、秋生は一生懸命指導してるじゃん、偉い偉い」  まるで他人事のように言いながら頭を撫でられムッとする、この人なんだかんだ言ってのらりくらりとやり過ごすんだもんな、いい気なもんだ。 「まぁまぁ、俺の唐揚げ一個やるから機嫌直してくれよ〜♡」  唐揚げ一個でご機嫌を取るかのようにおかずを差し出して来るので渋々受け取る、こんなんで許すわけが無いけど、惚れた弱みなのか許してしまうんだよな。  昼休憩が終わって持ち場に戻るとハルがプレス機の前でわたわたとしているのが見えた、慌てて駆け寄ると、どうやらプレスしてはいけない場所をプレスして金具がひしゃげて取れなくなってしまったようだった。 「何やってるの?」 「あ……いや……。アキ先輩が戻って来るまでに使い方を覚えておこうと思ったんすけど……」  俺が戻ってきた途端にビクッと身体を震わせて申し訳なさそうに頭を下げる姿を見てため息をつきそうになるのをぐっと堪える、あれだけ作業は二人一組だと注意したにも関わらずこれだもんな……。 「あー……これ天板についてる金具が引っかかって外れなくなっちゃったみたいだな。ちょっと待ってて、工具箱取ってきて外すから」 「すいません」  意外にもシュンと肩を落としている姿に驚いてしまう、苛々して物に当たるくらいの事はあるかと思ったが、見た目に反して意外と素直な子なのかもしれないと思った。  プレス機の下型に引っかかってしまった金属を工具を使って曲げたり伸ばしたりして取り外す、結構な力仕事に汗を流していると、後ろからハルが「すいません」と再び謝ってきた。 「次からはちゃんと言う事聞いて、作業は二人一組、指差し確認をして行うように」  釘を指すように告げると「うっす」と小さく返事をした声が聞こえた。 ─────────……  それからというもの、ハルは真面目に働くようになり以前のような不真面目な姿は見せなくなったが、一月経っても顔の包帯を外すことはなく相変わらずそのままの姿だった。 「包帯、なかなか外れないな? 大怪我したの?」  休憩中に自動販売機の前で缶コーヒーを飲みながら、ハルに包帯の事を聞いてみた。すると少し間を置いてボソリと返答があった。 「今ダウンタイム中なんで外せないだけっす。気にしないでください」 「ダウンタイム?」  初めて聞く言葉に首を傾げた。 「顔腫れてるんすよ、鼻と目……と唇の整形をしたから、今ちょっと顔がやばいんです」 「へぇ、整形」 「はい、もうすぐ落ち着くと思うんですけど……」  入社してきたばかりの時は少し怖い印象の顔だったけれど、この包帯が取れたらハルはどんな顔になるんだろう、少し気になるかも。 「包帯、早く取れると良いね」 「そっすね、楽しみです」  コーヒーの残りを飲んでゴミ箱に捨てるとハルは「そろそろ戻ります。ありがとうございました」と言ってペコッと頭を下げて戻って行った。  整形か、親から貰った顔を簡単に弄るなんて俺には無理だけど、整形って結構カジュアルな感覚でするものなんだろうか。 ─── 「へぇ、整形ね。俺ぁてっきり喧嘩でもしてんのかと思ったぜ」  昼食時、夏木さんと一緒にお昼を食べながら午前中にあった事を伝え、話の流れでハルの話になるとそう返された。 「俺も俺も。ヤンチャそうに見えるけど、案外真面目で良い子なのかなって思うよ」 「んにゃー、あの手の輩ってのは一筋縄ではいかないぞぉ、裏の顔がありそうで怖ぇえんだよな」  口いっぱいにご飯を詰め込みながらそう言う夏木さんに「またそう言う事言う~」と言いながら苦笑いする。夏木さん位の歳になると十代の若者なんて皆何考えてるのか分からなくて怖いらしい。 「俺ぁ、人見る目だけは自信あんのよ、あの子多分腹ん中で何か抱えてるわきっと」 「……それって経験談ですか? ……あ、俺のエビグラタン!!」  ささっと冷凍エビグラタンを奪い取られ、思わず声を上げると夏木さんはケラケラ笑いながら自分の口に運んでいった。  午後の作業に戻ると、隣でプレス機を使うハルが「夏木先輩と仲良いんすね」と呟いた。 「まぁね」 「あの人、俺の事不良だと思ってるみたいで、当たり強いんすよ……」 「あぁ、ハル君ピアス沢山つけてるし、おじさんの感覚だとちょっと厳ついかなとは思うよ」 「ファッションすよ。身体改造って分かります?」  身体改造という言葉が一瞬理解出来なくて首を傾げていると、ハルは続けて口を開いた。 「ピアスでラージホール作ったり、スプリットタンだとか、タトゥー滅茶滅茶入れてる人っているじゃないっすか。そういうの好きなんすよ、俺」 「あー、スプリットタン知ってる。舌先が蛇みたいに二股に分かれてるやつでしょ」 「です。自己表現っていうか、変身願望っていうのがあって。整形も自分の身体を作り替えたくてやってます」  ハルが包帯の隙間から二つに割れた舌を見せてきた。なるほど身体改造、世の中にはいろんな趣味や嗜好を持った人が沢山いるんだなぁと思いながら相槌を打つ。 「へぇ、それで整形もしたんだ」 「うす」  テレビで見た事のある身体改造をしている人たちは、人間離れした容姿をしていたし、ハルもさらに厳つい姿になっていくのだろうか。  その顔を覆っている包帯が取れたら一体どんな顔になっているのだろうと思うと興味が湧いた。 ───────────────……

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