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第20話
「「かんぱーい」」
夏木さんとハルは気が合うらしい、居酒屋でビールジョッキとコーラの入ったグラスをぶつけ合いながら楽しげに飲んでいる光景を横目にチビりとウーロン茶を飲みため息をついた。
本当はハルが冬馬に似ていて調子が狂ってしまう事を夏木さんに話したいと思っていたのだが、当人のハルも来てしまったから話すに話せない状況になってしまった。
ため息をついて枝豆を摘んでいると、夏木さんの隣に座っていたハルが俺の隣の席に移動して「先輩、まだ元気ないんですか」と言い顔を覗き込んできた。
至近距離で視線が合わさりドクンッと胸が高鳴る。
「ん? あ、だ、大丈夫! なんでもないよ!」
あぁ、こんなにいい子なのに、不埒なことを考えてしまう自分に嫌気が差して自己嫌悪に陥る。
ダメだ、しっかりしろ自分。
「ハル~、いいんだよ。秋生はちょっとメンタル弱いところがあるだけだから気にすんな!」
ビールを鱈腹飲んでいい気分になっているのか、へべれけ状態の夏木さんが割って入ってきて頭をグリグリと撫で回された。
この人はいい気なもんだ、人の気も知らないで。
「秋生はなぁ~、一年前の失恋をまだ引き摺ってるんだよ~~」
「え、一年前なのに忘れられないんすか?」
「そう、その子とは一年半もルームシェアしてたんだから、俺は脈ありかと思ってたんだがなぁ」
「ルームシェア?」
おのれペラペラと俺のプライベート情報喋りやがって……!
「夏木さん! いいじゃないですか、俺の話は!」
「秋生が元気ないからだろぉ? 話振っても下向いてばっかでよ~」
「う……」
ちょっと自分勝手で空気読んでなかったかもと思って落ち込む、夏木さんは俺が元気無さそうだから飲みに誘ってくれたんだろうし、ハルだって悪気があって付いてきたわけじゃない。
先輩の俺達と仲良くしようとしてくれているだけなんだから責めるのも可哀想だよな。
「ごめん、落ち込んでたのは本当なんだけど、もう大丈夫だから」
ニコッと作り笑いをすると、二人は顔を見合わせてホッとした表情を浮かべてくれた。
なんだか気を使わせて申し訳ない気持ちになる。
「そうだ! カラオケ行こう! 嫌なことを発散するにはこれが一番だぜ~!」
唐突に立ち上がって提案する夏木さんの提案により近くのカラオケボックスへと向かうことになり店を出た。
最初は乗り気ではなかったものの、いざ歌えば気分が晴れてスッキリするもので二時間歌いまくった後は完全に開き直った気持ちでいた。
「アキ先輩歌上手いんすね〜!」
「そ、そうかな?」
ドリンクバーのオレンジジュースを片手に隣に座るハルが俺を褒めちぎってくるものだから照れてしまう、お世辞なのは分かっているが、褒められるのは純粋に嬉しいものだ。
「音楽の趣味も合うし、俺アキ先輩の事もっと知りたいっす」
夏木さんの歌う長渕が流れていたが、そんな発言と共に周りの音が何も聞こえなくなってフリーズしてしまった。
ハルの手が俺の太腿に乗せられたからだ。
こんなのただのスキンシップだよ。
男同士でも普通にあることだと言い聞かせながらも緊張してしまって仕方がなかった。
「お、俺のことより、自分のこと話そうよ……!」
声がひっくり返らないように気をつけつつ話題を変えるために会話を繋ぐ。ハルは俺の反応を見て何を思ったのかフッと笑うと耳元に唇を寄せて囁いた。
「アキ先輩、ゲイでしょ」
夏木さんには聞こえないような小さな声だったが確かに彼はそう言った。目を見開いて固まっている俺を見てクスリと笑みを浮かべるとゆっくりと離れていく。
「そ、そんなわけないじゃん……」
「あれ、違った? 勘は鋭い方なんすけどね、外したかぁ。でもさぁ、男女でルームシェアって、不自然じゃないすか。だから男同士かなって……」
咄嗟に誤魔化そうとしたが遅かったようだ。冷や汗が流れ落ち鼓動が激しく脈打つ。
バレていたのか……?どうしよう、もし周りにバラされたら二度と社会復帰できないかもしれない、そう思うと怖くて堪らなかった。
パニックになって震える手を押さえつけるように握り締めると、それを見たハルは少し焦ったような表情を見せる。
「あっ、すみません……脅かすつもりじゃなくて……。誰にも言わないっす、安心してください」
「……どうして分かった?」
恐る恐る尋ねるとハルは困った様な笑みを浮かべながら頰を搔いた。
「同族の匂いって言うんすかね、何となく分かるんですよ。俺、バイだから」
「……そうなんだ」
「先輩は女に興味無さそうな顔してるからすぐにわかりました」
ハルはそう言って微笑んだ。そう言われるほど顔に出ているのか、女に興味が無い自覚なんて無いんだがなぁ。そんなにわかりやすいんだろうかと不安になってしまう。夏木さんにも気づかれていたら嫌だな。
「別に言いふらすつもりなんてないですよ、黙ってて欲しいって言うんなら約束します」
ハルの言葉にホッと息をつく、とりあえずこの場は安心できそうだな。安堵感からか力が抜けてソファーに寄りかかると同時にどっと疲れが出てきた。
夏木さんはステージで相変わらず長渕を熱唱しており、俺達の会話……というより、俺達自体が見えなくなっている様で安心した。
こんな会話、夏木さんに聞かれた日には何て説明すれば良いかわからないだろうし、「ゲイだけど夏木さんのこと狙ってるわけじゃないから」なんて言ったって信じてもらえるか分からない。
「あのさ、なんで俺にそれを話してくれたの?」
「単純に同類だと思ったからですかね。俺、今フリーでセフレ探してるんスよ、だから丁度良いかと思って。アキ先輩どうです?」
「冗談止めてよ」
「うわ、フラれた」
ハルは残念そうに肩を落とす素振りを見せたが内心楽しんでいるのかクスクスと笑った。
そういう冗談を言う所は好きじゃないなぁと思いながら眉を寄せると「ジョーダンですって」と笑われてしまった。何というか、見た目通り軽い子だなというのが率直な感想だ。
「もしかして彼氏いました?」
「いないけど」
少しためらってから「……でも募集してるわけじゃないから」と付け加えると、予想通りの反応だったのか肩を竦め苦笑していた。
「ノンケにばっか恋してると心が死にますよ?」
「なんでわかるの」
「そう言うゲイたまにいるんで」
本当はよくわからない。恋人は欲しい、漠然とそう思っているけれど、今までの恋愛経験の薄さが災いしてかあまり人と付き合うというビジョンが見えない。
冬馬の事も夏木さんの事も好きだけど、その想いは報われないものとして俺の中に存在しているような気がして、俺にとって恋愛というものは密かに憧れるだけのものであり、それ以上の発展を望むものではないような気がする。
ハルの言う通り、俺は恋を諦めていた。
俯いてしまった俺を見て、ハルはスマホを操作して、とあるクラブのHPを開いて見せた。
「ここ、未成年でも入れるクラブなんです、余計なお世話かもしれないすけど、同じ世界の人達の事知ると世界広がると思いますよ」
「へぇ」
話を聞くと、どうやらゲイ同士の出会いの場を提供しているクラブのようで、そういった目的で通う人が一定数はいるらしい。
今まで縁の無い場所だったので新鮮ではある。しかしいきなり知らない場所へ足を運ぶというのも勇気がいるものだ。
どうしようか迷っているとハルが「俺もセフレ探してるんで、今度一緒に行ってみます?」と提案してきた。
その言葉にギョッとしつつも、“もしかしたら……”という好奇心を抑えきれず返事を濁すと「じゃあ予定合わせましょう」と言われ、連絡先を交換しようと差し出された画面に戸惑いながらもスマホを開き表示されたQRコードを読み取った。
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