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第32話
『――大好きです、先輩。』
あの日からグルグルとハルの言葉が頭から離れない、別にあの告白が初めてってわけじゃないのに、思い出すだけで身体がカッカしてしょうがない。
もう何日も経っているのに未だにぽわぽわと浮ついた気分が続いていて、気が付けばハルの事ばかり考えている。
「あーーーもぉおお~~~っ!!!」
休日の自室、ベッドの上で脚をシャカシャカと虫みたいに動かしながら枕に顔を埋めて叫び声を上げた。そんな事をしても何の解決にもならないんだけど、今はこうする事でしかこの気持ちを発散できないのだ。
ハルは俺のこの気持ちを知ってか知らずかあれから特に変わった事は何も無い。そう、特に何も変わってないのに、俺だけがすっかり心が別の人間になったみたいに落ち着かない日々が続いている。
振り回されている、そう思うと腹が立ったけど、結局俺はハルが好きだという自分の気持ちを認めざるを得なかった。
認めたくなかったわけじゃない、ただ、今まで彼の気持を曖昧にはぐらかしていた手前、「俺も好きになっちゃった☆」なんて軽々しく言えないだけだ。
「うぅぅ……。すき……。」
だああああ! 言えないよぉ! 恥ずかしいもん!
誰に見られている訳でもないのに枕に向かって唸り声を上げる。
こんな事ならいっそあの時素直になって「俺も好き」って返事しておけばよかった。俺ってどうしてこう意地っ張りで優柔不断で意気地なしなんだろう。
乙女のように「ふえぇ……」なんて情けない声を上げつつ頭を抱えていると、突然枕元に投げっぱなしにしていたスマホが着信を知らせる音楽を奏でた。驚いて画面を見るとそこには“ハル”の文字があって、飛び起きると同時に通話ボタンをタップした。
『先輩、ちゃーっす』
電話に出るとスピーカー越しのハルの声が聞こえてきて、それだけで心臓がドキドキと鼓動を打つのがわかる。
「な、何。いきなり」
『時間あったらドライブ行きません?天気良いし海浜公園の方まで行きたいなーって。』
ベッドに立ち膝をついてカーテンを開けると、雲一つない冬晴れの空が広がっていて、確かに海沿いはとても景色が良さそうだった。
こうして部屋で悶々と考えているよりは気分転換も兼ねて外で風に当たった方がいいかもしれない、それに何よりハルからデートに誘ってくれたのだ、行きたくない理由なんて無かった。
「何時に待ち合わせするの?」と返すともうすでに俺のアパートの下に車を付けていると返ってきて、慌ててマフラーとコートを掴んで家を出た。
「はは、先輩寝癖」
ハルに会うと開口一番そう言って俺の顔を指差した。
さっきまでベッドの上でゴロゴロじたばたとしていたからか、後頭部の毛束がぴょこんと反対方向に跳ね上がっている。恥ずかしくて慌てて撫で付けてみたけど一向に直る気配は無く、むしろ余計に跳ね上がってしまった。
ハルは相変わらず個性的だけど、お洒落に全身決めているのに、俺ってばカッコ悪ぃな。
寝癖を気にしながら助手席に乗り込むと、車は緩やかに発進した。
40分ほどドライブを楽しんだところで、程なくして海浜公園に到着した。駐車場に車を停めて外に出ると、冷たい風がびゅうっと音を立てて頬を掠めていった。
「海風が寒いっすねぇ」
以前ハルと行った浜辺とは違って、全面舗装された公園のような場所で、一角に小さなビーチが作られている。シーズン外だから人の数は疎らだが、その分ゆったりと散歩するには丁度よさそうだった。
「千葉って海のイメージあんまないけど、こういう所沢山あるの?」
「そりゃ、房総半島って言うくらいだから半分くらい海に面してるに決まってるじゃないっすか」
「そうなんだ、俺バカだから地理とか詳しくなくてさー」
なんて会話をしつつのんびりと海沿いの舗装された遊歩道を歩いた。平日という事もあってか人気は少なく、すれ違う人も犬を連れた老人やベビーカーを押すママさんと、穏やかで静かな時間が流れている。
時折吹く強い潮風が木々を揺らし、ザァーっと木の葉を揺らす音が心地いい。
しばらく歩いて少し疲れた頃、ベンチに腰を下ろした俺達は自販機で買ったココアを飲んだ。温かい甘さが冷えた体にじんわりと染み込んでいく感覚が心地よくて、ほ……と小さく吐息を漏らすと隣でハルも同じ様な顔でふぅ、と息を吐いた。
彼といると居心地が良いからついそれに甘えてしまうけれど、やっぱり気持ちは、伝えた方が良いよな。そう思い隣に座る彼の方へ顔を向けると、彼もこちらに視線を寄越してきた。
「俺、ハル君の事さ、軽薄でノリだけで生きてるんじゃないかって思ってた」
「うん?」
突然話し始めた俺にきょとんと首を傾げたハルだったが、直ぐにいつもの顔に戻ると先を促すように小さく頷いた。
「でもさ、ちゃんと見てるんだよね、俺の事。俺のどうしようもない部分とかダメな部分をさ、全部受け入れてくれて、その上で大事にしてくれてるじゃん」
「そりゃあ、好きだからね」
「うん。そういうの、俺全然気付いてなかったんだ。だから、どうせ身体目的だろとか思っちゃってて……でも……」 言葉に詰まって俯く俺の手にそっとハルの手が重なった。
「でもね、違うんだって分かった。ちゃんと俺の事見ててくれてるし、大事にされてるんだなって事」
「うん……」
「ハル君にとっては何気ない事なのかもしれないけど、そうやって俺の事大事にしてくれるの嬉しい。だからさ、えっと、つまり、何が言いたいかって言うと……」
意を決してハルの顔を見る。彼は真っ直ぐにこちらを見つめたまま俺の次の言葉を待っていた。
「まだ、冬馬の事は割り切れてないかもしんない。でも……付き合って欲しいなって……思っています。俺と」
その言葉を聞いた瞬間、ハルは驚いたように目を大きく開いたかと思うとみるみる内に顔を赤らめ、マフラーに顎を沈めると「あっつ……」と呟いて俯いた。
「まさか告白返されるとは思ってないじゃん……不意打ちだわ……もー……」
そう言うと照れ臭そうに指先で鼻の頭を掻く仕草を見せた。
「ダメかな。やっぱ」
「……何でよ」
「返事遅くなったから……」
「馬鹿だな、先輩」
次の瞬間ぐいと手を引かれてバランスを崩した俺の体はハルの胸に飛び込んでしまっていた。慌てる俺に構う事なくハルはぎゅうと強く抱きしめてくる。
「ずっと待ってたっつーの」
彼の温もりが、明るい声が、優しく背中を撫でる掌が嬉しくて思わず目頭が熱くなった。
吹いている風は冷たくて身を切るようだったけれど、寒さを感じる暇もなく、ただただハルの腕の中は暖かくて心地が良くて、幸せな気持ちでいっぱいだった。
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