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第41話
「アキが選んでくれたら何でもいいから」
「そういう訳にもいかねーだろ、試着しねーとお前のサイズなんてわかんねーんだから」
次の週の日曜日、俺と冬馬はショッピングモールにやって来ていた。ハルの私物を捨ててしまったせいで、冬馬に着せる服が無くなってしまったからだ。そこで服を一緒に買いに行こうという話になったのだが、試着室を前にごねる彼を見て思わずため息が出た。
「何で試着したくねーんだよ」
「……恥ずかしい」
「はぁ?」
何言ってんだコイツと思って眉を寄せると、冬馬は気まずそうに視線を逸らしながらボソボソ「試着すると店員見に来るし」と言い始める。そんなの当たり前だろ、店なんだから。
「別にいいじゃん?見られてたって。ズボンの丈だって見てくれるしさ」
「アパレル店員のノリって嫌いなんだよ、昔から……」
「なんだそりゃ。もー、良いから試着しろっ!!」
嫌がる冬馬に服を持たせて試着室の中に無理やり押し込む、すると彼も観念したかのように「はぁ~~~~……」という深い溜息をつきながらゴソゴソと着替え始めた。
───ジャン!!
数分後、着替え終わったか確認してカーテンを開けると、そこには店のマネキンよりも服を着こなしている冬馬が居た。
ズボンなんて丈を合わせなくても長い脚がちょうどよく見える長さだし、上半身もピッタリ合うサイズのもので、まるでモデルのようだ。いや、モデルなんだけど。
「……似合うか?」
「何かムカつくなぁ……」
何を着ても様になってしまう彼を見ていると、なんだか無性に悔しい。「何だよそれ」と呆れたよう言われるが、正直に思ったことを言っただけだ。
「お客様~~~、お似合いですぅ~~」
突然背後から声をかけられビクッと肩を揺らし振り返る、見ると、若い女性店員が営業スマイルを浮かべて立っていた。明白に嫌そうな態度をする冬馬とは対照的に、店員は目を輝かせていて鼻息荒く冬馬を見つめている。
「お客様は股下長いので、こちらのパンツもお似合いになりますよぉ~~!」と棚からジーンズを何本も取り出してきて、冬馬に押し付けるようにして手渡してきた。幸いオフスタイルのボサボサ頭の彼を見てもTO-MAだと気付いた様子はなく、ただのイケメンだと思っているようだ。
押し付けられた商品を手にしたまま固まっている冬馬を見て「あぁ、こいつ寝巻買うだけなんで」と代わりに答えると、店員は少し残念そうな表情をして頭を下げ、「そうですか、またお直しのご希望がございましたらお声かけくださ~い」と言って彼女は他の客の方へと移動していった。
その後姿を見送ってから改めて冬馬の方を見ると、彼は未だジーンズを持ったまま固まっていた。
「大丈夫か?」
「最悪」
どうやら本当にショップ店員の接客が苦手らしく、たったこれだけのやり取りにも拘らず消耗しきっていた。
「あと、これも試着して」
「いい……全部買うから……。もう店でよ……」
これ以上余計な体力を消費したくないのか、冬馬は俺が手にしていた上着を奪い取って試着室のカーテンを閉めた。
俺が適当に見繕った服を数万円分買った後は、適当に遊べる本屋に入って立ち読みしたり、ゲーセンに行って太鼓を叩いたりして楽しんだが、冬馬はそういうものに興味が無いのか、服の入ったショッパーを両手に下げて、俺が遊んでるのを後ろから見ているだけだった。
「冬馬もやらねーの?」
太鼓のばちをマイクに見立てて遊びながら背後を見ると、冬馬は首を横に振った。
「見てる方がいい」
「あっそ」
それならそれでいいかと再び目の前のゲーム機に向き合うと、冬馬が隣まで近づいてきて画面をのぞき込んでくる。
「上手いもんだな」
「昔からやってるからね」
音楽に合わせて流れてくるマークに合わせ太鼓を叩いていく、最初は簡単な曲で慣らしてから徐々に難易度を上げていって最後はフルコンボを目指す……というのが俺のいつものやり方なのだが、今は背後にいる奴の視線が気になって集中できない。
あの夜のことを意識しちゃうからか、わからないけど。
「お前やってみたいやつねーの?」
「何が?」
「ゲームだよ、冬馬が好きなやつ」
後ろで突っ立ったままの冬馬に話しかけると、彼はしばらく考えて「ない」と答えた。
そう言えば高校生の頃は冬馬とこうしてゲーセンに行ったりとかしたこと無かったな、というか、冬馬が遊んでる所って見たことないかもしれない。
あの頃から学校とモデルのバイトを両立してたし、ジムに行ったり演技のレッスン受けたりと忙しくしてたみたいだし、そもそもあまり遊ぶ時間が無かったんじゃないかとも思う。
「趣味とかねーの?」
「何だよ急に」
「いや、思えば俺、冬馬の事よく知らねーなって」
そう言うと冬馬は意外そうな顔をしてみせた。
確かに今までお互いのプライベートについて話したことなんて殆どないし、俺達の繋がりって深いようで案外浅いんだよなって思う。
キスもセックスもしたのに変な話だ、しかも付き合ってもいないくせに。
「好きなもん、嫌いなもん、趣味とかさ、もっと知りたいなぁって思っただけ」
「何だそれ」
「冬馬もそう思わない?」
問いかけると冬馬は小さく首を傾げた後で少し考え込んだが、すぐに両手で顔を覆い隠すようにしながら首を横に振る。
「知りたいって思ったら……際限ないだろ……」
「え?」
「知ったら知った分だけ……欲張りになるに決まってる」
そう呟いた冬馬の指の隙間から覗く瞳は切なげで、寂しげで、まるで捨てられることを怖がる子供のようだった。
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