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第28話

 12月某日。夏木さんとハルと三人でお通しを食べながら居酒屋のメニューに期間限定のチキンやケーキの写真をパラパラとめくった。 「もうすぐクリスマスっすねぇ~」  何だかんだ一年なんてあっという間に過ぎて行ってしまうものだ、高校生の頃はもっと一年が長く感じたけれど、社会人になってからの一年ってこんなにも早く終わってしまうのか、とつくづく思い知らされる。 「そうだなぁ、クリスマスが過ぎりゃあっという間に年の瀬だぜ。今年の年末は皆、実家に帰んないのか?」 「そうですね、俺去年も一昨年も帰ってないから、いい加減顔見せろって親がうるさくて……」 「え、先輩正月休みこっちに居ないんすか!?」  俺の言葉に隣に座っていたハルが目を丸くして驚いた声を上げた。何をそんなに驚いているんだよお前……。 「うん、今年は長野の実家で過ごすつもり」 「なんだ、ハルは帰省しないのか? ご両親心配するだろうに。」  夏木さんの問い掛けにハルはブンブンと首を振って「とんでもない」と言う仕草をして見せた。  前に一緒に海に行った時に少しだけ聞いたけれど、ハルは両親との間に確執があって仲が良く無いらしいのだ。正月休みに息が詰まるような場所には帰りたくないんだろう。 「俺、親にカンドーされてるんで!」 「か、勘当!?」  驚く夏木さんをよそにハルはグラスに入ったジンジャエールを飲み干した、相変わらず言いにくいことも気にせずハッキリ言う奴だ。  話の矛先を逸らすために「夏木さんは帰省しないんすか?」と話題を振ると「この年になるとさぁ、色々うるさくてな、結婚はまだなのか、とか孫の顔を見たい、とかさ。だから俺も帰んないかな」と、ため息交じりに答えてくれた。  俺達と一緒にいつもいるから、たまに忘れがちだけど、夏木さんは30代、世間体が気になる頃合なんだろう。  ビールやジュースを飲みながらしみじみしていると突然隣のハルが「はぁ、俺も先輩の里帰り付いて行っちゃおうかなぁー……」と言い出した。 「なんでだよ」 「だって、折角の正月休みっすよ?夏木さんと二人だけって何かヤじゃないっすか! ね?」 「俺と二人でいるのが“何か嫌”って何だよ!」 ハルの言葉にすかさず夏木さんがツッコミを入れた、するとハルは悪びれもせずにニッコリ笑って「オッサン臭が感染るんすよぉ~」などとふざけ、そのまま夏木さんのヘッドロックを食らってグリグリと頭を拳で圧迫されていた。 「いってぇ~、パワハラだ! アキ先輩、助けて下さいよ~!」 「あはは」  俺が苦笑いしている間にもハルはギャーギャー騒いでいて、夏木さんの腕の中で暴れていた。 ───────────────…… 「ホントについてくるの?」  仕事納めをして、翌日実家に帰ろうと玄関の扉を開けると早朝からハルが家の前に立っていた。 「うす、だって先輩がいない正月休みなんてつまんないすもん。あ、ちゃんと土産は持ってきましたよ!」  ハルはそう言うと手にしていた紙袋を持ち上げて俺に見せつけてきた。千葉の落花生で有名なお土産屋さんのロゴが入っている。  着替えやら何やらが入っているらしいスーツケース迄手に持って、俺の帰省についてくる気満々だ。 「3時間くらいかかるけど良いの?」 「良いっすよ、先輩と一緒なら何でも楽しいし」  屈託なく笑うハルに、少し気恥しくなる。無自覚でこういう事を言われると、俺の自意識過剰も助長して無駄に照れてしまう。  総武線で東京駅に着いた後は北陸新幹線に乗り換えて長野まで約二時間、そこから更に電車に乗り継ぎ20分ほどかけて実家がある田舎町に行く。 「うへぇ、俺こんなに電車座ったの初めてですよ」  電車から降りてうーんと伸びをするハルを横目に見つつ、改札を抜けて駅から出ると辺り一面雪景色だった。  長野じゃ珍しくもない風景だけれど、関東に住んでいると雪なんて滅多に見ないからか、ハルは楽しそうに「雪積もってる~」とカシャカシャ写真を取りまくっていた。  駅から徒歩15分くらい歩くと、住宅街に俺の実家が見えてきた。俺が小学生の時に親父が建てたマイホーム、まだ築10年くらいで住宅街の中でも比較的新しい部類に入る。  門を開けると、玄関の戸がガチャリと開いて母親がひょっこり顔を出した。 「おかえり~、千葉と違って寒いでしょ? 早く入りなさい」  母親に会うのは2年ぶり、メッセージアプリで頻繁に会話してるから久しぶり感は無いけれど、こうして直に会って話すのはやっぱり懐かしい気持ちになる。「友達も一緒なんだけど」と告げると母親は大げさに驚いて見せて、すぐに家に上げてくれた。  ハルから手土産を受け取った母は俺に耳打ちするように「かっこいい子ね」なんて少女のようにはしゃいでいて、俺は曖昧に返事をしながら靴を脱いで玄関の隅に並べた。  リビングに入るとこたつに入ってテレビを見ていた父が、俺の姿を見て嬉しそうに手招きをしたので、一緒にコタツに入って腰を下ろした。  ハルは愛想がよく、両親ともすぐに打ち解けている様子だった。母親なんか特にハルを気に入ったみたいで、夕飯時にハルにだけ特別~とおかずを多めに置いていたくらいだ。  年の瀬は、紅白を見ながら年越しそばを啜ったりして過ごし、久しぶりの家族団欒を満喫することが出来た。 ─────────……  何だかんだ三が日一杯まで実家で過ごすことになった俺とハルは、家事を母親にしてもらえるという環境に甘え切って昼過ぎまでグータラ過ごしていた。  今日は両親は朝から親戚に挨拶をしに行っていて、家の中には俺とハルの二人しか居ない。 「先輩の地元って、なぁ~んにも遊べるところないんすね~」 「だから言ったじゃんか、ついてきたって面白くねぇよって」  正月特番をやっているテレビを見ながらゴロゴロしていたハルがつまらなさそうに呟いた。そりゃ千葉と違って駅前に繁華街などある訳もなく、買い物は車で三十分ほどのスーパーやコンビニ、若者が遊ぶとしても二駅離れた街まで行く必要がある。  ハルは寝っ転がりながらスマホを弄っていた手を止めると、俺の隣に座り直して肩に頭をコテンと乗せてきた。 「面白くなくても、先輩と居るから楽しいです」 「あ、あっそ……。」  しばらく沈黙が続き、テレビの音だけが流れる。ぼんやりとそれを眺めていると眠くなってきたので、肩に乗ってるハルの頭の上に自分の頭を乗せた。 「……寝るんすか?」 「ちょっとだけ……」  そう言いながら目を閉じると、段々と意識が遠のいていくのを感じた。 ──……  目が覚めると外は少しだけ陽が傾いていた。どうやら一時間ほど眠ってしまっていたらしい、いつの間にか仰向けに寝転んで、すっかりお休みの状態だ。  まだ微睡みながらも隣を見るとそこには誰も居なかった。  ハルはトイレだろうか。起き上がる気にもなれずそのまま横たわっていると、ガラガラとリビングの引き戸を開けてハルが戻ってきた。 「せんぱーい……まだ寝てるんすか?」  俺の前にしゃがみこんで顔を覗き込んでくる、もう少し寝かせて欲しいと思って黙っていると、チャリ……とハルのネックレスが揺れる音がして、唇に柔らかい物を押し当てられた。  実は起きてるなんて今更起き上がる事も出来ず、目を閉じて寝たふりを決め込んでいるとハルの顔が離れてくのが分かったのでゆっくりと瞼を開いた。  目の前には顔を真っ赤にして口を手の甲で押さえているハルの姿があった。 「お、起きてるなら言ってくださいよ!!」 「……お、お前な、いきなりキスしてくる奴がいるかよ……」  唇を拭いながら文句を言うと、ハルは自分の行動を指摘されたことに恥ずかしそうに目を逸らした。 「だ、だって、先輩ったら気持ち良さそうに寝てるんだもん……」 「だからって普通キスするか!?」 「しませんよ、俺だってさすがにそこまで節操なしじゃないですって!でもなんか寝顔見てたらしたくなったというか……」  前は自惚れかもしれないと思ったけれど、ここまで来ると流石に察しないという方が難しい。 「……俺の事好きなの?」  恐る恐る尋ねると、ハルは俺の言葉を聞いて心底驚いたような表情を見せた。  なんでだよ。 「は? 何言ってんすか?」 「いや、キスしたくなるってそう言う事じゃん」  そこまで言うと、ぽかんとしていたハルの顔がみるみる赤くなっていく。 「いやいやいや!! あれ? 俺、先輩の事好きなんすか!?」  俺に聞いてどうすんだよ、自分で分かってなかったのかよ。ハルは俺の言葉でやっと自分の気持ちに気付いたらしく、驚いたように目を見開いて頭を抱えだした。 「えっ!? マジで!?」 「こっちが聞きたいよ、気付いて無かったのかよ」 「全然気づかなかったです! うわぁ~! マジかぁ……! つか、先に先輩にバレるって、カッコ悪ぃ……!」  顔を両手で覆って悶絶しているハルを見ていると、何だかおかしくなってくる。  今まで散々思わせぶりな態度を取っておきながら、彼自身その想いに気付いていなかったというのか。 「はは、変なの」  膝を抱えて蹲っているハルの頭をよしよしと撫でると、赤い顔を上げて恨めしそうな表情をしたハルと目が合った。 「なんだよその顔」 「……先輩はどうなんですか?」 「何が?」 「俺の事どう思ってるんですか……?」  どうって聞かれてしまうと返答に困ってしまう、彼の気持ちに気付いてはいたけど、正直それに対する返答は用意していなかったからだ。  ハルの事は好きだが、その感情が友愛以上のものとは考えた事がなかったのだ。 「分かんない」  素直にそう答えると、ハルは落胆したような表情を浮かべ「恥かいただけじゃんかよぉ」とボソッと呟いて項垂れていたが、すぐに立ち上がって再び俺の顔を覗き込んだ。 「ま、いいか。これから振り向かせれば良いだけだし」 「そう言うポジティブなとこ凄いよな」 「躁なだけっすよ」  いつものようにニカッと笑うと、ハルは俺の手を引いて起き上がらせた。  部屋が暖かいからか、俺の頬もハルの手も熱を帯びていて、触れたところからじんわりと熱が広がるような気がした。 ───────────────……

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