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第23話

 それから俺はハルをゴリゴリに意識していた。  そりゃ誰だってあんなことされたら意識するだろう、しかも冬馬と同じ顔だから余計だ。  辛いのはそのハルと職場が同じでしかもペアまで組まされるという地獄である。 「怪しい……」  昼休憩中一緒に弁当を食べている夏木さんが俺に向かって呟いた。 「何が?」 「秋生さぁ、ハルの事避けてるだろ最近。喧嘩でもしたのか?」  夏木さんの言葉にギクリとしたが顔に出ていないだろうか、平常心を装いつつ返事を考える。 「いやぁ……特に何も無いけど……」 「ふぅん? 先週からお前等なんか変だぞ? ハルもやたらと秋生の事心配してるし、何かあったろ絶対」  本当にこういう事に鋭い人だな、普段はヘラヘラしてる癖に変な所はちゃんと見ていると言うか何というか……。  しかし、ハルに「セフレになりませんか?」と言われたなんて言えるはずもなく適当に誤魔化すしかないのである。 「気のせいじゃないっすか?」  苦笑いを浮かべながら返事をすると夏木さんは少し腑に落ちないような顔をしていたもののそれ以上は何も聞いてこなかった。 「まあいいけどさ。何かあったら言えよ」 「はい……」  心配してくれているのは分かるが、どうにも居心地が悪く感じてしまう。  ハルとは何度かすれ違ったりもしたがお互いに声をかけることはなく、ただ視線が絡み合っただけだった。 ───────────────……  9月下旬台風の到来が近く、曇り空はいかにももうすぐ雨を降らせようとした雰囲気だ、ただでさえ憂鬱なのに気分はさらに沈んでいくばかり。  出勤したくはなかったがそういう訳にもいかず工場に顔を出すと真っ先に夏木さんが俺の所へやってきた。 「おはよ、調子はどうだ?」 「ん? 普通だけど。」 「どうだか、寝不足って顔してんぜ、大丈夫か?」  心配そうに顔を覗き込まれる、確かに顔色が悪いかもしれない。それもこれも全部ハルが原因なのだけれど。  そんな理由を話せるわけもなく心配かけないように笑って見せることにした。 「……平気だよ」 「なら良いんだけどよ、あんま無理すんなよ?」  そう言うと夏木さんは俺の頭をわしゃわしゃと撫でた後離れていった。相変わらずこういう所に気が回るというか面倒見の良い人だ。  夏木さんにならいっそ打ち明けてしまえば楽になれるんじゃないかと思ったが、きっと軽蔑されるだろうし何より俺自身まだ心の整理がついていないのだ。  それに俺が黙っていれば何も起きないわけだし、わざわざ波風を立てる必要も無いじゃないか。 「アキ先輩……」  ハルとペアを組んでプレス機の操作をしていると唐突に話しかけられた。  作業を止めないままちらりと横目でハルを見る、彼は視線を天板に向けたまま「この後、休憩の時ちょっと良いっすか?」と聞いてきた。  正直ハルと話すのは気まずかったのだが、断る適当な理由が思いつかず曖昧に了承してしまうのだった。  午前の休憩時間、いつもの自販機で飲み物を買ってハルに「何か用事か?」と声をかけると無言で腕を引かれ、普段ほとんど人が来ない非常階段の前に連れて行かれた。 「最近俺の事避けてますよね。理由はなんですか? やっぱりこの間のアレすか?」 「……う。ていうか、ハル君はその……気まずくなったりしないの?俺達……えっと……なんていうか……」 「全然気にしませんけど……? 別に浮気とか不倫じゃないし」  あまりにケロッとした表情で答えられ拍子抜けしてしまう。この子は元々性に関してオープンな性格だったから気にしないのかもしれないが俺の方としてはそうもいかないのだ。 「いや、身体触ってきたじゃん……。しかも相手が職場の人とかさ。普通は気にすると思うんだけど……」 「そうかなー? 後ろめたいこと何もないっすよ? まあ先輩が嫌だっていうんなら謝ります。すみませんでした」  深々と頭を下げられて慌ててしまう。別に謝らせたくて彼を避けていたわけではないのに、こんな風に謝らせてしまうなんて申し訳なくなってくるじゃないか。 「いや! 別に謝ってほしかったわけじゃなくて……その……」  言葉に詰まっているとハルが顔を上げた。 「じゃあなんで避けてたんすか?」 「気まずかっただけ……」 「ふぅん……そんなに後悔してるんですね、俺とした事」  少しだけ寂しげに呟かれた言葉は俺の心にチクリと刺さった。  違うんだよ。そうじゃないんだ、俺が一方的に気まずいだけなんだ。 「ハル君は何で俺とセックスしたいんだよ……」 「先輩ゲイだしフリーだし、俺もセフレ探してるから」 「そうじゃなくて……その……好きとかそういうのは無いの?」 「無いですけど? ……てか今そんな事聞いてどうすんすか?」  そんな価値観は俺には無い。彼と俺は根本的に考え方が違うのだ。だからと言ってハルを否定することはできないし俺がとやかく言う権利も無いだろう。そんなの分かってる。 「ごめん……俺が気にし過ぎたのかなぁ……」 「先輩は真面目過ぎますよ。もっと肩の力抜きましょうよ?人生楽しんだモン勝ちですよ」 「うん……」  ハルはニカッと笑ってみせた。彼の享楽的で割り切った考え方には到底ついていけないが、その明るさに少しだけ救われた気がした。俺にはできないけど、少し羨ましくもある。 「……もう気にしないよ、ごめんね変なこと言って」 「うっす!」  話は終わったと判断したのだろう、ハルはじゃあそろそろ戻りましょっかと踵を返した。  俺も彼の後について行きながら考える。そうだ、ハルにとってはなんて事のない出来事だったのだ。  俺が気にし過ぎているだけだったんだ。  その日は夏木さんが飲みに誘って来てくれたのだが丁重に断って家に帰った。  アパートの鍵を開け部屋に入る、途端に疲れが押し寄せてきてドサリと荷物を床に置くとベッドの上にダイブした。  テレビをつけるとトークバラエティー番組が流れていて司会者と数人のゲスト達がワイワイと話しているところだった。 「あ、冬馬出てる」  画面に映る初恋の人の姿を目にしてポツリと呟き、今更未練なんて……と思いながらもテレビを見た。  どうやら今度冬馬主演で映画をやるらしい。何でも人気漫画の実写化だとかなんとか。 『TO-MAさんはモデルでありながら演技派でも有名で……今回の映画では、今までに無い役柄とのことで話題になっていますが、どんな役なのですか。』 『はい。今まではクール系の役が多かったんですけど、今回は明るくて人懐っこい役ですね。』  テレビの中の冬馬はニコニコ笑いながら質問に答えている。隣にいる俳優と話しながら楽しそうに笑う姿を見て今更なのになんだか心がザワついた。 『今までクールな役ばかりだったので、今回の映画でイメージが変わりますね~!』 『はは、そうかもしれないですね。でも、今回の役は今までにないくらい明るい性格なので、演じていて楽しかったです。』 『なるほど~……では次の質問ですが……』  化粧品やら大企業のPRやらCMにも相変わらず引っ張りだこで、世のマダムたちからは『TO-MA様』なんて呼ばれているらしいし、若い層も男まで『TO-MA風整形メイク』なんてやってみたり、まあとにかく冬馬の人気は天井知らずって感じだ。  彼があまり嫉妬されないのは『美貌に極振りしたちょっとおバカ』な素の部分が、そこかしこに見え隠れするからだろう。  で、かつての大親友の俺は工場でへとへとになるまで働いてベッドで項垂れながらテレビを見ているわけだ。  本当にこれがあの冬馬なんだろうか、俺の知ってる彼はもっとこう根暗で、ボケーッとしていて、人付き合いが大の苦手なタコさんウインナー信者のハズなのに。 「んしょ」  ベッドから体を起こし大きく伸びをすると背中がバキバキ音を立てた。まだ少し早い時間だけど今日はもう寝てしまおうとシャワーを浴びてベッドに潜り込む。  明日も仕事だ、早く寝て体力を回復させなければ体が持たないだろう。  瞼を閉じればすぐに睡魔がやってきて、俺は深い眠りの中に落ちて行った。 ───────────────……

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