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先輩、ねえ先輩1

【東峰 春side】 先輩に抱かれたその日、俺は多分夢を見た。 先輩に、頭を何度も優しく撫でられる、幸せな夢を。 夢見心地のまま――ゆっくりと目を覚ますと、そこは自分の部屋ではなかった。 数秒後、俺はすぐに昨夜の出来事を頭に思い出す。 そうだ。 俺、昨日先輩の部屋で、先輩とエッチして… 慌てて上半身を起こすと、自分の腰に激痛が走って顔を歪めた。 なにこれ…。痛い…… 腰を押えているとき、そばでがちゃりと扉が開く音がした。 「東峰。…おはよ」 顔を上げた先に、無表情でも笑顔でもない、読み取れない表情をした先輩が立っていた。 俺は先輩を前に、心臓が大きく跳ねる。 こんなにも朝から先輩を見たのは、当たり前だけど初めてだった。 「お…はようございます…」 そう挨拶を交わしながら、緊張感が襲う。 先輩の顔が、見られない。どうしよう。 だって先輩、昨日俺のこと、あんなことして、こんなことして…さ。 「なんか食べる?」 1人悶々と考えていたら、先輩の声が聞こえてドキッとした。 「あ、たっ、食べますっ。な、なんでも」 焦って、俺は早口にそう伝えた。 先輩はそんな俺を見て、すぐに目を逸らしてから、トーストを2枚トースターに入れた。 ジーというトースターの音が響いて、俺と先輩の間には、妙な沈黙が漂った。 何か話さなきゃ…と頭の中で考えるが、何を言えばいいのか分からず、そばに立つ先輩の顔を一度チラリと見ようとする。 けれど、すぐに動き出してしまった先輩に、俺は、あっと言って体をベッドから起こした。 その瞬間、 「っ……!」 腰が、悲鳴を上げた。 痛い。なにこれ……立てないし。 ベッドから出られずに頭を垂れると、近くに先輩が来る気配を感じた。 「東峰っ?大丈夫か?立てないのか?」 そばに、心配そうな顔をして俺を見る、冬森先輩の姿がある。 「あ…大丈夫です。すみません」 半笑いしながら言うと、再び立とうとする俺の目の前に、先輩の手が差し出された。 「俺の手持って、立って」 ―ドキ 俺は先輩に差し出される手に、胸の音を立てる。 先輩の手を握って、ゆっくりと立つと、反動で体が先輩と触れた。 「あ、ご、ごめんなさい」 「…いや。…ごめん」 咄嗟に謝ると、先輩は俺の顔は見ずに俯いて言った。 そして、すぐにサッと離される先輩の手に、違和感を覚えた。 よく分からないけど、何か変だった。 顔を見ない先輩も、すぐに手を離す先輩も。 だって先輩は、そういう人じゃないから…。 俺から逃げるようにキッチンへ向かう先輩を見送りながら、胸に寂しさが込み上げた。 *** 「春、何で昨日休んだの?風邪?」 先輩とエッチをした翌々日。 大学で1限目の講義を受け終わった俺は、目の前に立つ友人のあきの声に、顔を上げる。 「いや、ううん。別にそんなんじゃないんだけど」 「何それ?ズル休み?」 「や、そんなんでもないんだけど」 男の先輩に抱かれて、腰が痛くてまともに歩けなかったから。 …なんて、言えるわけない。 そもそも何で俺は、馬鹿みたいに正直に答えようとしてんだろう。 先輩は…嘘つくのとか、上手そうだな。 「はーる」 急に目の前にヒラヒラと振られる手。 「どうしたの?ぼーっとして…。大丈夫?」 「えっ」 「なんか、いつもの元気な春じゃないからさ」 覗き込むようにしてあきに顔を見られ、慌ててあははと笑った。 「そんなことないよ!てか、次授業どこだっけ」 「新館の101」 話題を逸らして、講義室を移動する。 校内を歩きながら、俺は頭に、心配した顔をして俺を見る冬森先輩のことが蘇る。 ”大丈夫?”と、先輩に何度も聞かれたことを思い出す。 先輩はエッチをした次の日の朝、俺を家までバイクで送ってくれた。 元気よく出迎えた俺の弟の姿に、先輩は笑えない顔で笑っていた。 …明日は先輩と、シフトの合う日。 つい最近まで全然先輩とシフトが合う日なんてなかったのに、何で急に、こんなに合う日が多くなってるんだろう。 一体どんな顔をして、…先輩に会えばいいんだろう。 教授の話が右から左へ流れていくのを感じながら、俺は先輩のことばかりを頭に思い浮かべていた。

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