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第53話
「パートナーシップ制度?」
「そう」
雪がちらつく2月の末、いつものように風呂の掃除を終えてリビングに戻ると、食器を洗い終わったのか冬馬がスマホを片手に弄りながら俺に声をかけてきた。
同性同士の結婚に近い権利を得られる『パートナーシップ制度』、地域自治体ごとに細かい部分は異なるが、大まかに説明するならば夫婦とほぼ同じ権利が与えられるという内容のものだ。
冬馬の口からその言葉が出てきたということは、彼なりに調べてみた結果なのかもしれない。
「これなら、病院に入院した際の面会も問題なく出来るようになる」
「そうだけど……でも、それって役所に提出するもんだろ、実質カミングアウトするようなもんじゃん」
まさかずっと一緒に居たいって言う俺の言葉を真に受けたんだろうか。単に慰めの言葉をかけて欲しい程度の気持だったので、そこまで本気で行動されてしまうと一歩引いてしまう。
「それの何が問題だ?」
「俺だけじゃなくて、冬馬もってことだぞ?芸能人なのにそんな事して、イメージダウンにならないか心配なんだけど……」
パートナーになろうと言ってくれたのは嬉しいけど、それで彼が世間から悪く言われてしまうかもしれない心配もある。
いくら書類上の事だとは言っても、世間の目はそう甘くはない。同性愛者というだけで差別的な目で見てくる人もいるくらいだ。
ただでさえ芸能界というのは厳しい世界だ、偏見を持つ人は一定数存在しているだろうし、こういう話題を出すこと自体憚られるというのに。
冬馬はケロッとした様子で平然としている。
「アキと俺のイメージダウンなんて、天秤にかけるほどのことじゃないと思うけど」
「いやいや、お前さぁ、ようやく役者の仕事が波に乗って来たんだから、こんな事で騒がれたりしたら……」
「その時はその時だ。アキと一緒なら怖いことなんて何もない」
「うーん、でもなぁ……」
正直、手放しに嬉しいとは言えなかった。俺はまだ自分がゲイだという事を周りにカミングアウトしていない、いや、出来ていないと言った方がいいか。
冬馬とパートナーになったとして、それを隠し通すのってかなり困難だと思う。両親にバレたらどうしようかとか、職場にバレたらとか、なにより、もし冬馬との関係を否定されたらって思うと怖くなる。
それに冬馬だってこの事を隠していて、いざ事務所やマスコミにバレでもしたら、ファンからの信用を失うことにだってなりかねない。
そう思うと簡単にOKすることは難しかった。
「俺と一緒になるのは嫌か?」
「嫌じゃないけど……つかさ、冬馬はホントにそれでいいの? お前、ゲイって自覚すらあんま無いじゃん、この先もしかしたら女の子と結婚したくなるかもしんないのに……」
「無いね」
即答されてしまった事に戸惑っていると、冬馬はフッと笑って続けた。
「俺はアキが一緒に昼飯食おうって、中庭のベンチで声を掛けてくれたあの時からアキ以外眼中に無いし……」
「いつの話だよ?」
「高校生の頃の話」
冬馬はそう言うと懐かしげに目を細めて笑った。
そう言われて思い出したことがある。確かあの時は彼が学校の中で孤立しているのを見て、放って置けずに声を掛けたんだっけ。
そんな事をまだ覚えているなんて思わなかった、だって特別な会話もなく、学校の中庭にあるベンチで一緒に飯を食っただけっていう、些細な出来事なのだから。
「よく覚えてんな、そんな昔の事」
「覚えてるに決まってる、あの日、俺は自分が寂しいって感情を持て余している事を知ったからな」
「へ……?」
「孤独だと思っていた自分に声を掛けてくれた人が居る、その事実に救われた気がした。それから俺がアキを想わない日は一日たりとも無い」
突然真面目なトーンになって語り出したかと思えば、急に恥ずかしいことを言い出すものだから顔が熱くなる。
ひょっとして俺が好きになるずっと前から、冬馬は俺の事を好きだったのだろうか。高校生の時の甘酸っぱい彼との思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
初めて手を繋いで下校した日、肩を寄せ合ってコーンスープを飲んだ日、一緒にイルミネーションを見に行ったクリスマスイブの夜、あれらのすべてが冬馬の気持ちを表していると言うのなら。
だとしたら俺はとんでもない鈍感野郎だ、冬馬の好意に全く気付かなかったのだから。
「アキは、俺と一緒になるのは嫌か……?」
「い……嫌じゃないよ、俺だって……」
不安そうな声色で聞いてくる冬馬に対して首を左右に振り否定すると、安堵した表情に変わった。
「だったら何も問題ないだろ?」
「でも、両親にも黙ってるのは気が引けるっていうか、俺一人っ子だから親に孫の顔見せてやれないし……もしバレて縁切られたりしたらどうしようって考えたら怖くって」
「そか……」
冬馬は困ったように頭を掻くと、俺を見つめて言った。
「じゃあ、アキのご両親に会いに行こうか」
「えぇ? なんでそうなるの?!」
「このまま有耶無耶にしてもいずれバレることだ、それなら早めに打ち明けてしまった方がいい。縁切られるようなことがあれば俺が守るから安心しろ」
「いやいやいや、ちょっと待てって! 飛躍しすぎだろ?! もうちょっと慎重に行動した方がいいんじゃないの?! ねぇ!!」
突然の申し出に困惑しつつストップをかけるものの、冬馬は決意を固めた様子で真っ直ぐ見つめてくる、それだけ覚悟があるって事なのだろうか、それとも事を軽く見ているのか判断が難しいところだ。まぁ冬馬が突拍子もないことを言うのはいつもの事だけどさ。
「俺も事務所にアキとパートナーになる事、報告するし」
「冬馬の親御さんは……?反対されるかもしんないよ?」
「うちは……どうにでもなるから」
そう言えば冬馬の両親の事ってなにも知らない、年末年始も実家に帰っている感じはしないし、家族の話を聞こうとしてもはぐらかされてばかりで教えてくれないのだ。何となく母親との仲が悪そうという雰囲気を感じるくらいで詳しくは分からない。
「とにかく、近いうち有休取って、俺もスケジュール合わせるから。アキの実家行こう」
「うぇぇぇ……マジで言ってんのかよぉ……」
「マジだ」
強い意志を持った目で見つめられて、観念してしまった。こうなってしまった冬馬を止められることなんて出来ないし、ここまで俺とパートナーになりたいという意志を見せつけられてしまうと、あぁ、俺の事そこまで愛してくれてるんだな、なんて嬉しくなってしまうんだからどうしようもない。
「わかった……でももうすぐ年度末で工場も忙しい時期だし、時間取れんの年度明けになっちゃうけどいい?」
「構わない、アキに仕事辞めろって言ったって無駄だろうし。」
「やーめーまーせーんー! 俺には工場で働いて給料稼ぐ以外の道は無いんですぅ!」
冗談めかして言うと、冬馬はフッと笑った。
「わかってるよ、アキは俺とフェアな立場で居たいんだもんな」
「うん……」
なんだか照れ臭くて思わず下を向く、冬馬は俺の事わかろうとしてくれている、それが凄く嬉しかった。
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