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第51話
「ア~キ~……」
「なんだよぉ」
逃亡騒動から一週間、あの後冬馬はマネージャーさんにこっぴどく怒られたみたいだけど、今はすっかり元気を取り戻して、撮影の方も順調みたいだ。
毎日東京のスタジオまで長時間かけて通っているけど、でも冬馬にとってこの家が帰ってくる場所らしく、時折疲れた顔をして帰ってくることもあるものの、基本的には機嫌良く過ごしてくれている。
「アキ、もうすぐ俺、出かける時間だけど、寂しい?」
「はいはい、寂しいよ。……ったく、毎回これしないといけねぇの?」
「駄目、もっと寂しがって」
「あーもう! 冬馬がいないと、さ~び~し~い~♡」
わざとらしく唇を尖らせて拗ねたように言うと、満足したのか冬馬は俺の額にちゅっちゅとキスをした。
「俺も寂しい、アキがいないと死んじゃう」
「よしよし」
この“行ってきますの儀式”は、あれから恒例になっていて、冬馬が家を出て行く前に必ず行われるのだ。正直言って恥ずかしくてたまらないのだが、また冬馬が逃亡を図るかもしれないので渋々付き合っている次第だ。
まぁ、俺も寂しいという気持ちをぶつけることができるから、やぶさかではないのだが、それを冬馬に言ってしまったら調子に乗りそうなので黙っている。
「本当は、楽屋弁当なんかじゃなくて、アキの弁当が食べたい……」
「それは仕方ねぇよ、弁当なんか持ってったら、俺達が付き合ってんのバレるかもしんねぇじゃん」
「別にバレたって俺は……」
「だぁめ、冬馬は今大事な時期なんだから、またスキャンダルで仕事無くすの嫌だろ?俺も冬馬の夢を応援したいしさ、ね?」
「うぅん……」
不服そうに唸りつつも、渋々納得したのか俺の唇に何度かキスしたあと、ようやく出掛けることを決意したようだった。
見送りの為について行った玄関先で靴を履き終えた彼の頬にキスしてやると、くすぐったそうに笑った後にギュッと抱きしめてきた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
───────────────……
「アキ、誕生日おめでとう」
9月20日、朝目覚めると、そんな言葉と一緒にキスの雨を降らせる冬馬がいた。
起き抜けに熱烈な挨拶をされてしまい、驚きのあまり固まっている俺に向かって、冬馬はニコニコとした表情で微笑んでいる。
そうか、今日は俺の誕生日だったか。
「ありがと」
「アキ、これプレゼント」
そう言って冬馬が差し出して来た袋を受け取り開けてみると、中には香水が一本入っていた。
ラベルを見るにどう見ても女性ものっぽい。
「これ、女物じゃねぇの?」
「アキは可愛いから似合うかと思って」
はぁ?俺、オカマじゃねーんだけど。と思ったのだが、折角俺のためにわざわざプレゼントを買ってきてくれたのだから、ここで喧嘩になるような事を言うのは野暮だ。
「あ、ありがと」
多分使わないけど、こういうのは気持ちが大切だからな。ありがたく受け取っておこう。
お礼を言うと、冬馬は満足そうに頷いて「つけてみて」と催促してきた。
言われるままに手首に軽くプッシュしてみる、いかにも可愛らしい女のような匂いが広がる。
これ、男がつけるにはハードル高いと思うんだけど、冬馬は「良い匂い」と俺の事を抱きしめて頬擦りして来た。
「冬馬ってさぁ、俺の事、女だと思ってねぇよな?」
「アキはアキだ、男とか女とか関係ない」
「いや、俺男だからな?」
確かに俺は女のように背が低いしゲイだ、でも、俺にはちゃんと男である自覚がある。でも、冬馬の俺への扱いを見てると、どうしても女扱いされているような気分になるのだ。
もちろん、俺は冬馬のことが好きだし大切にしてくれていることも分かる、それは嬉しくもあるのだけど、たまに男として扱われていないことに不満を感じる瞬間もあるわけで。今回みたいに女物の香水とかもらってしまうと尚更だ。
そりゃベッドの上じゃ俺は女役だけれど、普段の生活は女みたいにしている訳じゃないし、そう言う扱いされたら困る。
「香水、気に入らなかったか?」
「ん、そ、そんな事ないよ、嬉しい」
考え事をしている間に不安そうに見つめられてしまい、慌てて首を横に振ると冬馬はホッとしたような表情を見せた。
冬馬は多分、自分の事をゲイとかそう言う認識ではいないんだろうな、たまたま好きになったのが男の俺だっただけで、基本的なセクシャル認識は異性愛者なのだと思う。
俺を女扱いしたりするところとか、関係を隠す気が無い所とか、男に興味がある素振りが無い所とか、何となく肌感で伝わってくるものがあるのだ。
ハルみたいに分かってる人と付き合うのと違って、ノンケの人間と付き合うって言うのは色々と難しい、普通に外で手を繋いで来ようとしたりして、周りの人にどう思われるかなんて気にしてないんだもの。ハラハラして仕方ないのだ。
「アキ、今日は仕事終わったら二人で食事でも行かないか?」
「えぇ?いいよ、いつも通り家ご飯で」
「夜景が見れるレストラン……ダメか?」
「だーめー、男二人で行くにはムードがあり過ぎなんだって」
確かに冬馬と一緒に居ると楽しいし安心するし、心地良いのは確かだけど、さすがに高級な店に行くと周りの視線が気になってしょうがない、男同士のカップルは好奇の目で見られるものだし、もし誰かが冬馬の事に気付いたりなんかしたら、“あのTO-MAが男と二人でムーディーなレストランで食事”なんて週刊誌の良いネタになってしまうだろう。
それだけは避けなくてはと念を押すと、冬馬は寂しそうな表情を浮かべた。
「そ、その代わり、今日は奮発してステーキとか焼いちゃおうぜ? な? 良いだろ? 家で二人きりでさ、誰にも邪魔されないし!」
「アキがそれでいいなら……」
納得はしてない様子だけど、冬馬は頷いて了承してくれた。
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今夜は慎ましやかな誕生パーティーだ、冬馬と二人でワインを飲みながらスーパーで買ったステーキを焼いて食べるという至ってシンプルな内容だったが、俺にとってはそれが一番嬉しかったりする。
冬馬と一緒なら、それだけで特別な一日になるし、幸せだって感じられるものだ。
焼きあがった肉をテーブルに運び、グラスを傾け乾杯した後、早速ステーキにナイフを入れた。
「肉、まだ生っぽいぞ」
「アルミホイルかぶせて休ませたし、余熱でちゃんと火は通ってるぞ? 大丈夫、美味いって」
心配そうな顔を見せる冬馬を宥めつつ、ミディアムレアに焼いた赤身の牛肉を口に運ぶと、口の中に旨味が広がった。
普段は絶対買えない一枚千円のステーキ肉だ、美味しくないはずがない。
塩胡椒だけで味付けしたものの、しっかり肉の味がしていて満足感が得られる逸品になっている。
冬馬はと言うと、肉の焼き加減が気に入らないらしく眉間に皺を寄せたまま黙々と咀嚼を続けていた。
そりゃあ冬馬がいつも仕事で行くような高級レストランのステーキに比べたら味は劣るだろうけど、家庭料理としては充分美味しい方だと思うんだ、そこまで顰め面をしなくてもいいじゃないか。
「そんじゃ、もう少し焼こうか?」
「うん」
あまりにも嫌そうな顔をして食べているので、ちょっと罪悪感を感じてしまい、彼のステーキの皿を手に取ってもう一度火にかけた。
中までしっかり火を通して彼の前に皿を戻すと、今度は好みの焼き加減だったらしく美味しそうに食べ始めた。
本当に子供みたいなヤツだなと思いながら見つめていると、不意に視線がかち合い、ドキッとする。
微笑まれてしまい、恥ずかしくなって目を逸らした。
「なんだよ……」
「幸せだな、と思って」
「ストレートだなぁ、ほんと」
「駆け引きとかできないから」
相変わらずな冬馬の発言に苦笑しながらワインを口にする、酔っぱらってるわけでもないのに頬が熱くなった。
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