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第25話
約束通り土曜日の夜、二人で映画館へやってきた。
レイトショーだというのに、ほぼ満席に近くて少し驚きつつ受付を済ませて座席を探す。
さすが人気漫画の実写化といったところだろうか、遅い時間なのに混んでるなぁと独り言のように呟いて席に座ると、隣に座るハルも「まぁ主演TO-MAですし」と言いながら肩を竦めた。
他の映画の予告編が始まり照明が落ちると共に劇場内の明かりが消えていき、暗くなると客席からは話し声も無くなりゆっくりと本編が始まった。
銀月、原作の漫画は高校生の頃に少し読んだくらいで今どこまで話が進んでるのか知らないが、冬馬の演じている主人公と数人の仲間くらいは知っている。
主人公のハヤテは過酷な生い立ちにも拘らず明るさと強さで仲間を束ねるヒーローだ。
時代劇風の世界観が日本の映画と相性が良く、アクションシーンの殺陣は重厚感があり見応えがあり、特に終盤の冬馬演じる主人公とライバルとの決闘シーンは、冬馬の長い手足が活かされ、確かにキャラクターが漫画から出てきたように感じられた。
冬馬は演技が上手い、それは分かっていたことだが改めて認識させられたというか、なんというか
……こんな凄い俳優になっていたんだな。
こんなの、人気者になっちゃうわけだよ。見た目が完璧、演技も上手いなんて、芸能人をするために生まれてきたような人だ。
俺はスクリーンに映る冬馬をぼんやり眺めながら、やっぱり今更、親友面して会えるわけなんて無いよな……なんて少しだけセンチメンタルな気持ちになってしまったのだった。
エンドロールが終わって明るくなると観客たちがぞろぞろと立ち上がり始めたので俺達もそれに続いて外へ出ることにした。
───
「いやー最高でしたね!」
「うん、めちゃくちゃ良かった。バトルも迫力あったし」
「手足長くてどのアクションも映えましたね〜、やっぱ身長192cmって半端ねえわ〜」
映画を見終わって興奮冷めやらぬ状態の俺達は近くの24hコーヒーショップに入り感想を言い合っていた。
「骨延長手術受けたいなー、俺もTO-MAみたいな股下長ぇスタイルになりてぇ」
「えー、184cmあるんだし十分ハル君も足長いよ?でもその願望わかる、俺も背ぇ高かったらなーって常々思うもん」
そうなのだ、俺は第二次成長期が二日くらいしかなかったのかよ、というくらい身長が低い、かつてはその内伸びるだろうとタカをくくっていたが15歳で止まったまま成長しなくなってしまったのである。おかげで高校ではしょっちゅうチビ呼ばわりされていたものだ。
「アキ先輩は、チビの方が可愛いと思うっす……」
「夏木さんみたいな事言うなよ、あの人の可愛いもの好きも大概なんだからさ」
コーヒーを飲みながらそうあしらったが、ハルは急に声のトーンを下げて真剣な目をしながらこう言った。
「先輩、夏木先輩の事好きなんすか?」
「え……」
ハルは鋭い、それを忘れて暢気に会話を楽しんでいたことにハッとして思わず言葉に詰まると、彼は更に追い打ちをかけるように言った。
「図星っすか? それともまだ自覚してないだけ……?」
「それを聞いてどうすんの……?」
「別にどうもしませんけど……アキ先輩、夏木先輩の話するときいつも楽しそうだから。でも、ノンケの人を好きになったところで傷付くだけだと思いますよ」
「……わかってるよ」
分かってるんだそんなことは、だから諦めようって何度も思ってるんだよ。でも彼に憧れてしまう気持ちは簡単に消えることなんてなくて、どうしたって目で追ってしまうし気になってしまう。
自分でもこんなに未練タラタラなのは、どうかしてると思ってるくらいだ、正直辛くて仕方がない。
「俺なら、アキ先輩の気持分かってあげられるんすけどね」
ズ……。とアイスコーヒーのストローを啜りながら静かに呟く彼は、至って普通そうに見えて何処か寂しそうに見えた気がした。
「まーねぇ、ハル君はどっちもいけるもんなぁー」
「そうじゃなくて……」
「いや、だってさぁ……」
「はぐらかさないで下さい」
「えぇ?……」
突然切り出された話に頭が追いつかず困惑していると、ハルはちょっと拗ねたような顔をしながら言った。
「なんか嫌なんスよ、先輩がノンケにばっか恋して傷つくとこ見るの」
「……別にハル君には関係なくない?」
「ないけど……そうなるのは見たくないっていうか……」
「なんでまた?」
「……先輩と居ると楽しいから、ですかね」
なんだそれ、遠回しに告白されてるのかこれ?まぁ、ハルに限ってそんな事ある訳ないよなぁ、と苦笑する。だってよく知らない相手に「セフレになりませんか?」って誘うくらいの軽い感じの男だもん。
コーヒーをストローでかき混ぜると氷同士がぶつかり合うカランとした音が響いた。
「まぁ、ハル君の言う通り夏木さんの事、好きだよ。でも今頑張って諦めてるところだからそっとしといて」
「諦めきれるんすか?」
「わかんない、でもこれが初めての恋じゃないから。失恋なんて慣れっこだよ」
これは半分嘘だ。本当は慣れてないし全然平気なんかじゃない。ただ強がっているだけである。
しかしこうして弱音を吐ける相手は限られていて、目の前にいるハルはそれを聞いてくれるだけ有難い。多分相手が女だったらきっと男のプライドが邪魔して言えないだろうし、男なんて尚更だ。
でも同じようなセクシャルのハルだからこそ話せることもあるわけで、それが今の俺にとっては必要なことなのだと思った。
「ハル君がバイでよかった、こんな話夏木さんには出来ないからさ」
「そっスか、んじゃいつでもどうぞ」
「ははは、ありがと」
軽く笑ってそう言うと、ハルはテーブルに肘を置いて頬杖をつきながら小さく微笑んだ。
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それから俺とハルは前にも増して仲が良くなったように思う、人に言えないセクシャルな面の話をお互いにできるからかプライベートの話もするようになった。夏木さんに誘われさえしなければ、俺は休日もハルと会うことが多くなったかもしれない。
「最近仲良しだよな、お前等。やっぱ年が近いからかな、いいなあー俺もあと10歳若かったらなぁ」
昼休憩中にいつもの三人で弁当を広げていると、隣同士に座っている俺とハルを見て夏木さんがしみじみと言った。
「あはは、何言ってるんですか、夏木さんも仲間ですって」
「そうっスよ、たとえこの中に三十路のオッサンが一人いたとしても俺らの中でそんなん関係無いですから」
「おいコラ! 誰がオッサンじゃ!! お前等もなるんだからなっ! 三十路のオッサンになるんだからなっ!? 覚えてろよ!?」
ムキィィィッ!!!っと憤慨したように吠えたかと思えば夏木さんはすぐにヘラヘラと笑って「まぁ冗談はさておき、仲良くしてくれてありがとな、これからもよろしく」と言って頭をぺこりと下げた。
場を面白くするのが上手な人だ。そんなお茶目な彼への恋心を諦めるのはやはり容易ではないけれど、少しずつ心を整理していくしかないのかもしれないと思いながら彼の笑顔を眩しく見つめた。
この日は珍しくハルが明日フェスに行くから早く帰んないといけないと言い出し定時早々帰って行ったため、久しぶりにな夏木さんと二人きりで夕飯を食べて帰ることにした。
そういえば最近はずっと三人一緒だったから二人だけの時間というのは新鮮に感じる。
「ぷひ~……。こうやって秋生と二人で飯食うのって、半年ぶりくらいかぁ?」
ビールを煽りながらほろ酔い気分になった様子の夏木さんはトロンとした瞳を向けてくる。
「そうですね、ハル君が来てから何だかんだ三人行動だったし、二人だと久しぶりな感じするなぁ」
「ああ、あいつはあれだな、嵐みてえなやつだ」
「ははっ、言えてる」
「悪い奴じゃねえんだけど、あいつのペースに巻き込まれるんだよなぁ」
「ノリが良いですもんね」
「そうそう、調子いいっつーかさ。最初はあんま得意じゃなかったんだよなー」
そういえば、初めの頃、夏木さんは「ああいう腹に一物抱えてるようなタイプは苦手だ」と言っていたような気がする。だけどいつの間にか俺より打ち解けてたみたいで驚いた。
「苦手とか言ってたのに今はすっかり仲良しですよね」
そう言って笑うと、彼もニカッと笑いながら答えた。
「根は真面目で素直だからなあいつ。色々アドバイスしても素直に聞くしな、なんつーか憎めねェ性格なんだよなあ」
「べた褒めじゃないっすか。もしかして気に入ってます?」
からかうように聞いてみると彼は困ったように頭を掻きながら言った。
「んー……気に入っちゃいるけどよ。秋生と二人でこうして飲める機会が減っちまったのも事実だから複雑な心境ではあるぜ?ま、お前はハルと二人で色々楽しくやってるみたいだから、まぁいいんだけど、サ。」
「え」
え、もしかしてヤキモチ焼いてくれてるってことなのかな……?なんて都合良く解釈しちゃう自分の頭の悪さには苦笑せざるを得ないが、もしそうだとするならば嬉しくて堪らなかった。
「俺だって夏木先輩と“たまには”二人で飯食ったりしたいですよ」
「ほんとかぁ?嘘くさいぞぉ~」
「マジっすよ」と言うと夏木さんは頭をぼりぼり掻きながら照れたように笑って、ジョッキの中のビールを飲み干した。
「んじゃあ、明日……水族館でも行くかァ」
「へ……?」
「ほら、ハルもフェスとやらに行くんだろ? 俺達もどっか行こうぜ。もう夏終わっちまうし、ケープペンギン見たいだろォ? な、決まりぃ〜!」
それは夏木さんが可愛い動物を見に行きたいだけじゃ、とも思ったが好きな人からの誘いに二つ返事しない理由はない。
ヤバい、夏木さんにその気はないとは分かっていても水族館デートだと思うとテンション上がってしまう自分がいて、口角がニヨニヨしてしまうのを隠すために慌ててご飯をかきこんだ。
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