56 / 80

11-4 もうどこにもいくなよ(4) 王の涙と祈り

王城。 広間に差し込む陽光はいつもよりも淡く、城内は不安に満ちていた。 地下迷宮から魔物が溢れ出すとの報告を受けてから、王都は緊張状態に置かれていたのだ。 市民は避難を急ぎ、兵士たちは防衛線を敷く。 その中心でユリウスは、じっと祈るように立っていた。 「……レオン、大丈夫だろうか」 誰にも聞かせるつもりのない呟きが漏れる。 ルカが一歩進み出て、静かに頭を下げた。 「陛下。現地からの伝令です。聖者様が到着し、既に状況は収束に向かっているとのこと」 「ほ、本当か!?」 ユリウスの瞳が輝き、胸を撫で下ろす。 しかし、次の瞬間、ルカは言い淀んだ。 「……ただし、一時は崩落に巻き込まれ、消息不明という報告も……」 その言葉を聞いた瞬間、ユリウスの顔から血の気が引いた。 「……そんな!」 体が震え、膝が砕けそうになる。 「陛下!」 慌ててルカが支える。 (レオンが……消息不明……?) 頭の中でその言葉が反響する。 胸が締めつけられ、視界が滲む。 普段は決して涙を見せない彼が、この時ばかりは声を抑えきれず、嗚咽を漏らした。 「……嫌だ……そんなの……」 ルカは、静かに殿下の肩に手を置いた。 「陛下……」 彼は知っていた。 ユリウスがどれほど聖者を想っているのかを。 **** やがて、城門が騒がしくなった。 「帰還したぞ!」 兵士たちの声にユリウスが顔を上げる。 扉を開き入ってきたのは、ロイだった。 すぐさま、ユリウスは問いかける。 「レオンは、レオンハルトは無事なのか?」 ロイが答える前に、その者は現れた。 「無事に決まってるだろ?」 土埃まみれで、本人とは見紛う姿。 しかし、声色ですぐに本人とわかった。 「……レオン……!」 駆け寄るユリウス。 彼を見つけたレオンハルトは、にやりと笑った。 「泣いてた? 可愛い顔が台無しだぜ」 「う……っ!」 怒りと安堵と羞恥が混じり、顔を真っ赤に染めるユリウス。 「誰が泣いてたって!」 「いやいや、俺のために泣いてくれたんだろ? 嬉しいなぁ」 「ち、違う! 全然違う!」 必死に否定するが、声は裏返り、涙の跡が頬に残っている。 ルカが小さく咳払いをして場を和ませた。 「では、詳細な報告をお願いします」 **** 広間にて、ロイとマーラが経緯を説明する。 ダンジョンの異常な膨張、罠の存在、そして最後に地上からの拳で出口を崩壊させたこと。 重臣たちは一様に言葉を失い、やがてざわめいた。 「拳で……地形を変えたと?」 「そんな馬鹿な……しかし現に……!」 驚愕と称賛が入り混じる。 一方でユリウスは、報告そっちのけでレオンハルトを見つめていた。 (無事でよかった……。本当に、よかった……) ふと、視線が重なる。 レオンハルトがにやりと笑い、唇を動かす。 ――「俺のこと、好きなんだろ?」 ユリウスの顔が真っ赤に染まった。 「う……っ!」 慌てて目を逸らすが、胸の鼓動は早鐘を打つばかり。 ロイは、そんな二人を遠目で、うんうん、と満足気に見つめていた。 **** 夜。 ユリウスは自室に戻っても、眠ることができなかった。 ベッドに座り込み、頬を押さえる。 「本当に、泣いてしまった……。皆の前で……」 羞恥にうずくまるが、同時に心の奥底から湧き上がる感情を抑えられない。 「……大好きで仕方ないんだ」 小さな声で告げたその言葉は、誰に届くこともない。 けれど、自分の胸を確かに打ち抜いた。 ユリウスは両手で顔を覆い、声にならない笑いと涙をこぼした。 「もう……笑われたっていい……だって無事だったのだから」

ともだちにシェアしよう!