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第40話

 カーテンの隙間から差し込む朝日で目を覚ます、起き上がって左側を見ると冬馬の肩が上下していた。  昨夜のことは夢であって欲しいと願っていたが、どう足掻いても現実を変えられはしないらしい。  無理しなくたって良かったのに、どこまでも優しいんだから。傷つくのは冬馬だろ?なんでそこまでするんだよ。 「ばぁか……」と呟くように言ってベッドから降りると、散らばっている服を拾い集めて洗濯機に放り込んだ。  でも、自分の足が地面についてるかもわからなかった中で、傍で捕まえていてくれたことに対しては感謝している。  ハルとの終わりが、思ってたよりも深い傷にならなかったのは、そのおかげだと思うから。でも、正直今日は仕事が休みで助かった、こんな状態で出社しても仕事にならないだろうし。  シャワーを浴びて朝食の準備をしていると、のそのそと起き上がった冬馬がキッチンにやってきて、俺の顔を見るなり腕を口に当てて気まずそうな表情を浮かべた。  俺だって気恥ずかしいんだけど……。  お互いに気まずい思いをしながら無言で支度をする、何だか変な気分だ。昨日はあんなに求め合ったというのに……いや、別に求めたくて求めた訳じゃないけど。  あれは仕方なく、そう仕方なかっただけ!  誰に弁解しているのか分からないけれど、とにかく心の中で言い訳をしながら出来上がったスクランブルエッグを食卓に並べた。  今朝のメニューはスクランブルエッグにタコさんウインナー、それからチーズトースト。それとミルクたっぷりのカフェオレというシンプルなものだ。 「あ、タコさんウインナーだ」  食卓に着くなり好物を目ざとく見つけた冬馬に「お前それ無いと拗ねるじゃん」と返すと、彼は嬉しそうに笑ってから食べ始めた。 「アキ、今日予定ある?」 「ヤダ」 「まだ何も言ってないんだが……」  モグモグと口を動かしつつ嫌そうに顔を顰めると、冬馬は困ったように苦笑した。どこかに行きたいという気分でもないし、年末年始、冬馬に部屋を預けていたせいで混沌としてしまった部屋を片付けなければ、そろそろ足の踏み場が無くなってしまうので、出掛ける気はない。 「掃除したいから」 「掃除?」 「お前この部屋見て何も思わねぇのかよ、片付けたいの」  俺の言葉に冬馬は納得といった様子で頷いてみせる。冬馬がほとんど散らかしたのもあるけど、事故に遭ってから半年余、どうにも掃除する気が起きなくて風呂やキッチンの掃除が適当になっていたのだ。  特に風呂は浴槽の隅にカビが生えてたし、排水溝にも髪の毛やら水垢やらが溜まってしまっていて、風呂に入るたび「汚いなぁ」とは思いつつも放置していたのだ。 ───────────────…… 「さて、やるかぁ」  朝食を食べ終えるとすぐに風呂場に移動してスポンジ片手に腕まくりをした。こうしてみるとカビだらけだ、よくこんなのにお湯を張って湯船に浸かっていられたな、と我ながら感心する。  とりあえず目に見える範囲だけでも汚れを落とす為にゴシゴシとこびりついたカビを擦っていると、冬馬が様子を見にやってきた。 「アキ」 「邪魔」 「だからまだ何もしてないだろうが」 「あっち行ってろよ、気が散る」  そう言って冬馬を追い払うと彼は不服そうに唇を尖らせ、壁にくっついてるシャワーを手に持って俺に水をかけてきた。 「冷てぇっ!!」  不意打ちだったから思いっきり浴びてしまった、濡れた前髪をかき上げながらジトリと冬馬を睨むと彼もムッとした表情を作って俺を睨んでくる。 「手伝うっつってんだよ。何すりゃいいか教えろよ」 「じゃあ排水溝洗って」  渋々言うと、冬馬は素直に従って排水溝に手を突っ込んでいた、どうやら本気を出して協力してくれるらしい。  ゴシゴシという音だけが浴室内に響く中、ふと冬馬が「なんかさ」と口を開いた。 「こういうの、夫婦みたいだよな」 「ぶっ!!!」  唐突な発言に吹き出してしまう、何を言い出すかと思えばいきなりそんな事……。  恥ずかしさのあまり顔が熱くなっているのが自分でも分かった、冬馬は平然とした顔で手を動かしていて俺の方を見ようとしない。 「ねぇよ」 「そうか?」  やっとそれだけ返すと冬馬がフッと笑いながら返してきた。 ───────────────……  それにしても浴室の中はハルの私物が多い、ほとんどが彼の持ち込んだものだけど、シャンプーだとかオイルだとかスキンケア用品とか、あとは小物類とか色々、本当に色々なものがある。  それ等を眺めていると自然と思い出してしまう、ハルと過ごした日々のこと、楽しかったこと、嬉しかったこと。 「……どうかしたのか?」 「んー? うん、ハルの私物どうしようかって思って……。」 「そか……。捨てなくても置いときゃいいんじゃねぇの?」  冬馬はそう言葉をかけてくれたが、俺は腰に手をついて少し考えた後、ゴミ袋を手に取ってそれらをガラガラと入れていった。  こういう感傷に浸るものがあるから前に進めなくなるんだ、だってそうだろ、だったらなんで昨夜冬馬と寝たんだって話になってしまう。それってハルにとっても冬馬にとっても、そして俺にとっても筋が通らない事じゃないか。 「いいのか?」 「うん、いい。捨てる」  そう言うと冬馬は何も言わずに小さく頷いただけだった。  本当は捨ててしまうことに躊躇いもあった、だって、ハルを本当に終わったことにしてしまうから。でも、俺にはそうするしかないと思ったのだ。  それから数時間かけて部屋の大掃除を終え、今度はキッチン、ベッドルームと、大掃除をして、そしてそこにあるハルの私物を全て処分した。冬馬が今部屋着として使ってるハルの服は仕方ないけど、大方の物はゴミ袋に詰め込んで、ゴミ捨ての日まで暫くベランダの隅っこに置ておくことにした。  部屋が綺麗になる頃にはすっかり夕方になっていて、流石に疲れてベッドに倒れ込むようにして横になると、冬馬も疲れた様子で床に座り込んで天井を見つめていた。 「……なぁ、冬馬」 「ん?」  声をかけると、彼は視線だけをこちらに動かした。 「……何で抱いたの」  昨夜、冬馬は最後まで何も言わなかった、身体を重ねてる間はおろか、その後も彼は一言も喋らずにずっと黙り込んでいた。  別に喋る義務なんてない、けど、ただ俺を慰めるためだけに抱いたんだとしたら、きっと傷ついているだろうから……聞いておかなくちゃって思った。 「消えてしまいそうだと思ったから、引き留めておきたかった」  返ってきた答えは実に単純明快だった、だが、それで充分すぎる答えだと思った。 「そか……」 「うん……」  何となく照れ臭くなってお互いに顔を見合わせて笑い、その後はいつも通り夕飯を食べて風呂に入って寝た。  久しぶりにぐっすり眠れたような気がした。 ───────────────……

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