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第22話
暫くタクシーに揺られていると、知らないアパートの前で停まった。
ここはハルの家なのだろうか。
促されるまま降りて建物の前まで歩くと、彼はポケットから鍵を取り出しドアを開けた。
「誰か呼ぶつもり無かったんで散らかってますけど……」
玄関に入ったところで靴を脱いで上がるよう言われおずおずとお邪魔すると、部屋の中は服やら雑誌やらがごちゃごちゃに置いてあり足の踏み場も無いほどに荒れていた。
壁にはいろんなタトゥーデザインの描かれたポスターや、悪魔っぽいヴィジュアルのバンドのグッズなどが飾られている。少し薄暗い部屋の中でも存在感を放っているそれらは彼の趣味なのだろう。
隅の方に置かれたベッドはマットレスだけで掛け布団はなく、その上に枕が置かれていて、天井からは色の擦れた半透明のユニオンジャックが天蓋のように掛かっている。
カーテンレールには女性ものの下着が干してあるのが見えた。
「なんていうか……個性的な部屋だね……」
一言で表すならば混沌。そんな言葉が似合う室内を見渡しながらポツリと呟けば、ハルはソファの周りのゴミを脚で蹴飛ばして俺が座るスペースを空けてくれた。
遠慮がちに座らせてもらうと「汚い部屋でスンマセン」と苦笑したハルが水が入ったペットボトルを渡してくれた。お礼を言いつつキャップを開けて喉を潤す。
「どうしますこの後、これで解散だとなんか味気ないから、遊んできます?マリカーでいいっすか?」
「あ〜いいね。久しぶりだなぁマリカーやるの」
子供の頃はよくゲームで遊んでいたが、なかなか大人になるとゲームをする余裕もなく疎遠になっていた。久しぶり過ぎて操作を忘れているかもしれないが、好きなゲームなので自然とテンションが上がった。
「んじゃ早速やりましょうか」
ポイッとコントローラーを渡され受け取ると、ハルはテレビ横のドックにゲーム機本体を繋げてテレビ画面に映像を映し出した。
チャラチャラしてるからゲームなんてしない子なのかと思っていたけれど、ハルは意外とゲームが上手く、俺は一度も追い抜けないままハルの逃げ勝ちとなった。
「まじ強すぎだろぉ……」
「俺マリカーだけは得意なんすよねぇ〜」
悔しそうに項垂れる俺に得意げな表情で微笑む彼を見上げる、笑った時に口角がニンッと上がる笑顔が冬馬にすごく似ていてドキリとした。
やっぱり似てるんだよな、この子といると冬馬が恋しくなっちゃうから困る。
「……何見てるんすか?」
「ん? TO-MAに似てるなーって思っちゃって」
「アキ先輩、ほんっとTO-MAの事好きっすよね、ファンすか?」
「んー、うん」
「俺の顔がそんなに好みなら、セフレになる?」
「またその話?」と心底イヤそうな顔をしてそう返したが、ハルはけろっとした顔でつづけた。
「付き合えってわけじゃないっすよ、セフレなんで。先輩今フリーなんでしょ?その間性欲発散できないじゃん、それだったら俺とセックスして遊べばいいじゃないすか」
突然の提案に驚きすぎて言葉が出てこない。セフレなんて今までの人生には縁遠すぎて考えたことも無かったからだ。しかし、目の前の彼は至って真剣な眼差しでこちらを見つめており本気なのだということが伝わってくる。
「ま、まってよぉ、俺たちただの先輩後輩だろ……?」
「それは先輩次第っすよ、気持ちいいことだけしようって考えたら良くないですか?」
ハルにとってセックスって、さっきみたいに一緒にゲームをするくらいの感覚なのだろうか。セックスは好きな人じゃないと出来ない行為だと思っていた俺にとって、衝撃的過ぎて理解が追いつけない。
「だめ?」
頭が混乱してきた。どうすればいいのかわからないまま黙り込んでしまう。するとハルが俺の肩を強く押してきてソファーの上に押し倒されてしまった。そのまま覆いかぶさってきた彼から逃げるようにジタバタするが上から体重をかけられ動けない状況に陥った。
顔だけ見れば冬馬に押し倒されているような錯覚を起こして、こんな状況だというのに体は正直に興奮していってしまう、それが余計に腹立たしい。
「アキ先輩はセックス嫌い?」
「嫌いじゃない、けど……」
「じゃあいいじゃないすか、減るもんじゃないし。お互い気持ちよくなれるしウィンウィンだと思うんですけど」
そう言いながら服を捲られ胸の先端を指で摘まれると腰がビクッと跳ねた、こんな簡単に流されてしまう自分に嫌気がさすものの快感に抗えない。
「乳首弱いっしょ」
「ち、ちがっ……」
否定する言葉に説得力はなく弱々しい声になってしまう、ハルの言う通りそこは正直に変化しており否定しても無駄のようだ。
「嫌なら抵抗すればいいじゃん、別に無理やり犯すわけじゃないですから。先輩が本気で嫌ならやめますし、でもそうじゃないってことはそういう事ですよね」
「うっ……」
なんでこんなに気持ち良いんだろ、相手は冬馬じゃないのに……。
与えられる刺激に翻弄されながらも頭の片隅で疑問を抱く。
好きでもない人同士でこんなことするのは間違っているはずだ、いくら寂しさを埋めたいからといってこんなの間違ってる。
それなのにどうして身体は悦んでいるのだろう、本当は寂しさや火照りを誰かに満たして欲しかったのかも知れない。
いや、そうだとしても好きな人以外を受け入れることなんてしたくないはずなのに。相反する感情に頭の中がグチャグチャとかき混ぜられて硬直したまま動けずにいると、ハルの手がズボンのベルトを外しファスナーに手を掛けられた。
その瞬間我に返った俺は慌ててその手を掴む。
「ちょっ……!! 待て待て待て!!!」
「もう今更恥ずかしがんなくてもいいっしょ?テント張ってんじゃん」
「これは生理現象だから、だ、ダメだよやっぱ。せ、セフレなんて嫌だよ俺……」
なんとか理性を保ちつつ震える声で拒否を示すとハルは少し残念そうな表情を浮かべてから諦めた様子で離れていった。ホッと安堵のため息を漏らすと同時に股間を隠しながら起き上がった。
後輩の家に来てまで襲われるなんて想像もしてなかったから、挙動不審になってしまう。
「拒否られたー、ざんねん」
「あ、当たり前でしょ。お互いよく知らない人同士でエッチなんて……」
「良く知ってる相手とセックスしたら情が湧いて、セフレとして成り立たなくなるじゃないですか。そしたら楽しくないでしょ?」
不思議そうな顔をして首を傾げながら呟く彼の言葉を聞いて、価値観の違う星から来た異星人を相手にしているようだと感じた。
きっとハルにとっては貞操観念なんてものは無く、軽いノリで行う行為程度にしか思っていないのだろう。
世の中には色んな人間が居るというのはわかっているつもりではあるが、ここまでオープンな思考を持っている人は初めて見たかもしれない。
「そういうモノなのかなぁ……。うーん……」
「アキ先輩ってピュアですね〜♡ 見た目通りと言うかなんと言うか。ま、エッチしたくなったらいつでも言って下さい。俺結構都合つくんで♡」
爽やかな笑顔を浮かべる彼と対照的に複雑な気持ちになりながら乾いた笑いを浮かべる事しかできない俺であった。
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