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第42話
俺と冬馬は一緒に暮らしている、と言っても俺のアパートに芸能活動自粛中の冬馬が転がり込んできて、そのままズルズルと居候されている形だ。
なんとなく「出ていけ」というタイミングを逃してしまい、今に至る。
そして俺達の関係も曖昧だった。
ハルの事はもう忘れよう、前を向こうって決めたはいいけど、でもやっぱりそう簡単に割り切れるものじゃない。だってあんなに好きだったんだ、なんなら今でも好きだし、忘れられるわけがない。だから冬馬の気持ちに甘えている関係は正直申し訳ないと思っている。
「アキ……風呂沸いた」
「ん、先入ってきて良いよ」
湯沸かし器の気の抜けた音楽と共に聞こえてきた声に返事をすると、冬馬は着替えを持ってのそりと風呂場に向かい、途中で振り返った。
「…………一緒に入っても良いんだぞ」
「誰が入るか」
冗談なのか本気なのかわからない事を言われてツッコミを入れると、「アキは素直じゃない」と不機嫌そうに言い放ってバタンッと扉を閉める。
しばらくして浴室の方からシャワーの音と湯気が立ち込める音がしてきたので、俺はダイニングに置いてあるテレビのチャンネルを変えた。
あれだけTO-MA、TO-MAと持て囃していたくせに、冬馬が活動自粛した途端、もう新しいスターを見つけて騒いでいて、ちょっとイラっとくる。
まるで冬馬が消耗品のように扱われているようなその感覚は凄く気持ち悪かった。
「あーあ、見るもんねぇな」
プツリとテレビを消してソファーに倒れ込むように寝転ぶと、枕代わりになっていた雑誌が床に落ちた。
「あ」
拾い上げ、かつての冬馬が表紙を飾っているそれを開く、鍛え上げられた上半身を惜しげもなく披露するその姿はとても美しく妖艶だ。この肉体を維持するため、冬馬は昼間俺が工場で働いている間ジムに通っている。おかげで家に引き籠っていてもシックスパックを維持してる訳だ。
「……俺だって腹筋くらい……」
ペロンとパーカーを捲り上げて腹に手を当ててみる、けれど悲しいかな、俺の肉体労働は摂取カロリーを相殺するだけで、分厚い腹筋には程遠い。
芸能人と張り合うなんて不毛だと分かっていても、美しい奴がいつも隣にいると比べて落ち込んでしまう自分がいる。
「俺も筋トレすっかな……」
雑誌を見ながらそう呟いていると、風呂を出た冬馬が首にタオルをかけて出てきた。
「何見てんの?」
「ん?雑誌。冬馬って腹筋バキバキだよな」
雑誌の冬馬を見せながら言うと、冬馬は「別に普通だろ」とつまらなさそうに言って冷蔵庫を開け麦茶を取り出した。
「普通じゃねーよ、俺なんて全然筋肉つかねーもん。羨ましい」
ボフッとソファに寝転がって抗議すると、麦茶を飲んでいた彼は俺に近づいてパーカーの裾をペロンと胸までめくった。
「な、何すんの!?」
「……あ、悪い……。筋肉、見ようと思って……」
驚いた俺を見て我に返ったのか、冬馬は申し訳なさそうに手を離す。そしてそのまま背を向けるようにして隣に座り直した。
「た、たんぱく質が不足してると……筋肉つきにくい。アキの食事は炭水化物が中心だから……きっとそれがいけないんだと思う」
「……へ、へぇ、そっか」
びっくりした、襲われるのかと思っちゃったよ。いや、冬馬に限ってそんなことは無いだろうけど。
ていうか俺、動揺しすぎじゃん……。
「でも……アキは今のままでいいと思う……」
「なんで?」
「……………………抱き心地良いから」
ボソリと呟くように言われた言葉に、思わずボッと火が出るくらい顔が熱くなった。何を言ってるのかと思って冬馬の方を見ると、彼も自分で言っていて恥ずかしくなったのか、俯いて顔を真っ赤にしていた。
「ば、ばばば、ば、っかじゃねぇの」
「馬鹿だからな、俺は……」
誤魔化すように茶化すが、冬馬の顔はさらに赤く染まっていく。
気まずい沈黙が流れる。
「はー……、ふ、風呂入ってこよっかな」
「ん、いってら」
その場の空気に居た堪れなくなった俺は、逃げるように立ち上がって風呂場に向かう。途中で「覗くなよ」とからかうように言うと、冬馬は振り返りもせずヒラヒラ手を振った。
───────────────……
風呂から出ると、冬馬は相変わらずソファに座ったままスマホをいじっていたが、俺の姿を見つけるとパタンとカバーを閉じそれをポケットに仕舞い、声をかけてきた。
「もう寝るか?」
「ん? 何で?」
「…………話しようと思って」
冬馬から話?一体何の話だろうか、もしかしてそろそろ仕事に復帰する打診が来たとかかな?と思い、「良いよ」と彼の隣に腰を掛けた。
「で、話って?」
「“趣味”は何だって聞いて来たろ。だから……話そうと思って」
わざわざ前置きしてまで話すようなことなのかと疑問に思ったが、普段無口で会話が苦手な彼がこうして頑張って言葉を発しようとしている姿を見て、ちゃんと最後まで聞こうと思った。
「で、趣味って何だ?」
「筋トレ、有酸素運動」
「それ趣味なのか?」
首を捻ると冬馬はポケットからスマホを出してアプリを開いて見せた。手に取って見てみると、それはトレーニングジムのアプリらしく、食事のカロリー計算や、その日の運動量による消費カロリーや走行距離などが細かく表示されるもので、今日の彼のトレーニング内容と結果が記録されていた。
「へぇ、すごいな」
「2年半続けてる……今一番のモチベ」
得意げに笑う冬馬は何だか楽しそうだ、家とジムくらいしか往復していないから随分ストイックなんだなと思っていたけれど、彼にとってトレーニングは身体作り以上の意味があるのだろう。
「それに……運動すると、発散できるし」
「あぁ、確かにストレス発散できそうだよな、身体動かすと」
「……………………性欲のほうだよ」
ボソッと言うので一瞬何のことかわからなかったが、すぐに理解して俺もつられて赤面してしまう。だってそうだろ、こいつが誰に対して欲望を持ってるのかなんて、言われなくたって分かるし。
「……そ、そう」
「うん……」
何となく気まずい空気が流れて会話が止まる、そこまで素直にならなくたって、適当に「ストレス発散」とか言えば良いのに何で「性欲って」言うかなぁ。
まぁ、それだけ俺に対して誠実で居たいって気持ちの表れなんだろうけど。
「アキの趣味は?」
「あぁ、俺の趣味?カラオケ。最近行けてないけど、歌ってるとスカッとするよね」
「ハル……とはよく行ったのか?」
「よく行ってたよ。」と答えると「そか」と少し寂しそうに返された。
「俺とも行こう、カラオケ」
「……冬馬がそういう場所、嫌いじゃなけりゃいいけど」
「嫌いじゃないよ、アキとなら……なんでも、楽しいと思うから」
真っ直ぐ見つめられてそう言われると気恥ずかしくて、顔を逸らし借りていた冬馬のスマホを隣に居る彼に返すと、その手をギュッと握られた。
「アキ……」
「……ダメ」
何を言わんとしているのかはすぐにわかったが、敢えてその言葉を制止するように彼の手を払う。でも冬馬は抑えられなかったみたいで、掴んだ腕を引き寄せ、俺を自分の胸の中に閉じ込めるように抱きしめた。
抵抗しようと思えば出来たけど、やめた。あんまりこういう事するのは良くないかもしれないけど、でも俺は一人で居られるほど強い人間じゃないから。それはきっと冬馬も一緒で、だからこれはお互いの利害が一致した結果なんだろう。
ギシリとソファのスプリングが軋んで、二人分の体重を支えるように深く沈み込んだ。
───────────────……
「お前さぁ……俺に利用されてるって分かってて辛くねぇの?」
「別に、アキに必要なら俺は応えるだけだ」
「そうじゃなくってさぁ……」
ソファにうつ伏せになり背後から冬馬の熱を受け止めながら小さく溜息を吐く。なんとなく寂しかったからシてしまったけれど、終わってしまうと途端に虚無感というか理性的な自分が突然顔を出してきて自己嫌悪に陥ってしまう。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、冬馬は俺の背中の上にどさりと身体を乗っけて寄りかかってきた。
「重いんだけど」
「余韻に浸ってる、大人しくしてろ」
「俺がお前を選ばなかったらどうするわけ?身体まで許してさ、こんな関係ずっと続けられると思ってるのかよ」
嫌味っぽく言ってみるが、冬馬は俺の言葉に動じることなく平然と「負ける気はしないから大丈夫」と、まだ現れぬ恋敵への余裕を見せた。
「その自信どこから来るんだよ……」
「アキへの愛で俺が負けることは無い、それだけ」
自信満々にそう言ってみせる冬馬に呆れて言葉を失う、と同時に、だからこそ弱みを見せてしまうんだよなぁとぼんやり思ってしまった。
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