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こっちを見なさい2
【冬森 郁斗side】
だけど――食い下がるわけにはいかない。
だって俺は、お前の言うことにまだ納得していない。
「東峰、」
ぐいっと力強く腕を引っ張ると、東峰の体はアッサリと、簡単にこちらに引けた。
「っ、離してください!」
ぐいぐいと彼の手を引っ張って裏に連れて行くと、
「乗れよ」
俺は傍らに置いてあった自分のバイクのメットを取ってから、そう言った。
「……やです」
「――乗れ。俺はお前と話があるんだ。電話なんかで、俺との別れ話済ませんのかよ」
言うと、東峰は若干気まずそうな顔をして、俺の差し出すメットを手にした。
東峰は真面目だ。
俺はきっと、彼の性格につけこんで、良いように言いくるめてバイクに乗せようとしている。
付き合ったのだって、俺が半ば強引だった節もある。
――それでも。
「……ちゃんと手回してろ。じゃないと、振り落とされて死ぬぞ」
そう言ってから、エンジンを数回かけて、発進するその直前。
急に前に回される、東峰の両腕。
背中にぴたりと、くっつき過ぎるくらいに密着して感じる、彼の体温。
……死ぬなんて、ちょっと言い過ぎたかな。
東峰はいま、一体どんな顔をしているだろう。
何を思って、俺に手を回しているだろう。
俺は東峰を後ろに乗っけて、自宅へ向けて、バイクで夜の公道を走った。
***
アパートに着くと、東峰はこじんまりとして、小さなテーブルの前に正座をして座っていた。
足くらい、崩せばいいのに。人の家だから、緊張してんのかな。
「ん、お茶」
東峰の座るテーブル前にお茶を置いてやると、東峰はありがとうございます…と小さく呟いた。
こうして見ると、さっきの喚いてた東峰とか、冷めてた東峰とか、嘘みたいだ。ほんと。
東峰の向かい側のテーブル前に座って、ゴクゴクとお茶を飲んだ。
それからふっと視線を感じて顔を上げると、東峰は途端に俺から目を離して下を向いた。
……なんなんだ、こいつは。
「は、話って、何なんですか?」
彼をじっと見つめていると、前に座る東峰がそう一言告げる。
「……東峰。俺、ちゃんと聞きたいんだよ。何で急に、別れるってことになるのか」
話しながら、随分自分が東峰に執着を持っているようで、驚いた。
俺自身、あんまり人を好きになったりとかしないから、余計に。
大学のいつも一緒にいるメンバーが知ったら、絶対腹抱えて笑うんだろうな…。
俺だってびっくりだ。
「…俺は、冬森先輩を、好きじゃありません」
耳に届いた彼の言葉に、
分かっていたはずなのに、心臓が矢で射抜かれたように痛む。
「それは、…これから変わるかもしれないじゃん」
「俺は、冬森先輩に好かれるようなやつじゃないです。男だし、先輩今、気がきっとおかしいんですよ。冷静になれば、…分かることだと思うんです」
ほんの少し表情暗めに言う東峰に、感じる違和感。
フラれているのは俺のはずのに、何故彼がそんなに暗い顔をするんだろうか。
「さっきも俺、先輩に対して色々言って、すみません。無視とか、…最低ですよね。俺」
「……」
「なんて言えばいいのか分からなくて、どんな顔をすればいいのか、分からなくて…すみませんでした」
東峰は、そう謝った。
部屋は静寂で、東峰の声と、いつの間にか降り出した外の雨音しか、聞こえなかった。
じめじめとした雨の湿気が、部屋全体にじわりと広がっている。
「……東峰」
「先輩って、モテるじゃないですか。なのに、何で俺なんですか?俺全然、分かんないですよ」
「そんなの、俺もわかんねぇよ。気づいたら、好きだったから」
「なに、それ…。はは、信じられない…そんな言葉。やっぱ全然、分かんないや……」
下を向く東峰。
そんな彼を見て、俺は困惑する。
東峰が何を求めていて、何を言いたいのか、俺にはサッパリ分からない。
東峰は、俺を嫌ってるわけじゃない。
でも、俺を振る。その理由は、俺の言葉が信じられないから…?
俯く東峰を見て、俺はぐしゃっと自分の髪の毛の束を手で掴んだ。
「東峰」
俺はもう一度、彼を呼んだ。
だって、わけが分からない。
彼の言っていることは、まったく…。
諦められる、納得のいく答えをくれよ。
振るなら、ちゃんと。ちゃんとくれよ。
東峰はこちらを向かなかった。
「……こっち見ろよ、東峰」
再度呼びかけると、ようやく顔を上げる彼。
その後、俺は彼を見つめたまま動揺を隠しきれなかった。
だって、…なんで。
東峰、何でだよ……?
東峰は、瞳を赤く充血させて、白い頬にぽろぽろと、数滴の涙を零して泣いていた。
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