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第55話

 その夜、夕食時に父が帰って来ることは無かったが、母親と冬馬と俺の三人で食卓を囲むことにした。  思ったより切り替えが早いのか、母親に根掘り葉掘り冬馬との馴れ初めを聞かれてしまったが、これはこれで楽しいひと時だった。 「へぇ、高校の頃からの付き合いなのねぇ、秋生が二重契約で一緒に住むことになったって言ってた人が、冬馬君だったなんて知らなかったわぁ」 「母さん何も聞いてこないしさ、別に言う必要もないかなと思って」 「何よぉ、普通ルームメイトがTO-MAだったら言うわよねぇ? 冬馬君」 「はぁ、まぁ……」  茶碗の中のご飯をパクパクと食べながら母親が、向かいに座っている冬馬に強引に同意を求めると、冬馬も曖昧に頷いた。  俺以外の人間とコミュニケーションを取ってる冬馬を見るのは初めてかもしれない。 「そうよねぇ? ほら、言わない秋生が変なのよぉ」 「いや、母さん、圧力かけて冬馬に同意させないでよ」  前にアパレルの店員に話しかけられた時は固まったまま動かなくなっていた冬馬だが、今日はそう言う事もなく、母親の言葉に対して彼なりに愛想よくしているのを見ると嬉しくなった。  テレビとは違う彼を見ても、母親は特に何も感じていないらしく楽しそうだ。 「ごめんごめん、つい、ねぇ~」 「いえ、お構いなく……」  終始こんな感じで食事を終えた後は、子供の頃に使っていた俺の部屋に冬馬の布団を敷いて、その上に並んで座り、風呂に入る時間になるまで二人でのんびりすることにした。 「アキの母さん、楽しい人だな」 「そうかぁ? 昔っからあんな感じだし、変わってると思うけど」 「そんな事ない、理想の母親って感じする」 「理想ねぇ……」  布団の上で膝を抱えて座っていた冬馬は俺の方を見ると微笑む。その表情を見ているとなんだか恥ずかしくなってきて、目を逸らそうとした瞬間に、肩を引き寄せられ抱き寄せられた。 「ちょ……冬馬……」 「あの人からアキが産まれてきたって思うと、大事にしなきゃなって思えてくる」  耳元で囁かれるように言われた言葉に顔の温度が上がる、恥ずかしさを隠す為に腕の中でモゾモゾ動いてみるけれど、彼は放す気が無いらしく、閉じ込める様に強く抱き締めてきた。 「苦しいってば……」 「もう少しこうしていたい……駄目か?」 「ぅぅん……」  甘え上手なんだからな、もう。と心の中で呟いて背中に腕を回すと、彼も体勢を変えて布団の上で抱き合うように横になった。 「ふふ……少し暑いな……」 「うん、でも……離れたくないね」 「そうだな」  冬馬の手が頬に触れる。その手つきはとても優しくて心地が良い。  目を閉じると唇に柔らかいものが触れ、啄ばむ様なキスを繰り返した後、舌先が入り込んでくる感覚に身体が反応した。  チュ、チュ……とキスをしていると、階段をトントンと誰かが上がってくる音が聞こえてきた。  慌てて身を離すと、扉がノックされ母親が入ってくる。 「お風呂、湧いたから順番で入っちゃってね」 「ぁ……う、うん、わかった」 「あら……あらぁ~? んふふふふ」と意味ありげな笑みを浮かべる母親に「なんだよ」と尋ねると、彼女はニマニマしたまま扉を閉めた。  俺達がいちゃついているのを察したのか、ただ単に揶揄おうとしただけなのか……。どちらにせよ恥ずかしい。  火照った顔を冷まそうと両手で扇いでいると、冬馬がクスクス笑いながら頭を撫でてくる。 「続きは後で、だな」 「バカ……」  悪戯っぽく笑う彼を軽く小突くと、今度は額にキスを一つ落とされた。 ───────────────……  翌日、俺達は母親にお礼と挨拶を済ませた後、家を出た。父親は昨夜深夜に泥酔した状態で帰ってきたらしく、朝になっても顔を合わせることは無かったが、また拒絶されると悲しいなと思ったので顔を合わせずに出て行けたのは良かったのかもしれない。  駅までの道のりを歩きながらふと空を見上げると雲ひとつない青空が広がっている。春が終わりを告げようとしている季節ではあるが、今日は気温が高く過ごしやすい気候だ。  隣を歩く冬馬の横顔を見上げると、視線に気づいた彼がこちらを向いて微笑んだ。 「どうした?」 「うん、カミングアウトしちゃうと、こんなことにスゲービビッてたのが嘘みたいだなって思って」 「ああ、確かに」 「母さんは俺達の事認めてくれたっぽいけど、父さんは駄目だったね」 「そうだな……、まぁ、受け入れられないことだってあるだろ」 「……だよなぁ」  昨日のことを思い出して憂鬱になる気持ちを誤魔化すように相槌を打つと、冬馬が手を握り指を絡めて来た。 「事務所にはもう言ったの?」 「うん、もう言ってある。マネージャーはカンカンで、公表は絶対しない、だってさ」 「そっか、バレないようにしないといけないね」 「俺はバレても良いんだよな……そしたら堂々と出来るわけだし……」 「バカ……」  照れ臭くなって俯くと繋いだ手に力が込められた。 ───……  帰りの新幹線の中で、うとうととしていると、スマホにメッセージの着信が入ったらしく振動した。ポケットから取り出して確認すると、送信者は母だった。 『父さんも謝りたいって言ってるから、また遊びに来なさい。TO-MAくんも一緒にね』  その一文を読んで笑みが溢れる。きっと父親も色々と悩んで苦しんだに違いない、そう思うと罪悪感を感じたが、それ以上に嬉しさが込み上げてきて仕方がなかった。  隣に座る冬馬にもメッセージを見せると、彼も嬉しそうな表情を浮かべているのが見えた。 「今度は、冬馬のご両親にご挨拶に行かなきゃだね」 「いや、うちはしなくても良いよ」 「……なんで、冬馬のご両親には言わないの? パートナーになるって、そういうことなんじゃないの?」  俺の言葉に冬馬は複雑そうな表情を浮かべた。  あまり触れられたくない話題のようだが、聞かないことには始まらないだろう。  じっと彼の言葉を待っていると、諦めたようにため息をついて話し始めてくれた。 「……ごめん。でも、俺の母親は、言って“祝ってくれる”ような人じゃない。言ったって、きっと混乱するだけで、何もいいことにならない。それに……たぶん、俺が幸せになることすら、受け止められない人だと思ってる」  冬馬はそう言って目を伏せると、それ以上は何も話そうとしなかった。  以前冬馬が「知りたいと思ったら、際限ないだろ」と言っていた事を、ふと思い出す。俺も欲張りになってしまったのだろうか、彼の両親の事を知りたがってしまう自分がいることに気づいてしまった。 「でも……それって、悲しくない? 俺は、冬馬の家族にも“大切にしてる”って伝えたいよ」 「……そう思ってくれるだけで十分。家族って、伝えれば分かり合えるって思えるアキが、ちょっと羨ましい」  窓の外に視線を向ける彼の表情からは何を考えているのか読み取ることが出来なかったけれど、胸の奥がざわつくような感覚を覚えた。 ───────────────……

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