38 / 80

08-3 好きになってしまうじゃないか(3) 会場を揺るがす戦い

轟音と共に大剣が振り下ろされた。 将軍ガルドの一撃は、岩をも粉砕する剛剣。 その軌跡に巻き込まれれば、普通の戦士などひとたまりもない。 だが、レオンハルトは涼しい顔で片手を突き出した。 金属と金属が激しくぶつかり合う音――と思いきや、驚くべきことに、彼の手に握られたのはただの木剣だった。 「なっ……!」 観客が息を呑む。 ガルドの大剣は、木剣に受け止められたまま微動だにしない。 筋骨隆々の将軍の顔に、初めて驚愕の色が浮かんだ。 「ぐぬぬ……! 力では……負けておらんはず……!」 「いや、充分すげえよ」 レオンハルトは木剣を軽く押し返し、にやりと笑う。 「普通なら俺でも押し潰される一撃だ。ただ――力だけじゃ勝負は決まんねえ」 次の瞬間、彼の身体が霞のように動いた。 観客が目で追えぬ速度で、木剣がガルドの足元を払う。 「ぐあっ!」 巨体が派手に転倒し、土煙が上がった。 会場にどよめきが走る。 「……な、なんという……!」 「将軍様が倒されたぞ!」 「謎の戦士、まさか聖者様では……!?」 ざわめきはやがて大歓声へと変わっていった。 ガルドは大地に手をつき、しばらく沈黙した。 やがて、腹の底から響くような笑い声をあげる。 「はっはっは! 見事だ、聖者殿! いや、謎の戦士よ! これほど爽快に打ち倒されたのは初めてだ!」 彼は潔く敗北を認め、レオンハルトの手を高々と掲げた。 その瞬間、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。 「優勝者――謎の戦士!」 司会の声が響き渡る。 ユリウスは観覧席からその光景を見つめていた。 胸の奥で様々な感情が渦巻く。 (あいつは……やっぱり特別だ) 誇らしさと安堵、そしてほんの少しの不安。 聖者という立場を超えて、彼は人々の心を掴んでしまう。 だから、万一、自分以外の誰かが彼を奪っていってしまったら。 そう考えると、胸がきゅっとしてしまう。 「ユリウス様」 隣でルカが小声で囁く。 「誇らしいですね、レオン様は」 「そ、そんなこと……」 慌てて否定しようとするが、顔は熱くなる一方だ。 ユリウスは視線を逸らし、群衆の歓声を聞きながら小さく呟いた。 「……レオン、ずっと私の側にいて……」 その言葉を、ルカだけが確かに聞き取っていた。 **** 表彰の場。 布の頭巾を取ったレオンハルトが壇上に現れると、民衆から再び大歓声が巻き起こった。 「やっぱり聖者様だったか!」 「かっこいい!」 「ユリウス陛下に次ぐ国の誇りだ!」 人々の賛美の声を受けても、レオンハルトはどこか気恥ずかしそうに頭を掻いた。 「……ったく、余計な目立ち方しちまったな」 だがその横顔は、太陽の光を浴びて眩しいほどに輝いて見えた。 壇上から観覧席を見上げ、ユリウスと視線が交わる。 ユリウスは思わず立ち上がってしまった。 彼の心臓は早鐘のように鳴り響く。 (……おめでとう。レオン……) ユリウスは、割れんばかりの観客の歓声の中、内なる胸のドキドキをいつになく心地よく感じていた。

ともだちにシェアしよう!