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第19話
更に二カ月が経つ頃、職場のロッカーで作業着に着替えているとタイムカードを切ったハルが「はよざいます」と言いながら更衣室に入ってきた。
「おはよう」
Tシャツを脱ぎながら挨拶をして振り向くと、真後ろのロッカーを使っているハルの頭から包帯が消えていた事に気が付いた。
「あれ、包帯取れたんだ。よかったね」
「まだ腫れてはいるんすけど、だいぶマシになってきたんで今日取りました」
そう言いながら振り向いた彼の顔を見て、驚きのあまり固まってしまった。
なぜならそこに居たのは冬馬そっくりの男性だったからだ。
髪型は厳ついツーブロックだし耳には無数のピアスが付いているが、目や鼻、唇の形まで一緒で、思わずドキッとした。
「あ、誰に似せたか分かりました?」
「う、うん、TO-MAだよね?」
恐る恐る聞いてみると、やっぱりと言わんばかりの笑顔で頷かれる。
「やっぱベースは綺麗な顔の方が良いっすから。TO-MAに似せたんです」
やばい、ぎこちない笑顔迄同じだ。職場に初恋の相手のそっくりさんが現れてしまったことで、ドキドキと心臓が高鳴る。
細かいディティールや身長は違うので別人だと分かってはいるが、それでも動揺を隠すことが出来ない。
「どしたんすか?ボーっとして……」
「あ、いや、似てるなーってびっくりしちゃって……」
慌てて誤魔化すようにして笑うと、ハルはきょとんとした顔で見つめてきて首を傾げた。
俺の初恋の相手が冬馬だってことは誰も知らないんだから、動揺を見せたら変に思われるよな。そう思いつつも今日の俺はどうしてもハルの顔に目が行ってしまってしまい落ち着かないのだ。
冬馬がプレス機を指さし確認している姿はこんな感じなのかな、冬馬が天板チェックしている姿はこんな感じなんだな、ハルが動くたびにいちいち冬馬を重ねてしまってボーっとしてしまう。
「先輩大丈夫っすか」
俺の確認を待っているハルが心配そうな顔でこちらを覗き込んで来た事でハッと我に返った。いけない、集中しなきゃ……。
気を取り直してもう一度確認する為にプレス機の前に立つと、隣に立ったハルが声をかけてきた。
「さっきから変っすよ、具合悪いんじゃないすか?」
そりゃ目の前に冬馬の顔をした男が立ってるんだから落ち着かないに決まってるだろ具合も悪くなるさ。笑って誤魔化したとしてもこのまま作業を再開するのは危険だと思い、具合の悪い振りをして一度事務所に戻って休むことにした。
パイプ椅子を並べて簡易ベッドを作るとそこへ横たわる、頭の中の混乱を整理するため、目を閉じて大きく深呼吸を繰り返した。
まさかこんな所に冬馬にそっくりな人物が現れるなんて思ってもみなかったから、正直戸惑っている自分がいる。夏木さんに相談したくても、初恋の相手が男だと言わなきゃならなくなるし、それは流石にマズいだろう。
そんな事を考えているうちにウトウトとし始め眠りについてしまっていたらしく、ガヤガヤと昼休憩のために作業員が事務所に戻ってきた音で目が覚めた。
「おーい、秋生。具合悪くなったんだってな、大丈夫かー?」
頭上から聞こえるその声に顔を上げると、そこには心配そうに覗き込む夏木さんの姿があった。
「うーん、だいじょばない」
「早退させてもらうか?」
「あ、いや……身体は元気なんすけど、メンタルの方が駄目っぽいかなって……」
苦笑しながらそう言うと、夏木さんに頭をポンポンと軽く撫でられた。
「秋生は頑張り屋だからな、根詰め過ぎて疲れが出たんだろ。お前の分は俺が代わりにやっとくよ」
なんか悪いなと思いつつも素直に甘えることにして頷くと、夏木さんは再び頭を撫でて近くの席で昼食を取り出した。
「ねぇ、夏木さん……。ハル君の顔見た……?」
「あぁ、TO-MAだろ?そっくりだな、整形であそこまで似せられるもんなんだなぁって思ったわ。びっくりした」
「アレがTO-MAなんだと言われたら信じちゃうレベルで似てましたよね。近くで見ると尚更そう思うって言うか」
話をしていると、休憩室の扉が開いてコンビニの袋をぶら下げたハルがこちらの席へとやって来た。
「先輩、俺も飯一緒に食っても良いっすか?」
「おーいいよ、な? 秋生。」
うっ、とは思ったが、夏木さんの事なかれ主義が発動したのか、何故か快く了承したので断るわけにもいかず、不思議な3人で昼食を食べることになった。
モソモソとコンビニのサンドウィッチを食べる姿が冬馬にそっくりで、ついつい見惚れてしまう。彼の顔を見れば見る程、脳内で勝手に目の前の彼と冬馬を重ね合わせてしまうのだ。
こんなに見つめて変に思われるんじゃないかって思うけど、やっぱり冬馬と同じ顔をしてるってだけで気になって仕方が無い。
「何すか?」
ジッと見つめていた視線に気がついたのか、訝しげに眉間に皺を寄せつつ食事の手を止めてこちらを見つめてくる。まずい、不審がられてしまったらしい。
「いや、TO-MAに似てるなーって……思って……」
下手に言い訳するのも怪しく思われそうだし正直に言うと、ハルは「嬉しいっす」と頭をポリポリ掻きながら照れくさそうに答えた。
「その顔にすんのに幾ら位かかったんだよ?」
夏木さんが興味津々と言った様子で話しかけると、ハルは「総額250万くらいっすね、この前貰ったボーナスと貯金全部使いました。」と答えた。
「にひゃくごじゅうまんっ!!?!」
あまりの金額の大きさに驚いて素っ頓狂な声を上げてしまう、ハルはそれを意に介さず淡々と続けた。
「鼻が高かったっすね、でも変身したみたいで鏡見るの楽しいんで」
「へぇ~、そんなもんかね」
「まぁ、自己満なんで、そんなもんっすよ」
楽しそうに会話をする二人をぼんやりと眺めていると、ハルが俺の方を向いて「先輩、具合どうっすか?」と聞いてきたのでハッとして首を振る。
冬馬の顔で突然話しかけないでよ、びっくりして心臓が止まるかと思ったじゃないか。
「うーん、午後は仕事戻れそうかな、ごめんね急に休んで」
「真面目なアキ先輩に限ってサボりとか思いませんよ、ゆっくり休めばいいと思います」
ハルは優しげに微笑んでそう言うと、サンドウィッチのゴミを袋に入れて立ち上がった。
やばい、カッコいい。なんて思っちゃった、ただ冬馬に似てるってだけなのに、微笑まれるとキュンってしちゃう。
調子狂うな、と頭を掻いていると、まだ弁当を食べている夏木さんがジトーッと俺の方を見ているのに気がついて慌てて咳払いをする。
「惚れたか?」
「違いますよ……」
「俺にゃ、恋する乙女みたいな顔に見えたけどな〜?」
「んな訳ないでしょ……」
ニヤニヤしながら肘で突いて来ようとする夏木さんを避けつつ残りの弁当を掻き込んだ。
午後は何とか持ち場に戻って、ハルと一緒にプレス機の前に立ち作業をこなすことができた。ハルはいい子で、終始俺の心配をしながら仕事を手伝ってくれたので申し訳無くなる。
俺はと言えば色ボケて隙あらばハルの顔を盗み見てばかりだった。
意識するなって言うのが難しい話だ。
そんな調子で一日が終わり、疲れた身体を引きずり帰宅の準備をしていると夏木さんがいつもの様に飲み会を提案して来た。
今日の事をどうしても夏木さんに愚痴りたかった俺は迷わずOKを出す、すると後ろのロッカーの前で着替えていたハルが振り返った。
「え、飲み会行くんすか? 俺も行っていいっすか?」
げっ、付いて来る気かよ……と思ったが、夏木さんは「いいぜ、人数多い方が酒の席は楽しいからな」と受け入れてしまう。
ハルの事を不振がっていたくせに心を良く受け入れる彼を見て、マジかよ!?と思ったが、元来夏木さんという男は人当たりが良く誰にでも優しい性格の持ち主であることを思い出し諦めの境地に至った。
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