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1年・春(1)

――なんなん大学(ここ)、異世界やん! 聞きなれない標準語に戸惑いながら入学式の会場へ足を踏み入れた高遠 暁音(たかとおあかね)は、周りをきょろきょろと見渡した。 カラフルな髪色とスーツに囲まれながら少し不安に思っていると、同じく似たような心配そうな表情を浮かべた男――近江 悠(おうみはるか)と目が合った。 すす、と近寄って小さな声で声をかける。 「……あなたも関東の人や、でしょか?」 標準語がいまいち分からず変なしゃべり方になる暁音に、目を丸くしたあとケラケラと明るく笑った。 「あっはは、しゃべり方やーばぁ!多分やけどおんなしやで。関西やろ?」 「…!せやねん。関西!あー、よかったー。標準語しか聞こえへんから異世界転生したんかと思っとったぁ。」 暁音がため息をつくと悠がまた笑う。 黒い髪が会場の中を抜ける風に揺れて、髪に隠れた薄茶色の目がしっかりと見えた。 「はは、そこまでちゃうやろ。俺、経済学部の近江 悠。ハルでええで。」 「え、ほんま?俺も経済学部!高遠 暁音!なかよぉしてなぁ!」 二人の出会いはそこから。 あっという間に仲良くなって、昼も夜もなく一緒にいた。 はじめて髪を染めたのも二人で、一緒に美容院へ行って仲良く並んで同じ髪色にした。 何をするのでもふたりですれば楽しかった。 とっている授業も同じで、同じ道を歩きながら悠が少し先を歩く。 その悠がくるっと後ろを振り向いて、じっと暁音の顔を見る。 「なぁ暁音、今日俺んちこぉへん?」 「えぇけど、どしたん?なんかあったん?」 あー、と若干言いづらそうに「外では言えへん…」と俯く悠の肩を抱いて「ほなさっさと行こかー!」と元気よく歩き始める。 大学で仲のいい友人ができたあとも暁音にとって悠が一番だった。 その悠が元気がないなら自分が元気づけてあげなくてはと、そう思っていつもより明るく振舞う。 夏になる手前、蒸し暑い梅雨の合間の晴れの日のこと。 *** ガタッと悠の家のテーブルが揺れた。 「好き、って、恋愛的に…?」 こくんと頷く悠が別人のように暁音の瞳に映る。顔を赤くしているのは夕陽のせいではないはず。 「えーっと、悠がゲイなんは分かった、それは全然ええねん。  俺か、俺んこと好きなんかぁ…んー、んー…」 「ちょぉ待て、そんな悩むことあれへんって!俺が言いたかっただけやもん。  応えてほしいほしいとか思ってへん、聞いてくれただけでええの!」 「はぁ!?そんなん不誠実すぎるやろ、ちゃんと答えだすって。  今すぐとかは無理やけど、ちゃんと出すから待っとって」 な、と微笑む顔に悠の胸がぎゅっと詰まる。 自分がゲイだとカミングアウトしてそれを受け入れたうえ、告白まで真摯に受け止めて答えを出そうとする暁音を心から尊敬した。 告白してから3日。 返事を待つ間も暁音は普段と変わらない態度で、悠の心だけがざわざわとしている。 「ハルんち今日行ってもえぇ?」 「えぇ、けど…」 普段から距離の近い暁音に胸が高鳴る。 期待したくないのに期待してしまう自分の心にブレーキをかけたいのに、壊れてしまったかのように心がはやっていく。 告白して以来3日ぶりの悠の家。 無言が続くのが耐えられなくて悠が大きく深呼吸するのと同時に、暁音が話し始めた。 「俺さぁ、3日間ずっと考えててんやん。普通にしとったつもりやけどどやった?」 「めっちゃ普通、ほんまめっちゃ普通やった。」 「やろ?……ハル、俺んとこおーいで」 「なっ、なんそれぇ…」 行くに行けない悠を見兼ねて近くに寄る。 顔の赤い悠の頬に触れて目を見ると、目線だけを横にずらして目を合わせないように少し目を伏せた。 「悠、ちゃんと目ぇ見て」 「はるかって、なん、なんで名前…っ」 目を合わせると真面目な顔をした暁音が映る。 薄く笑うその顔がたまらなく愛おしくて、見ているのが辛い。 「3日も待ってくれてありがとお。俺もハルのことめっちゃ好き。  ちゃんと考えて出した答えやから俺の事信じて?」 「…ん、うん、うん…っ、嬉しい…あかん、夢見とるみたいや…。」 「はは、夢ちゃうって」 それから顔が近付いて唇が触れた。 一度離れてもう一度と何度か触れたあと、舌が絡まる。 ようやく離れたあと暁音が悠を見て笑う。 「顔赤ぁ、つられるって」 「わざとしてんちゃうもん…」 無言のあともう一度触れて、暁音が無邪気に笑った。 悠が暁音に抱きつくと片手は抱き締め返してきて、もう片手で悠の髪を撫でる。 「染めとんのに髪さらっさらで気持ちえぇなぁ。俺の髪バシバシやで?」 「暁音はそれでえぇの、それが好き。」 「えぇ、この傷んどんのが好きなん?」 悠の髪に頬ずりしながら暁音が聞く。 顔を少しあげて上目遣いで首を横に振ると、暁音の唇が何度も悠に触れる。 「んぅ、も、待って、何回するん…」 「唇ふにふにで気持ちえぇんやもん。  あー、でもあかん、やめとこ。勃ってもた」 「勃っ…!?ちょ、……っんん…」 ――やめとこって言うたやんっ 言葉にならないまま暁音の舌を受け入れて、ぎゅっと暁音の服をつかんだ。 「あかーん、止まらへんのやけどぉ。俺童貞ちゃうのにぃ。」 「あかんはこっちのセリフやドアホ!付き合うた初日になんぼほどすんねん!」 「したらあかんの?」 「あかんことないけど、ないけどもうあかん…唇腫れてもうたらどぉすんの…」 テンポよくポンポンと互いに言葉が出る。 はー、とわざと分かりやすくため息をつく暁音を覗き込むと、にやっとした顔を悠に向けた。 馬鹿にしたようなしたり顔に少しむっとして立ち膝でぎゅぅ、と顔ごと抱きしめると苦しそうな暁音の声。 暁音の髪からシャンプーの匂いがして顔を寄せる。 「ん、暁音の髪めっちゃえぇ匂いする、なに使てんの?」 手を離して声をかけると上を向く。 その顔がかっこよくも可愛くもあってどきっとする。 「えー、笑わへん?」 「なんでシャンプーに笑う要素あんねん」 「だって俺使てんの女モンのやもん」 ふは、と変な笑いが出て暁音が「ほらぁ!」と声をあげた。 もう一度顔を寄せて匂いを嗅いで、今度は苦しくないように抱きしめる。 ――あー、めっちゃすきぃ… 「ハルの考えてること当てたろか。めっちゃすきーって思ってたんちゃう?」 「はぁ?きっしょ。なんで当ててくんねん」 「そういうんはちゃんと口に出さんと伝わらへんで?言うてみ?」 「人の考えとること当てといて何言うてん。  伝わっとんのやで言わへんでええやん。  ……嘘、めっちゃすき。付き合えたんほんま嬉しい。」 抱きしめる手に力が入る。 暁音も抱き返してくれることが嬉しくて暁音の髪にキスをした。 「当たり前やねんけどさぁ、ハルって男なんよなぁ。  ひっついとっても胸ないし、声はまぁ高い方やけど男声やし。」 「なん、どしたん急に。ひっついとったら嫌んなった?」 「ちゃうって、そんな不安そうな声やめぇや。男やのにかわええなぁって思っとったの!  そんなすぐ嫌んならへんって、ほーんまアホやなぁ」 悠を見上げて困ったような笑顔に胸が締め付けられる。 暁音の頬をつまんで少し力を入れると「いーたーいー」と抗議の声。 頬を掴んだまま暁音の唇にそっと触れた。

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