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第4章-2 断言 ― 言葉で縛る檻
―― 俺以外は許さねぇ
⸻
縁談の封筒を机に置いたまま、俺は部屋の隅に座り込んでいた。
街の灯りが窓から滲み込み、封筒の端だけを照らしている。
「……正解は、向こうにある」
頭では分かっている。
Ωならαと組めば安定する。
家も、仕事も、未来も保証される。
けれど胸の奥では、別の声が響いていた。
――従え。
――立て。
――三分で。
春臣の声が、記憶から鎖みたいに絡みつく。
⸻
「何を迷ってんだ」
机の向こうから声が落ちた。
春臣が書類を閉じ、椅子に背を預ける。
「……縁談のことです」
震える声で答える。
「俺がαと番になれば、きっと――」
「くだらねぇ」
一言で遮られた。
机の上のペンが小さく転がり、音が空気を裂いた。
春臣は立ち上がり、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
足音が一つずつ近づくたび、封筒の重みが軽くなっていった。
「番になりたいなら、そうすりゃいい」
冷たい口調。
けれどその瞳は、俺を逃さない。
⸻
春臣の手が、封筒を拾い上げる。
指先で紙の角を折り曲げ、音を立てて戻す。
「こんなもんで揺らぐなら――お前は俺のもんじゃねぇ」
言葉が胸を貫いた。
痛いはずなのに、なぜか安堵も同時に落ちてくる。
「……違います」
喉が勝手に動いた。
「俺は……」
最後まで言えなかった。
声が震え、涙が邪魔をする。
春臣は俺の顎を掴み、視線を固定させた。
「行きたきゃ行け」
短い断言。
「けど、俺以外は許さねぇ」
⸻
世界が揺れた。
拒絶と独占が同時に突き刺さる。
正解も未来も、すべて否定される。
それなのに――胸の奥で「安心」が膨らんでいく。
矛盾している。
でも、この矛盾こそが俺を生かしていた。
春臣の指が顎から離れる。
代わりに、言葉が残った。
「お前は俺の檻の中にいればいい」
⸻
縁談の封筒は机に放られたまま。
紙の白がやけに薄暗く見える。
未来の“正解”よりも、
この断言の方が、ずっと強かった。
俺は、もう檻の外には行けない。
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