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第33話
12月も中旬になって来ると駅前繁華街もクリスマスの装いに包まれてきて、イルミネーションやツリーを見ると「もうすぐクリスマスだな」と思う。
毎年クリぼっちだった俺にもついにクリスマスを一緒に過ごす恋人が出来たわけだが、年末の工場はめちゃくちゃ忙しく、クリスマスに休みを取って恋人とのんびりなんて余裕はまったくなかった。
「ちぇっ、何だよクリスマスって!」
今日も今日とて残業でやっとこさ仕事を終え、へとへとになった状態でハルと夕食のラーメンを食べながらついボヤいてしまう。
「まぁ、しょうがないっすよ。工場人手足りないんすから」
隣で麺をすすりながらハルが言う。こいつもこいつで割り切るのがうまいというか、クリスマスに二人っきりで過ごしたいとか思わないのだろうか。
「ハル君はそれでいいのかよぉ……」
「そりゃ、俺だって先輩と甘ぁい夜、過ごしたいっすけど……こればっかりは仕方ないじゃないっすか?」
そうなのだ、工場での作業に加えて年末年始休暇前だからかトラブルが多く、俺もハルもクリスマスだからといって早く帰れるほど暇ではないのだ。
「夏木さんは体力あるよなぁ、こんな時間まで残業してこれから起業した会社の方でも仕事だろ? ほんと超人だよ」
「もともと仕事出来る人っぽかったっすもんね。あの人飄々としてるようで色々考えてるし、要領もいいし」
ズズーッとラーメンを啜りながら他愛のない話を続ける、これが俺らにとってのいつもの日常だ。たまにはいい雰囲気になってイチャイチャすることもあるけれど、大概が今まで通りの先輩と後輩の延長線のような付き合いをしている。それはそれで楽しいのだけど、やっぱりクリスマスくらいは甘い時間を過ごさせてほしい。
「あ、そう言えば駅前広場にデカいツリー出来たんすよね? この後見に行きません?」
「えぇ? クリスマスでも何でもないのに?」
「だって当日都合合わないかもしれないじゃないっすか、だったら今の内に二人で思い出作りたくない?」
そう言われてしまうと「疲れてるから無理」なんて言えなくなってしまう。
俺だってハルとクリスマスデートしたいよ。ただ欲を言えばもう少し人気が無いロマンチックな場所で二人っきりの時間を共有したい……なんて乙女チックすぎだろうか。
食事を終えて店を出ると、吐く息が白く夜空に溶けて行った。
今年は夏が異常な暑さだったこともあり暖冬だと予想されていたが、クリスマスには雪が見れるんじゃないかってくらい冷え込んでいた。
駅に隣接する広場に設置された巨大ツリーは噂通り立派で、チカチカと煌めく電飾は色とりどりで美しい。人の波をかき分けるようにして見上げれば、駅ビルにTO-MAの顔が印刷されたでっかい化粧品の広告が見えた。
そう言えば昔、冬馬ともイルミネーションを見に二人で出かけたことがあったっけ……。今日みたいな人ごみの中で逸れないようにって手を繋いでもらって、当時はまだ自分がゲイだって自覚が無かったから手を繋がれて恥ずかしいなんて思ってたけど、今思えば勿体ない経験をしたもんだ。素直にしてればもっと長く手を繋げていたのかもしれなかったのに。
隣でツリーを見上げているハルをちらりと見て、彼の腕に自分の手を絡める。後で後悔したくないから、今出来る事は今のうちにやっておきたいと思った。
俺より背の高い彼はちょっと驚いたような顔で俺を見下ろしてくる。
「……いいんすか?人居る所でこんな事して」
「うん。嫌だった?」
「いんや? へへ、嬉しいっす」
嬉しそうに笑うハルを見てると胸がキュッと締め付けられるような感じがする。幸せだなぁって思うのと同時に、ずっとこうして居られればいいのにって思った。
ツリーを見て駅前で別れようとすると、ハルが「ねぇ、先輩。今夜泊って行かない?」と俺を引き留めた。それがいつも通りのお誘いではなく、真面目な問いかけであることも何となく分かった、彼の頬が少し赤らんでいて瞳は不安げに揺れていたからだ。
正直彼とそうなることはやぶさかじゃない、だって付き合ってるんだし、俺達は大人だ……。
「俺……初めてだけど良いの?」
「アキ先輩だから良いんすよ」
そう言って俺の腕を引いて歩き出した彼の足取りは少しだけ速かった。
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「あはははははは!」
「笑うな! もう! 知らないっ!」
ベッドの上で腹を抱えて笑うハルにクッションを投げつけると、彼は笑いながらそれを受け止めた。
結局あの後、意を決して一つになろうとしたのだけれど身体が拒否ってしまって上手くいかなかったのだ。
「だって……くひひ! 先輩、もぉむりぃぃ……だって、あんなやる気満々だったのに……んふふ」
涙を指で拭いながらも笑い続けている彼をジト目で睨みつける。
何が悔しいかって、自分が受け入れる側として覚悟していたというのに実際そうなった瞬間、怖気づいてしまった事だ。
「まぁ徐々に慣れていけば良いっすよ、また今度練習しましょうね」
俺の頭を撫でながらチュッチュと頭頂部にキスをしてくれる彼だが、今はそんな優しさですら惨めさを助長させるものでしかない。
自分の中では覚悟を決めてきたはずだったのだ、いつかこうなるであろうことは予想していたのだから。それなのにいざ、その時になると、前にクラブで男の人に指を入れられたことが、フラッシュバックしてしまって、緊張やら恥ずかしさやら恐怖心やらで身体が硬直してしまって言う事を聞いてくれなかったのである。
「情けないよ、俺……」
「良いんすよ、初めてなんてみんなそんなもんでしょ。俺だってそうだったし」
そう言うとハルは俺の身体を抱きしめてくれる、暖かくていい匂いがした。
あぁ、俺は本当にこの人のことが好きなんだなって実感すると共に、この人にも気持ちよくなってほしいなと思った。
「じゃあ……また今度ね……?」
「うん、また今度♡」
指を絡めながらキスをして“今度”の約束を誓い合った俺達は、ベッドにもぐりこんでその夜を終えた。
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