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第54話
結局あれからなかなか有休をとるタイミングが取れず、5月の大型連休に俺は冬馬を連れて実家に帰ることになった。
直前まで「やっぱり怖い」と駄々をこねていた俺だが、こういう時の冬馬の決断力と行動力には驚かされるばかりだ、ぐうの音も出ないほど言いくるめられてしまい、今こうして電車に揺られている。
両親はどんな反応をするだろう。息子が男の恋人を連れてきたんだ、驚いて言葉が出ないかもしれない。最悪拒絶される可能性もゼロではないし、緊張のせいか手に汗を握ってしまう。
そんな様子を察したのか、隣に座っていた冬馬が肘掛に置いてある俺の手をそっと握ってきた。
「大丈夫」
「……ごめん、まだ怖くて……、冬馬がいるから大丈夫って言い聞かせてるんだけど、でも親に拒絶されたらって思ったらどうしても不安になっちゃって……」
「分かってる、大丈夫」
安心させるように優しく声を掛けてくれる彼に感謝しつつ、窓の外を眺める。
景色の流れがいつもより早い気がする、駅に着くまであとどれくらいだろうか。年末に帰省した時はもっと穏やかに時間が流れていた気がするのに、今はまるで何倍速にもなったみたいに早く過ぎていくような気がしてならなかった。
始発に乗ってきたけれど、やっぱり長野は遠い。地元の駅を降りる頃には8時を回っていた。
冬馬と二人で田舎道を歩いて実家へと向かう。
そう言えば、前にハルを連れて家に帰ったこともあったっけな。あの頃はハルと付き合うなんてこと考えても無かったから、気軽に両親に“友達”だって紹介出来たんだよな、なんて考えると懐かしくなった。
「前にね、正月帰省するって言ったら、ハル君がついてきた事があってさ」
「また違う男、連れてきたって思われるかもな」
「ハル君、冬馬に似てたから、同一人物って思われるかもしれないよ?」
「そうなのか?」
「うん、凄くそっくりだった。整形で冬馬に似せたんだって、冬馬のルックスなら人生イージーモードらしいよ。」
「俺は全然イージーだと思ったことなんてないけどな」
そう言って冬馬は苦笑すると、俺の手を取って握り返してくれた。
緊張して少しお喋りになっていた俺を見て気を使ってくれたんだろうか、彼の掌は暖かくて、触れているだけで安心感を覚えさせられる。
しばらく歩くと実家が見えてきて、相変わらずリビングで何かしている母親の姿が窓越しでも確認できた。
門の前で立ち止まり深呼吸をしてからインターホンを押すと、ピンポーンと甲高い機械音が響く。
「おかえり~、急に連休帰って来るって言うからビックリしちゃったわよ、あらっ、お友達?」
玄関を開けるなり、母親はニコニコしながら出迎えてくれた。父親は今日もリビングに居るのだろうか、とりあえず母に冬馬を紹介しようと思い口を開く。
「えっと……」
しかし言葉が出てこない、隣にいる冬馬の目を見ると「ちゃんと自分で言え」と言わんばかりにジッと見つめ返される。その眼差しに後押しされて覚悟を決めると口を開いた。
「母さんたちに紹介したい人が出来たからさ」
「紹介?」と母親が首を傾げると、冬馬が一歩前に出る。そして深々とお辞儀をすると自己紹介を始めた。
「はじめまして、笠木と言います」
顔を上げた冬馬を見て母親がカチンと固まるのがわかった。
「え、ちょ、秋生、秋生! ほ、本物?」と動揺する母親に「本物」と返すと、彼女は更に驚いた表情をしていて「どうしよう、サイン貰わなくちゃ!」なんてワタワタし始める始末だ。
冬馬の前で恥ずかしいったらありゃしないが、突然家に有名俳優が来たらこうなるのも仕方がないだろう。
「母さん、玄関で立ち話もなんだからさ……上がってもらおうぜ」
「あ、そ、そうね! どうぞ上がってください……! すいませんねぇ、狭い家で何もないんですけどぉ!」
興奮気味の母親を横目に靴を脱いで家に上がると冬馬も後ろからついてくる。そのまま居間に入ると、父は相変わらずソファーに座ってテレビを観ていた。
「父さん、ただいま」
「おう、お帰り、秋生」
父親はチラリとこちらを一瞥した後、すぐに視線をテレビに戻した。
相変わらず愛想のない態度だけれど、これが俺たちの普通なので気にしないことにする。昔から口数は少ない方だったから慣れたものだ。
リビングのソファに座るよう冬馬を促すと彼も素直に従って座った。
テーブルを挟んで向かい合う形で座っている俺たちの間に何とも言えない空気が流れる。
両親は芸能人の友達を紹介するだけだと思っているらしく、興味津々といった様子だが俺達はこれからこの二人に交際宣言をしなくてはならないのだ。
ゴクリと唾を飲み込む。心臓がバクバク鳴っているのが分かるくらい緊張していた。
「あのね、二人に大事な話があるんだけど……」
「なになに~?」
俺の言葉に反応するように母が食い気味に顔を近づけてくる。
その様子を見て父もまたこちらを向いた。
意を決して口を開く。
「俺達、付き合ってるんだ。恋人として」
「……え?」
場の空気が一瞬で凍り付いたのが分かった、二人とも鳩が豆鉄砲を食ったような表情になっている。予想通りの反応だ。
そりゃそうだよな、自分の息子がいきなり男と付き合ってますとか言い出したらびっくりすると思うし、受け入れ難いことだと思う。
でもここで引くわけにはいかない、例え絶縁されても、俺は自分の気持ちを伝えておかなければならないのだ。
「今まで隠してたけど、実は俺、男が好きで……」
「はぁ……!?」
俺の言葉を遮るようにして母親の素っ頓狂な声が部屋に響く。信じられないといった感じの表情をしている彼女になんと説明したものか迷っていると、冬馬が横から補足してくれた。
「僕等、3年前から真剣に交際していて、今年、僕からパートナーになろうと秋生君に提案したんですよ」
「ぱー……となー……って、あなたそれ」
「はい、プロポーズしました。でも秋生君は中々返事をくれなくて、理由も、ちゃんとわかっています。彼が、ご両親にどう受け取られるかを、すごく真剣に悩んでいたから」
そこで言葉を区切ると、彼は真っ直ぐにこちらを見てきた。
何を言おうとしているのか察したのだろう、母親は困ったような顔をして俺を見る。それはそうだ、彼女からすれば寝耳に水の話だし、理解しろと言われても難しいだろう。
それでも言わなければいけないと思った。
「父さん、母さん……俺さ……俺」
息を吸って吐くを繰り返す、心臓の音がうるさいくらいに響いているのに頭は不思議と冷静で居られている事が不思議だった。
震える手でズボンを握りしめ、ギュッと唇を噛みしめてから言葉を続けた。
「ゲイなんだ」
沈黙が訪れる。二人の息を飲む音が聞こえた気がした。
恐る恐る顔を上げると、父親と目が合い、その瞬間に後悔した。やっぱり言わない方が良かったんじゃないのか、軽蔑されたかもしれない、そんなことを考えてしまって泣きそうになってしまう。
すると不意に温かい手が手の甲に触れた。見ると冬馬が微笑んでくれていて、彼は俺の言葉につづける様に口を開いてくれる。
「もちろん、俳優という仕事上、いろいろな声があることも覚悟しています。でもそれでも、僕は彼と一緒にいたいと思いました。自分の立場や仕事よりも、彼との関係を大切にしたいという気持ちの方が勝ってしまったので。どうか許していただけないでしょうか」
深々と頭を下げる冬馬の姿に胸が熱くなった、同時に自分の情けなさを感じて涙が出そうになる。こんなに真摯に向き合ってくれているのに、俺はどうして勇気が出なかったのか。
今更ながら自分の優柔不断さを痛感して情けなくなり俯くと、頭上から大きなため息が聞こえた。
見上げると父親が呆れた顔をして腕を組んでいる姿が見えた。呆れ、というよりは拒否に近い反応に見える。
「もうこの家に帰ってこなくていい、帰りなさい」
父親の口から出た言葉は冷ややかなものだった。予想していたはずなのに、いざ言われると心にグサリと突き刺さって息が苦しくなってくる。視界が涙で歪んでいくのが分かった。
「お父さん、ちょっと……!」
父親はソファーから立ち上がると何も言わずに部屋を出て行ってしまう。母親はすぐにその後を追って行って、暫く廊下から父親と母親の言い争うような声が聞こえたが、父親は玄関を出ると車を出してどこかへ行ってしまい、母親だけがリビングに帰ってた来た。
「ごめんね、お父さん怒っちゃって……」
「いいよ、母さん。俺達が変なこと言ったから……」
申し訳無さそうに眉を下げる母親に笑顔を作って見せると彼女も少しだけホッとした表情を見せた。
「じゃあ俺等、帰るから」と立ち上がろうとした時、母親が「待ってよ」と引き留めてきた。
「泊るつもりで来たんじゃないの? 連休は休みなんでしょう?」
「あー……うん、でも迷惑掛けられないし、父さん帰ってきたらまた気まずくなっちゃうかもしれないし」
「そんな事言わないで……せっかく帰ってきてくれたんだもの、ゆっくりしていきなさいよ。」
優しい口調で言われてしまうと断ることが出来なくなってしまう。
「母さんは気持ち悪いとか思わないの?その……俺が男同士で付き合ってるって聞いても……」
「秋生がゲイでも何でも、私の子なのには変わりないわ。自分の子を気持ち悪いなんて思うわけないわよ」
その言葉に胸が締め付けられるような思いになった。涙がこみ上げてくるのを感じた瞬間、母親に背中を優しくさすられ、堪え切れず嗚咽を漏らしてしまう。
「ごめ……ありがと……」
涙を拭いながらお礼を言うと母親は微笑んだ。
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