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第44話

 2月、俺は送られてきた冬馬の出演する舞台のチケットを手に会場へ足を運んでいた。 「えぇ? TO-MAが出てるのにこんなに小さな劇場なのか?」と思ってしまうようなこじんまりとした劇場で、観客もそんなに多くはなさそうだ。  まぁ結構大きなスキャンダルで冬馬のイメージは地に落ちたわけだし、仕方がないのかもしれないが、なんか世の中って不条理だよなと改めて思う。  指定された席に座ったあと、開演時間までまだ余裕があるため、受付で購入したパンフレットに目を通してみる。  事前にどういう話かは冬馬から聞いたけれど面白そうだと思う。冬馬は脇役の“刑事さんB”として写真付きで紹介されていて、相変わらず写真写りが良いなと思いつつクスッと笑みが零れた。  しばらくして幕が上がり、物語が始まった。  内容は大正時代、帝都で起きた連続殺人事件を追う探偵もので、探偵とヒロインがコミカルな掛け合いをしながら事件を解決していくというものだった。冬馬はその中で脇役だったけれど、でもやっぱり長身で美しいスタイルを存分に動かした演技力は圧巻の一言で、あの無口で不愛想な冬馬からは想像もできないくらいにハチャメチャな言動を繰り出していたのが面白かった。  舞台が終わってすぐに感想を伝えたくて楽屋に足を運んでみたが、今は人気低迷中だと言ってもやっぱりTO-MAには根強いファンがいて、楽屋に続く通路の入り口では花束やぬいぐるみを抱えた女の子たちが出待ちをしていて、とてもじゃないが近寄れそうにない。 「んー……どうしようか。」  彼女達と一緒に出待ちをするべきか逡巡したけれど、女の子の中に独り男の俺が混ざって出待ちしてるなんて恥ずかしすぎて出来なかったため、「面白かったよ!」とLINEでメッセージだけを残して、その後は一人で名古屋観光をしようと外へ出た。  劇場から近くにある食べログの評価が高い喫茶店で、名古屋の大もり文化の洗礼を受けたり、その後は有名な公園に立ち寄ったりして楽しんだ後は冬馬が取ってくれたホテルにチェックインをしてのんびり過ごした。  適当なビジネスホテルに泊まるからと言ったんだが、冬馬が頑なに譲らなかったため大人しく従ったのだ。  高級なホテルらしく、部屋の中に入ると大きな円形ジャグジーがあって驚いた。  こんな豪華な部屋取ったことねぇぞ。ベッドもでかいし。  どうして高級ホテルを予約したのか見当もつかないが、冬馬が普段何考えてるかなんて俺には知る由もない。ま、どうせ、やらしいことしか考えてないんだろうし。嬉しくないわけじゃないけどさ。  歩き疲れていたので風呂にも入らずベッドにダイブする。明日も職場の人に配るお土産を買ったりして一日歩くだろうから早めに寝ないとなぁ、なんて思っていると、部屋のドアに鍵が差し込まれる音がして俺は飛び起きた。  時計を見ると時刻は22時を少し過ぎた辺りで、こんな時間に誰だと警戒しながら様子を伺った。  ガチャリとドアノブを回す音が聞こえてゆっくりとドアが開かれた。 「アキ!」 「と、冬馬」  突然現れた冬馬に驚いている間に抱きしめられる、久々の抱擁にドキドキしつつもおずおずと彼の背に腕を回せば、彼は更に力を込めてきた。  苦しいほどに力強く抱き締められて思わず身じろぐが、それを制するように冬馬が耳元で囁く。 「何で楽屋に来なかったんだよ」 「いやぁ、だって出待ちのファンの人とか、いっぱい居たし……メッセージも送ったからそれでいいかなと思って……」  何となく言い訳じみた口調で言うと、冬馬は苛立たし気にチッと舌打ちをした後で俺の首筋に噛みついた。 「来ると思って待ってた俺、馬鹿みたいじゃん……」 「痛ぇなっ!」 「お仕置だ」  拗ねた子供みたいな口ぶりで呟いた後、彼は唇を重ねてきて口内を貪ってきた。荒々しいキスに戸惑いながらも必死にそれに応えようと舌を絡めた。 「明日どうすんの?」 「どうって、職場の人にお土産買ってぇ、それから帰る」  濡れた唇を拭いつつ答えれば、冬馬は呆れたような表情を浮かべた。 「俺との予定は……?」 「はぁ? だって冬馬忙しいだろ? 邪魔したくないもん」 「じゃあ今夜は良いよな」  良いよな、って……。  冬馬の目を見て、何を言いたいのかを悟った。 「そう言う身体だけ、みたいなの嫌なんだけど」 「俺は半年アキと離れてて寂しくて仕方なかった、アキは違うのか?」  縋るような目で見つめられて、思わず視線を逸らす。俺だって寂しかったよ、なんて、俺にそんなことが言える訳もなく。 「お、俺は別に……平気だし」 「……そ、か……」  寂しそうに呟く彼に罪悪感を覚える。  あーあ、俺って何でこう素直じゃないんだろう、こんな言い合いじゃなくて、もっと「舞台楽しかった」とか「冬馬の演技凄かったよ」とかポジティブな話をした方が楽しいし、冬馬も喜ぶに決まってるのに。 「その……さ……、シャワー、まだ浴びてないから……それからでも良いなら」 「嫌なのかと思った」 「誰かさんがしょげるからだろ、バーカ」  誤魔化す様に悪態をつくと、冬馬は心底嬉しそうな表情を浮かべて再びキスをしてきた。 ───────────────……

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