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現金なココロ2

【東峰 春side】 「冬森先輩」 それから、いつものバイトの帰り道。 俺はこのままじゃいけないと悟り、先輩に別れを告げようと決心した。 でも、 「なに?」 振り向く先輩の顔を見たら、途端に口が開かなくなった。 俺って情けない。いざ本人を前にすると、重要なこととかなにも言えないタイプだから。 苦悩して片手のひらで頭を抱えると、先輩は俺を見て、首を傾げていた。 ……つーか、言えるわけない。 改めて思う。 だって先輩、俺と付き合って、わざわざバイクやめて歩くレベルだし。 なんか、視線とかこう、同じ日にバイト入ってたら、ひしひしと何気に伝わってくるし…。 自意識とかじゃないんだけど、先輩って俺のこと好きなんだろうな、みたいな。 「東峰?」 「あーははは…いや、えーと」 言えない。言えるわけない。言えるかよ今更、 …別れなんか。 俺はアホか。こんなふうにしといて、たった数週間経った後に結局振るって。 先輩絶対、俺のこと恨むって。つーか、好きでもないけど好かれる嬉しさに今まで付き合ってた、とか知れたら俺、絶対先輩に嫌われるって。 ――いやだ。嫌だよ、…そんなの。 「東峰?」 優しく撫でられる頭に、優越感。 みんなに好かれる先輩が、俺を好きだっていうことの、堪らない嬉しさ。 ……現金なこころ。 俺は、先輩のそばに立ちながら、先輩から漂うスーとした清涼感ある香水の匂いに、ほっと気持ちが安らぐのを感じた。 その日、先輩の近くにいたいと思っている自分が、いた気がした。 俺は優柔不断で、八方美人な性格だ。 加えて卑屈。冷めてる。他人のことなんて、はっきり言ってどうでもいい。 全部ぶっちゃけると、俺ってこんなだ。 だから俺、やっぱり先輩とは、別れた方がいいんだと思う。 だってあんなにいい人、俺なんかに相応しくない。 先輩は俺のこと、表面上しか知らない。 決めた。 「先輩」 でも、先輩を目の前にして言うのは多分またできないだろうから、だからちょっと考えた。 「なに?初めてだな。東峰から電話くるの」 メールは、流石に礼儀がなってないし、だから電話なら、いいかなって。 「先輩…夜分に、すいません」 「いいよ、まだ9時じゃん。それに俺、東峰から電話かかってきて、……嬉しい」 ふとスマホ越しに聞こえた先輩の声に、心臓がえぐられる感覚がした。 俺は馬鹿だから、今になって初めて分かったんだ。 俺は本当に、サイテーだったって…。 スマホを握る手が震えた。 動悸がして、たまらなかった。 俺は先輩に、俺の都合で勝手なことを言って、振り回して、つけこんで、笑って。 好きじゃないのに、何で簡単に受け入れたりしたんだ、……俺の馬鹿。 「東峰?どうした?」 今なら、先輩の想いが真に伝わってくる気がした。 先輩の俺に対する気持ちなんてきっと、俺は今までどうでもよかったんだ。 だって俺は、そういう奴だから。 「…先輩。話があるんです」 落ち着いた声で言った。 俺は、割と電話は得意な方だった。 本人の顔さえ見えなければ、途端に黙ってしまう冬森先輩に対しても、きっと話せる。そう思えた自信があった。 「俺、先輩と…別れたいんです」 言った後に――何故か酷く後悔しているような、自分を感じる。 ……なんで。 俺は、別に先輩のことを、そういう意味で好きじゃない。だったら言うしかない。 こう言うしか、ないのに。 これ以上先輩のことを、“傷つけたくない”。 長い長い沈黙に、心臓があまりにも速い早鐘を打つ。 「…なんで?」 静寂を打ち破ったのは、先輩の低い低い声。 少しだけ、……怖い。 「俺、先輩に…これ以上嘘つけないと、思って」 「……」 「先輩は俺のこと好きで、告白してくれて、でも俺は、先輩のことを好きなわけじゃないし、」 黙る先輩の顔が見えなくて、安心というよりも、寧ろその逆で。 「先輩のこと先輩としては好きだけど、先輩のような気持ちで好きじゃないんです、ごめんなさい、だから俺、」 先輩の表情が、どんどん暗くなっていくのを想像して、胸が痛んだ。 俺は現実から背くように、ぎゅっと固く目を瞑った。 「今更なに、…それ」 けれど――スマホ越しに届いた先輩の声に、俺は瞑った目をすぐに開いた。 「そんなの、そんなこと最初から分かってたよ。でも、付き合ってから好きになることもあるじゃん。だから俺たち、付き合ってたんじゃないの?」 「そう、ですけど…でも」 「でも、もう俺と付き合うこと自体、嫌になった?男だしな…」 ふっと自嘲気味に笑う、どこか寂しげな冬森先輩の声に、違う!と、たちまち心が叫んだ。 「違うんですっ、そういうんじゃなくて、そうじゃなくて……」 必死になって、先輩に話しかける俺。 俺は自分が、自分で分からない。 男だから嫌というわけではない。別に他に好きな人がいるから、振るわけじゃない。 冬森先輩を傷つけるのが嫌だから、振る。先輩に対してそんな気持ちはないから、振る。 だって俺は、先輩のことを、“恋愛感情として好きなわけじゃない” 「……東峰」 先輩の低い声が耳に届いた。 その時、なぜか思った。 ……違う。俺は、何か違う…。 俺が本当に、思ってることは…… 俺が先輩に、想っていることは―― 「また、会って話そう」 急に、考えていることが、…何も分からなくなった。 切られた通話に俺は耳からスマホをそっと離す。 気付けば、ぐちゃぐちゃになっている自分の心に、俺は膝を曲げて座りながら、頭を垂れた。

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