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一線を越えた日2
【冬森 郁斗side】
あれから、東峰はいつまでも泣いた。
そして、いつまでもやめてと繰り返した。
東峰のギチギチだったナカは、何回か突くうちに、スムーズに動けるような広さになった。
最初は痛い痛いと叫んでいた東峰も、だんだんとそれっぽいような声を出し始め、俺は安堵した。
「先輩……っ」
ふと振り返った東峰に、俺は動きを止めた。
東峰は自分の声が恥ずかしいのか、頬を完全に赤に染めていた。
「どうした?」
何か言いたげな顔をする東峰に、優しくそう聞きながらも、本当はかなり戸惑っていた。
何を言われるんだろう。
俺はその時らしくもなく、落ち着きをなくしていた。
「あ、の……っ…」
でも、それから東峰が告げたものは、俺自身あまりにも予想してなかった言葉で。
「後ろ、じゃなくて……、前……向きたい」
恥じらうように言う東峰に、俺は一度思考を停止させた。
泣いて、痛がって、嫌がって、怖がって、今度は突然そんなことを言う彼。
なんで……?
俺はわからないままに東峰の体の向きを変え、仰向けにさせる。
彼を上から見下ろすと、東峰は俺の視線に目を泳がせ、やがて、恥ずかしそうに目元を手で覆った。
……なに、それ。
東峰、お前ほんとに、なに考えてんの…?
わかんない……わかんねえ。
何を思ってんだよ。
東峰が何を考えてるのか、俺、何もわかんねぇよ…。
「んん…っ!」
彼のナカを再び突くと、東峰はたまらなそうな顔をして、目を閉じ唇を結んだ。
さっきの彼とは大違いで、もしかして気持ちよくなってきたから…?と思ったりしたが、だからと言ってこんなに態度が変わるものとも思えなかった。
東峰は俺を振った。
東峰にとって俺は、そういう存在に見られなかった。
でも、今目の前にいる彼は、何?
「……先輩……、…先輩……」
まるで、両想いなのではないかと――そう錯覚してしまいそうな、東峰の表情。
俺の首の後ろに手を回して、東峰は喘いだ。
俺はそんな東峰の行動に答えるように、彼の背中に手を回して体をくっつかせて腰を動かした。
耳元で何度も聞こえる先輩、と言う声に、鼓動が早まった。
……東峰はもしかしたら、本当は俺のこと――
都合よく働く自分の思考回路に遮断をし、俺はその後絶頂へと達した。
***
東峰はその後、疲れ果てたように俺のベッドで服も着ないままに眠った。
……東峰、体大丈夫かな。
穏やかな表情で眠る彼を、隣で片膝を立てて座って眺める。
眠る彼を残して、俺は一度風呂場へと向かった。
シャワーを浴び、頭をタオルで拭きながら再び彼のいる部屋へと戻る。
東峰は先ほどと同じ場所で、体を少しも動かしていない状態で、依然としてぐっすりと眠っていた。
「そういや親とか、…大丈夫なんかな」
東峰の眠るすぐ傍に腰を下ろし、自分のスマホを開いてからふと思った。
確か、彼はまだ親と同伴で住んでたし、
黙ったままここに泊まらせたら、東峰の家族に心配させるかな…。
俺は無意識に、東峰の黒髪に手を伸ばして、軽く触れた。
何色にも染めてない黒髪は、正しく東峰で。
俺は今更、自分のしたことのとてつもない後悔を、そのとき感じていた。
しばらくして――
雨音しか聞こえない静まり返った部屋に、突然、スマホの着信音が鳴った。
それは、東峰のものだった。
俺はしばし固まって、その音を聞く。
何回目かで切られたそれに、俺はほっとして息を吐いて腰を上げる。
しかし、再び鳴り響く着信音に、ギクリ、体を揺らした。
もしかして、出るまでかけ続けるパターンかよ……?
寝ている東峰を起こしたくない。
今はゆっくり、休ませてあげたい。
俺は一度顔を手で覆うと、はぁと息をついて、彼のスマホをちらりと見た。
画面に表示されていたのは、男の名前。
少なくとも、彼の両親ではなさそうだ。
俺は彼のスマホを手にして、応答ボタンを押し、耳へと当てる。
「はい」
半ば緊張した声を出すと、スマホの向こうから声高めの男の声がした。
「…あ、にいちゃんの友達ですか?」
「え、はい」
予想していなかった東峰の弟らしき彼の問いに、咄嗟に肯定してしまった。
ほんとは友達……じゃないけど。
ほんとは彼氏、なんだけど。
いや、先輩っていやよかったのか?いや、つーか俺、振られたから彼氏じゃなくね…。
……あーまあ、どうでもいいか、そんなこと。
「兄ちゃん珍しく遅いから、みんな心配してて。あ、でも、友達の人といるなら大丈夫です。あ、でも、何時頃に帰れそうですか?」
「え」
彼に問われて、俺はスマホを手にしたまま、眠る東峰の方へと振り返った。
「ああ、えっと……ごめん。…彼、疲れて今寝てるんだ。だから、今日は俺の家に泊まらせてもいいかな」
そう話しながら、東峰の弟だろう相手に、罪悪感を胸に抱く。
「あっ、そうなんすか!もー…何やってんだよ、にいちゃんは」
「…うん」
俺は相槌を打ちながら、何の疑いもない明るい声に、視線を落とす。
“みんな心配してて”
「じゃあ、兄ちゃんをよろしくお願いします!さよなら!」
それからプツリと、すぐに切れる電話。
俺はスマホを耳から離して、振り向いてもう一度、彼を見た。
ピクリとも動かない東峰。
まるで死んでしまったかのように、寝息すら立てない彼。
「……ごめんな。東峰」
言いながら、彼の髪に触ろうとして、すぐに手を引っ込めた。
なぜだか、彼に触れてはいけないような気がした。
その日の夜は、眠れなかった。
眠る東峰の横で、俺は冴えた目を開けたまま、天井を見つめ続けた。
長く降り続いていた雨は、明け方になって、ようやく上がった。
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