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1年・夏(1)

「あーっつぅ…ハル体温高すぎちゃう?」 「ほな離れろやぁ…」 教室の机に二人で伏せながら交互に団扇を仰ぐ。 教室の入り口には<エアコン故障中>の文字と脇に置かれた団扇。 「こんな団扇でこの暑いの耐えろって無理すぎやろぉ……」 「今日の気温35度超えるらしいで…  てか俺ら以外この授業サボっとんの?  誰もいてへ……ん?なぁ暁音あれ読める?」 指さした先にはでかいモニター。そこに貼られた小さな紙。 眉間に皺を寄せて暁音が見る。 「あんなちっこいのん読めへんて、前行こ」 二人でガタガタと椅子を揺らして前へ移動する。 最初に立ち止まったのは暁音で、その背にぶつかりかけて悠が止まる。 「なに、どしたん」 「ハルちゃん、帰ろか」 「はぁ?講義はどないすんのん」 読んでみ、と貼られた紙をぺりっと剥がして手渡す。 <この教室は使用禁止です。統計学の授業はBホールで行われます。> 「はぁー!?こんなん知らんし!なんそれぇ。  なんっでこのご時世に紙やねんあのハゲチビ!  しかもこんなちっこい紙て!分かるかぁ!  せめてメールで送ってこいやぁ…あぁもぉ大きい声だすんもあっつぅ…」 「ハルちゃん口わっるぅ、こわぁ。  せんせぇのことハゲチビって…  まま、気を取り直してボクと帰りましょ、ね?」 悠の肩を抱いて誰もいない教室で頬にキスをする。 軽く暁音の額を小突いて教室を出て、団扇を仰ぎながら大学を出た。 ピッ、と高い音と共に大きな音を立ててエアコンが稼働する。 床には適当に置いたリュックが2つ。 「コーヒーでえぇ?」 キッチンでコーヒー缶の蓋を開けながら悠が声をかけると、ソファーから暁音が近寄ってきて後ろから抱きしめる。 「あんまぁいのやったら飲むー。ハルのコーヒー苦いんやもん」 「そういうと思って暁音好みのコーヒー買うてますぅ。  ちゃーんと牛乳に合うやつ買うてんから、俺に感謝しー?」 「んま、さっすがハルちゃん!愛してるぅ」 コーヒーの粉を入れながら後ろから抱きつく暁音に軽くもたれる。 暑いだなんだと言いながら二人でいるとベタベタとくっつき合う。 「もー、邪魔やなぁ。  そこにいてんのやったら氷とってー」 「あいあい、あーいどぞー」 純度の高い透明な氷がグラスの中でカランと涼し気な音を立てて、悠の手に渡る。 熱いコーヒーを注がれた氷にヒビが入ってピシッと音がした。 「俺さぁコーヒーの匂いしたらハルのこと思い出すねんか。  自分とこじゃ飲まへんけどさ、街中でたまにするやん?  そんとき 会いたいなぁ って思うんよなぁ」 「ふふ、なんそれぇ。こんないっぱい一緒いてんのに?」 牛乳を暁音用のコーヒーに注ぎながら悠が笑う。 抱きしめる力が少し強くなって悠の髪と暁音の頭がこつんとぶつかった。 作ったばかりのコーヒーとカフェオレは飲まれることなく、キッチンに置かれたまま。 その隅で唇を重ねて、カフェオレから氷のずれる音がした。 焦らせないように悠のペースで、と思いながら付き合って1ヶ月半。 悠から身体全てを許されることはなく、互いに触り合うような関係だけ続いていて今日もそうなんだと半ば諦めのような気持ちで悠を見る。 顔を赤くした悠と目が合って見つめ合っていると、遠慮がちに悠が口を開いた。 「なぁ、暁音は俺とまだシたい…?」 「それはなに、セックスしたいか聞いてんのん?」 「ん、うん。男同士なんはもうさんざん触ってるし分かっとると思うけど。  実際ヤッてみたらちがう、とか勃たへんとかあるかもしらんやん…?」 いつもならすぐ逸らす目がまっすぐ暁音を見る。 前髪で多少隠れているとはいえ、薄茶色の瞳が暁音を映して反射する。 「まーだそんなん言うてんの?  したいって、当たり前やん。男とか女じゃないねんて。  好きやから触りたいの、その延長やん。」 「俺も…俺も暁音と、したい、な、って。」 「え、ほんま?無理してへん?」 してへん、と少し大きな声で悠が言うと正面から抱きしめてきらきらした顔で暁音が笑う。 「うれし!あ、ちょぉ待って、違うねん  からだ目当てとかじゃないねん、それだけじゃ…んぇ…」 話してる途中で暁音の口を塞ぐ。 優しく離れる唇を追いかけるようにキスをして、悠の頭をぐいっと引き寄せる。 服の中に入り込んでくる暁音の手を掴んで、首を横に振る。 「先シャワー浴びないと汗!……あと準備させてや……」 「あぁ、準備…、飯食う直前で待てされとる犬の気分や…」 ごめん、と謝る悠の頭をくしゃくしゃと撫でて暁音が先にシャワーへ向かう。 「もう待たんでええんやろ?  ハルちゃんはラブホ仕様にベッドメイキングでもして待っとってや」 「もお!はよ行ってき!スウェット用意しとくから履いて出てくんのやで」 あいあーい、と笑いながらキッチンの奥の脱衣所を閉める。 一人になってベッドをなおしていると急に手が震えた。 はじめてのセックスでもないのに緊張と期待なのか、それとも失望される恐怖なのか。 暁音と付き合い始めたときに買ったローションとコンドームをベッド脇へ置いて、このあとのことを少し考えて顔を赤くする。 ――何考えてん自分… 普段は明るい暁音のたまに見える男性的な表情が好き。 でも普段のふざけた性格も好き。 したい、やりたいと口では言いながら一か月以上待ってくれる優しいところも全てが好きで仕方がない。 せっかく綺麗にしたのにベッドへ突っ伏して足をバタバタと動かす。 「ハルちゃん何してんの、そんな動きセックスではせえへんで。」 「へぁ!?あがんのはやない!?てか上!上もあったやろ!なんで着てへんの!」 「暑いんやもぉん。パンイチで出てこぉへんかっただけ褒めてほしいわぁ  ほらハルちゃんも入ってき?はよハルちゃん抱きたいわぁ」 アホ!と大きな声で言ったあと、照れ隠しに大きな音で脱衣所のドアが閉まった。

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