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第11話
変化に気付いたのは偶然だった。
男性の妊娠を安定させるため、と処方されている薬を『この薬、せめて甘ければ飲みやすいのになぁ…。』と思いながら見詰めていた時、フワッと掌が柔らかく光ったのだ。
それは魔族が力を使う時のような光。
なんで俺に…?と暫しの間、頭には『?』が浮かんだが、思い至ってハッとした。
居るのだ。魔族が、俺の腹の中に。
俺は既に妊娠4ヶ月に達していたので、子供はどうやらもう充分に魔族だったらしい。
それから渡されていた魔族の本を片っ端から広げる。
どこか…どこかにあったはずだ……。
翼を具現化する印章の刻み方が!!
それは賭けだった。
自分では背中に指が届かないので印は横腹か肩に刻むしか無かった。
肩に刻んではもしかしたら腕に影響して腕がもう使えなくなるかもしれない。でも横腹に書いたら…この子が危険に晒されることがあるのかもしれない。
そう思って印を刻むのは肩に決めた。
そこまで決めて、自分の変化に気付いた。
足の代わりに翼を得て、でもその代わりに腕を失ったら、俺は結局配送の仕事ができなくなる。
ましてやこの子は俺を犯した魔王の子。
それなのに俺はこの子のために、残された腕まで犠牲にしようとしている…?
悩んだが、それでも横腹に印を刻む決断はどうしてもできなくて、俺はこの子と2人、ここから出て行くことを決めた。
空を飛ぶのは初めてだから、風が弱くて晴れた日がいい。
できれば低い場所から飛び立ちたかったけど、俺が出れる低い場所は魔王が連れてきてくれるこの空中庭園が精一杯だ。
俺、本当にここから飛ぶのぉ…?
魔王に庭園に連れてきてもらう途中、眼下には魔国の街並みが視界いっぱいに広がっていた。
え、高い…。と思ったけど、普段生活してる部屋は…と出てきた魔城を振り返る。
が、あ、ダメだ。
めちゃくちゃ高い。
人間の世界では俺の国でも『世界で1番高いタワー』が数年前に建造されたが、あれって魔国を含んでのランキングでは無いのだろうな…。魔城…たけー……。
少しひよりながらも、魔王に悟られないよういつものように庭園内の温室で食事を取ってから2人で散歩をする。
車椅子を押すために魔王が付きっきりなので心配していたが、東屋で休憩をする際に俺が「喉が渇いた。水を持ってきてくれ。」と、頼むと魔王は快く俺の傍から離れた。
その隙に上半身の服を脱ぎ捨てて本で読んだように力を込める。
1度だけ部屋で試してしっかりと翼が出たことは確認した。思ったよりもずっと大きくて、羽ばたきに吹っ飛ばされた部屋の物を片付けるのが本当に大変だったけど。
あの時と同じように力を込めるとズルズル…と俺の肩から烏のように黒い翼が現れる。
そこはやっぱり魔王の子供なんだよなぁ…、と思いながらも、バサッバサッと風を巻き起こして空に飛び立つ。
俺は空なんて飛んだことが無いから分からないはずなのに、本能で翼を打つ感じが『この子が俺を助けてくれてる』とも感じて心強かった。
空中に浮上する途中、俺のために水を取りに向かう魔王が異変に気付いたのかこちらを振り返って目が合った。
ギクリとした俺は急いで旋回してとにかく魔城とは反対方向に向かう。
その途中、何か透明な膜をくぐった感じがしたのだが、振り返っても特に何も無いし、体を見ても何も起こっていない。
疑問に思いながらキョロキョロと辺りを見回していると、魔城の下の方から蜂の群れのようにワッッと魔族の兵士たちがこちらに向かってくるのが見えた。
どうやら俺がくぐったのは魔城警護のセンサー膜だったらしい。
大慌てでとにかく懸命に翼を打つ。
追いかけてくる兵士たちが杖を構えているのを見て肝が冷えたが、彼らが攻撃を仕掛けてくることはなかった。
代わりに見えたのは、兵士の向こうで俺を見詰める赤い瞳。
魔王は怒るでもなく、悲しむでもなく、ただ呆然と、兵士の向こうで俺を見つめていた。
最後まで俺を労わっていた魔王の姿に少しばかり良心が傷んだけど、決意が鈍らないよう、振り切るように背を向けた。
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