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第21話
「はぁ~……」
結局断りきれず、ハルと二人で例のクラブへ行く約束を取り付けられてしまった。しかも今週末とか急すぎるし心の準備ができない。
頭を抱えてベッドの上でごろごろと寝返りを打ちながら悶々とする、確かにハルの言う通り俺が本当に男にしか興味ないのなら新たな人間関係を築くという点で有益なのかもしれないが、俺はオカマじゃないわけで。
だからといってこれからずっと恋を諦めたまま孤独に生きていくことになることを考えるとそれも寂しいと思ってしまう。
やっぱり行きたくないと言って断るつもりだったが、ここで断ってしまったらもう二度とこういった場所に足を踏み入れる機会は無くなってしまうような気がしてならず、そうこうしている内に当日を迎えてしまったのだ。
待ち合わせ場所に行くと既に到着していた様子のハルが手を振っていたので急いで駆け寄った。
「おまたせ」
ハルはパンキッシュなチェックのライダースジャケットにスキニーデニムを合わせており派手なショートブーツを履いていた、いつもと違って前髪を上げてワックスをつけているせいか大人びて見える。
クラブなんて行ったことが無いし、どんな恰好をしていったらいいのかわからず、結局いつも通りの野暮ったい格好しか出来なかった自分を情けなく思いながら謝るとハルは「はは、先輩ラフすぎ」と笑っていた。
地下鉄に乗り揺られること数駅、着いた先は新宿の繁華街から離れたところにある雑居ビルのような建物の地下1階で、看板も出ていない小さなクラブだった。
中に入るなり店内にいた何人かの視線がこちらに向けられ居心地が悪い気分になる、ここに居る人たち全員がゲイかバイなんだと思うと緊張してきた。
「先輩はその辺で待っててください、俺飲み物とってきます」
キョロキョロしているうちにいつの間にかカウンターの方へ歩いて行ってしまったハルを見送って、仕方なく壁際にあるテーブル席に腰かけることにした。
一人でぽつんと座っていると程なくして一人のオジサンが近づいてきて声をかけられた。
「お兄さんひとりぃ?」
「え、あ……。えっと……」
狼狽えているとオジサンは俺の隣に座って「君可愛いね〜いくつ?大学生?高校生かなぁ?」などと馴れ馴れしく話し掛けてきたかと思えば腕を掴んできた。
あぁそうか、ここはゲイの出会いの場なんだっけ。
そんな事すっかり忘れて油断しきっていたせいで突然の接触に対応できず固まることしか出来ずにいると、横からスッと伸びてきたジュースがオジサンと俺の間に割って入った。
「おいオッサン、ナンパしたい気持ちはわかるけど、その人俺の連れなんで」
聞きなれた声に視線を向けるとそこには両手に飲み物を持ったハルが立っていた。
「チッ、何だよ連れがいるなら先に言えよ。つまんねーな」
舌打ちをして去って行ったオジサンの背中を見ながら唖然としていると、ハルが「お待たせ」と言ってテーブルにジュースを置いた。
「今オジサンがせっかく俺の事口説いてたのに、よかったのか?」
「良かったのか、じゃないっすよ。アキ先輩あんなオッサン相手したいんすか?」
「いや、でも俺なんか相手にしてくれる人居ないだろうし……」
「俺等まだ若いんすから、もっと選り好みして良いんすよ?せっかくなら金持ってそうなイケメン釣りましょうよ」
そりゃカッコいいハルならすぐ釣れるだろうけど、俺みたいなチビで垢ぬけない冴えない男のどこに魅力を感じるって言うんだ。やっぱり場違いだったよなぁと貰ったジュースをちびちび飲む。
ダンスホールで踊ってる男の人達はもうカップルが出来上がっているのかイチャイチャしていて見ていて恥ずかしいくらいだ。周りを見回してみても、ハルの言うようなお金持ちそうなイケメンなんて見当たらない。
こんなんで新しい出会いなんて見込めるのかな……。
ハルは積極的で、色んな人に声をかけていたけど彼のお眼鏡に叶う相手は見つからないらしく「今日はハズレかなー」なんて言って残念そうな顔を見せていた。
大体今まで一番仲良くなった男性にコロッと堕ちてくだけの俺が、積極的に男探しするなんて無理な話なんだよな。
かといって今から誰か別の人を探そうとも思えず、ハルにいい出会いがあると良いなーと思いながら壁に背中を預けてぼうっとホールの方を眺めていると、不意に誰かに肩を叩かれ振り返る。
「やぁ、隣座っても?」
声のする方へ視線を向けると、そこにいたのは俺と同じようなラフな服装の青年だった。年齢は20代後半といったところだろうか。顔は決してイケメンではないがが清潔感のある身なりをしていて好感が持てる。
「どうぞ」と答えると青年はニコリと微笑んで俺の隣に腰を下ろした。
「さっきからずっと一人だったから気になっていたんだけど、誰かと待ち合わせかな?」
「……いえ、友達と来てるんですけど、でも場違いだったなって思って……」
「そう?君が良ければ僕と話さない?」
優しく微笑みかけられ、自然と首を縦に振っていた。
さっきまではどうせ自分はモテないしと思っていたくせに我ながら現金なやつだなと思いながら小さく笑う。そして俺たちはその場でしばらく談笑を続けた。
彼は商社マンらしく出張先で見た桜の美しさなどを語ってくれたが、その話よりも俺は彼が身に着けている時計や財布などの小物を見ていた。
ハルの言ってた金持ちそうな奴っていうのはこういう人の事なんだろうかと思いながら話を聞いていると、ふいに彼の手が腰に回されするりと撫でられた。
「えっ、なに……?」
驚いて身を引こうとした瞬間グッと引き寄せられ密着するような体勢になってしまい慌てていると耳元で低く囁かれた。
「ここはちょっと音が大きいからもっと静かな場所に移動しない?」
「え、でも友達が……」
「大丈夫すぐ帰って来ればわからないよ、少しの間だけ抜け出そうよ。ほら、行こ」
手を引かれ立ち上がらせられ、言われるままについていくしかない状況に困惑しながらも、俺は大人しくついて行った。
連れてこられたのは上階にある薄暗い照明の落ち着いた雰囲気の部屋だった。そこは個室になっており地下のダンスホールが窓から見られるような配置になっていてとても眺めが良い。
「へぇ……こんな部屋が上にあるんですね」
窓に手を置いてダンスホールを眺めながら呟くと背後から肩を抱くように抱きしめられビクリと肩を震わせた。
「な、なんですか?」
「何って、君もそのつもりでついてきたんでしょ?」
咄嗟に振り向いて後ずさりしたが、窓に背中がついて逃げ場がないことに気づいて焦る。
この男の人は静かな所で俺と二人で話がしたいって言っただけじゃないか、もしかしてそれってそういう意味だったんだろうか。
まぁでも、そう言う出会いの場なんだし当然といえば当然の展開かもしれないか。観念して向き直ると男は俺の顎を掴んで引き寄せ唇を重ねてきた。
ぬるりとした感触に嫌悪感を覚え顔を背けようとした途端、口の中に舌が侵入してきて絡みつくように動いた。別にファーストキスじゃないから今更気にしないが、こう言うシチュエーションが初めてなものでどうしたらいいのかわからない。
ハルに聞いたらきっと「こんなもんすよ」なんてあっさり言ってくれるんだろうけど。
上顎を擦られ歯列をなぞるように舐められ唾液ごと吸われるような激しい口付けに段々変な気分になってくる、息苦しさを感じて胸板を押し返すと彼の舌が俺の口からヌルリと抜けていった。
酸素を求めて荒い呼吸を繰り返している間にベルトのバックルに手をかけられズボンを脱がされる。
「ちょ、待ってくださいってば……!」
急にパンツを見られ慌てて腰をかがめた状態で制止するも、彼はそれを無視して下着を脱がし、俺を抱え込むようにソファに縫い付けた。無理な体制で押し付けられた。
「ぅぐ……痛ぇっ……!」
その時、ガチャリと部屋のドアが開き誰かが入ってくる音がした。
誰かは分からない、けど助けてくれるなら誰でもいい、頼むからこの状況をなんとかしてくれ。そう思いながら涙でぼやける視界で音の聞こえた方向へ視線を向け「助けて!!」と声を振り絞りながら叫んだ。
「っとに……。突然いなくなったと思ったら何襲われてるんすか、先輩。探しちゃったんスけど。」
部屋に入ってきたのはハルだった、俺が定位置からいなくなってることに気付いて探しに来たんだろうか。来てくれた事が嬉しくなって助けを求めようとしたがそれよりも先に目の前の男が声を荒げた。
「お前、コイツの連れか?邪魔すんなよ、今いいとこだったのに」
「良いとこじゃないっしょオジサン、この店ホテルじゃねぇんだわ。ルール守れないなら出てってくれる?今なら店員呼ばずに見逃してやるよ」
怒りを露わにする男を一蹴するように冷たく言い放つその姿に驚いていると「アキ先輩こっち来て」と言われて抱き起こされた。下半身丸出しの状態だったが何とか必死で足首までずり落ちたパンツとズボンを拾い穿きながら立ち上がると、ふらついたところを支えられた。
「立てる? 歩けそうにないなら背負っていくけど」
「あ、歩けるから大丈夫」
心配そうに顔を覗き込む彼を宥めながらよろめく足でどうにか立ち上がる。さっきまで俺を組み敷いていた男は顔を真っ赤にして怒鳴り散らし始めた。
「なっ……なんだよお前ら!! ガキのくせに偉そうにしやがって!!」
「年増は黙ってろよ、さっさと消えろジジイ」
中指を立てるハルの言葉に腹を立てたのか、激昂した男が殴りかかってこようとしたのを見た彼は、テーブルを蹴飛ばして道を塞ぐと俺の手を取ってダッシュで部屋から逃げ出した。
背後で何かを叫んでいる声を無視し、階段を駆け降り店の外に出るとタクシーを拾って乗り込んだ。
それはまるで脱兎の如し。
「クソッ、あのクラブもう駄目だな」
ハルは心底不快そうな顔をして毒づいた、そんな彼の横顔を見つめながら、さっき指を入れられた尻が痛くて背中をトントンと叩きながら眉を顰める。
「うぅ……ケツがまだじんじんするよ……」
思い出すだけでも不快感に襲われる行為を思い出して身震いすると、横で鼻息荒く憤っていたハルがプッと噴き出した。
「それにしても先輩の“助けて”は必死過ぎでしたね」
「だってマジで痛かったんだもん……」
拗ねたように言うとハルはククッと喉を鳴らし笑った。
「初体験はどうでした?先輩みたいにガード甘そうだと、変なのばっか寄ってきますからね」
「未遂だっつの! ったく……怖かったんだからな……」
からかうような視線を受けて口を尖らせる、こっちは本気で怖かったんだ。あのままだったらどうなってたかわからなかったしな。
「でも……ハル君、ありがと」
「まぁ……先輩が無事で何よりですけど。ほんとタチ悪いのばっか引っかかりますね先輩って。見てるこっちがハラハラしますよ」
そう言われてしまうとぐうの音も出ない。知らない人にホイホイ付いていくなって子どもでも知っている事だ。
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