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第30話
『日本列島に近づいた台風は、来週関東に接近……』
テレビの画面の中では気象予報士が台風について話している、工場では土嚢を積んで雨漏りに備えたり窓にガムテープを貼ったりなど対策に追われている。
終業の時間になり、ゾロゾロと従業員が工場から出ていく中、ハルに工場の駐車場に呼び出された俺と夏木さんは「じゃ~~~ん!」とハルが見せびらかした初心者マークが貼られた赤い軽自動車を見て歓声をあげた。
「うわ、車買ったのか?」
「中古ですけど、手が届く値段だったんで思い切って買っちゃいました~!」
ボンネットをトントンと叩くハルはとても満足げだ、聞けば春に免許を取ったので車が欲しかったらしい。相変わらず彼のお金の使い方は豪快というか、思い切ったモノを買うのにためらいが無い。
「車がありゃ何かと便利っしょ?俺まだ未成年だから酒飲めないし運転手できますよ、いつでも呼んでください!」
「あはは、これで夏木さんが酔いつぶれても簡単に送り迎えできますね」
からかうように言うと夏木さんは肩を竦めて苦笑する、そんな彼を横目に俺は車をしげしげと眺めた。それにしても真っ赤な軽自動車、ハルらしくド派手だし目立ちそうだ。
「良かったら、この後ドライブ行きません?夜になると夜景が綺麗だって聞いたんすよ、夜の千葉港」
誰かを乗せたくてたまらない様子らしく、目を輝かせながら提案するハルに夏木さんは「ごめんな、今夜は起業した仲間と打ち合わせがあんだわ、秋生で良いならいくらでも貸してやるよ」と笑う。
「え? 俺?」
「先輩はもう行く確定ですから。残念、夏木さんも連れて行きたかったんすけど」
なんだなんだ、俺には有無を言う権利すらないのか?まあどうせ暇だから良いけどさ、と思いながら了承するとハルは嬉しそうに笑って早速運転席に乗り込んだ。
「それじゃ先輩、このまま出発しますね~!」
助手席に乗り込みシートベルトを締めると、夏木さんが「安全運転な~」と言いながら俺たち二人に手をひらひら振りながら工場に戻って行った。
車の中はハルの好きな洋楽のハードロックが流れていて、後部座席のシートにはハルの家のベッドの上に天蓋のように垂れ下がっていたユニオンジャックがカバー替わりに掛けられていた。
先に食事を済ませた後、ハルの言った夜景がきれいだと話題の千葉港に向かった。
車内ではBGMに合わせて口ずさむハルの声を聞きながら、窓から流れる景色を眺める。10月にもなると陽が沈むのが早くなるからか、辺りはすっかり真っ暗になっていて道路照明の光がキラキラと反射して眩しいくらいだ。
「俺、先輩とドライブデートしたくって免許取ったんです、車の中なら邪魔者居ないし堂々とイチャイチャできんじゃん?」
「はぁ? 付き合ってるわけでもないのに何でイチャつかなきゃなんないんだよ」
呆れ乍ら返す俺の言葉にハルは少し拗ねた様子で頬を膨らませる、そうしているうちに車は千葉港に到着し駐車場に停められた。
時刻は22時過ぎ、同じように夜景を見に来たカップル達であろう車がポツポツと停車しているのが見えた。
地平線の向こうには港区の夜景が煌めき、海に光のラインを作り出している。街灯が少なく人工的な光も少ないためか星空が広く美しく見えて幻想的だ。
潮風の香りを感じながらしばらく黙って二人でその光景を眺めていると、ふと思い出したようにハルが言った。
「ねぇ、先輩。俺と付き合えない理由って何?」
「だからいつも言ってるじゃん、俺の問題だっ――」
「俺達の問題っしょ、だって俺は先輩と付き合いたいんだもん。なんでダメなの?」
真っ直ぐに向けられる瞳に射抜かれて一瞬息が詰まる、俺は、ずっと“自分の問題”だと思い込んでた。だけど、彼の言葉がまっすぐ胸に刺さってくる。
ハルはいつだって直球だ、ポジティブな感情もネガティブな感情もストレートにぶつけてくる。それがたまに羨ましく感じることがある、俺は自分の感情を人に曝け出すのが苦手だから。
「……TO-MAに似てるから、って言ったら笑うか?」
「とーまって、あのTO-MA?」
「そう、芸能人のTO-MA。俺さ、初恋の人がTO-MAなんだよね……。」
「先輩そりゃイタいっすよ……。」
「そうじゃなくて、ホントに。高校生の頃、ルームシェアしてて……誰よりも一番近い所に居たんだ」
話している間に当時の記憶が鮮明に蘇ってくる。あの頃は本当に楽しかった、まるで兄弟のように仲が良くて、心地よくて、でも彼との落差に時々辛くなったりもしたっけ。
思い出に浸るように空を見上げていると隣のハルが小さくため息を漏らした。
「それで?俺がTO-MAと似てるから付き合えないって?」
「そうだよ、ハル君だって嫌でしょ?俺はハル君に彼の幻影を重ねてるんだ」
呆れたように言うハルに自嘲気味に答える、自分が最低なことをしていることぐらい理解しているさ。
それでも俺にとって冬馬は特別だったのだ、他の誰とも比べようがない程に。
「なるほどねぇ……。先輩が俺とやたらと線引きしたがるのもそれが原因?」
こくりと頷くと、ハルは大きくため息をついて頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
「んだよ~、それじゃ俺が整形した時点でムリゲーだったのかよ……。あーあ、もっと早く言ってくれたら諦めたかもしれないのにさぁ」
「ごめんて……」
「いや、謝ったってどうしようもないっしょ。結果論だし……でも、俺の事が生理的に無理とかそう言う理由じゃなくて良かった~~~」
ハンドルに両手をついてハァ~~~……と深く息を吐くハルの横顔を見上げる、俺が答えを出さない所為でハルも色々不安だったのかもしれないと思うと申し訳なくなった。
でも、だからといってじゃあ付き合おうかと言える程単純な話でもないわけで……。
「先輩、キスしよ?」
「……何で」
「いいから、キス、しよ?」
突然突拍子もない事を言い出したハルに戸惑いつつも、強引に顔を近付けてくる彼に仕方なく応じた。ちゅ、ちゅと触れるだけのキスを数回繰り返した。ハルの呼吸が近くて、なんとなく息苦しく感じる。
顔を離したハルを見つめていると、彼は「先輩も俺に好意あんでしょ?」と尋ねてきた。
「はぁ? お前がキスしよって言うから……」
「前の先輩なら、絶対ヤダって拒否ってましたよ。それって俺がTO-MAに似てるからとか関係なく、俺を一人の人間として見てるってことじゃないの?」
「えぇ……そうかなぁ……?」
そう言われてしまうと否定しづらくなって口ごもる。俺がハルに抱いている好意って冬馬に似てるから、だとばかり思っていたけれど確かに今のキスを拒まなかった理由にはならないよな。でも俺は優柔不断だから「そうだねハル君の事好きかも」なんてすぐ言える性格じゃない。
こんな中途半端な状況でイエスともノーとも言えないよ。
「本当にそう? ……ふふ、じゃあセフレになろっか?」
「死んでもヤダ!」
思わず叫ぶように拒絶の言葉を発してしまう、ハルはケラケラと笑って俺の手を掴むと「ほらぁ、やっぱり嫌なことは嫌って言うじゃないっすか」と言って笑った。
「だから、さっきのキス、先輩もキスしたいって思ったからしてくれたんでしょ?」
「う~……」
なんだか心の中を暴かれているみたいで恥ずかしくて言葉が出てこない。俯いているとハルはまた小さく溜息を吐き「そんなに難しく考えないでいいのに」と言った。
「もっと単純に考えましょ、先輩は俺のことどう思ってんの?」
「どうって……わかんないよ。ほんとに……。」 正直に言うと、ハルは「そっかぁ」と笑った。
「まぁゆっくり考えてください、でも早めに答えを出してくれないと俺ちょっと困っちゃうなぁ~、いつまでも待ってらんないよ」
「……なんでだよ」
「他に好きな人出来ちゃうかもしんないっしょ。出会いがない訳じゃないし……」
「え!?」
予想外の言葉に驚いて声をあげるとハルはニヒヒッと悪戯っぽく笑った。
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