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どうにもなんないこと2
【冬森 郁斗side】
そして、月日は流れた。
世間は長期の休みに突入し、俺たちのバイト先の店も客足が増えた。無駄口を叩く暇もなく、仕事に追われる日々が何日も続いた。
「お疲れ様ーー!」
長期休み、最終日。
店長の声が店内に響くと同時に、バイトメンバーは皆、疲れ果てたようにして更衣室へ向かった。
「あー疲れた〜」
「明日どうするー?」
ガヤガヤと騒がしくなる更衣室で服を着替えながら、俺は疲労に頭をぼんやりとさせていた。
ちらっと、そばで同じく着替えている東峰の方に、無意識に目を向ける。
最近気のせいか、東峰が前にも増して可愛くなっているような気がする。
何でこんなこと、思うんだろう。
後ろにフードのついたパーカーなんか着てるからか?…いや、前から着てたか。
俺はそのうち、彼からふっと目を逸らした。
「冬森さん」
帰ろうと更衣室から外に出ると、横からかけられる声に立ち止まって振り向く。
「葉月さん…。どうしたの?」
すぐ傍に立つ帰り支度をした彼女に気付き、問うと、葉月さんは伏し目がちに微笑む。
「……あの。今日一緖に、帰れないかなと思って…」
彼女の話を聞いていたそのとき――ふと、背後から視線を感じた。
すかさずぱっと振り返ると、案の定、巧や他のバイト仲間たちが、俺たちを見てニヤついているのが分かった。
俺は彼らに向け、軽く睨みを利かせる。
「あ…なんか、すみません」
「え?あーいや、いいよいいよ」
完全に彼らが去った様子を見届けてから、遠慮がちに喋る彼女に俺は目を向ける。
すると、俺を見てふわりと笑う葉月さん。
いい子、なんだろうな……。
この子を彼女にしたら、東峰のことも、そのうちすぐに…忘れられるのだろうか。
そんなふうについ考えてしまう俺って、彼女からしたらきっと、最低で。そしてこんなの絶対、別に彼女を好きなわけじゃないんだよな、って。
隣で控えめに笑う葉月さんを見て、俺は口端を上げながら、そんな当たり前なことを思った。
***
それから――何週間か経った、とある平日の夜。
近くの焼肉屋で、店長を含むバイトメンバーで飲み会が開かれた。
連休に皆んな頑張って働いてくれたから、という店長の奢りの誘いに、俺を含むバイトメンバーは喜んで駆けつけた。
なんてったって、奢りだしな。
「じゃあ、改めて皆さんお疲れ様〜!」
立ち上がってビールを掲げて言った店長の合図に、お疲れ様でーすっと言う声が続いた。
(…今日はバイクで来てるし、お酒はビール1杯に留めておくか。)
俺は頼んだビールをひと口飲んでから、向かいに座る巧に語られる話に耳を傾けながら、肉を焼いた。
「冬森さん、私それ焼きますよ。手伝います」
「え、葉月さんいいよ。俺やるから、楽に座ってて?」
「いえ、いいですよ全然。私それくらいできるし、先輩は少し休んでください。ね?」
肉を焼き始めて割とすぐ、隣に座る葉月さんに言われ、俺は手を止める。
あまり拒むのもあれかと思い、じゃあ…と言って、俺は肉焼き担当を葉月さんに交代してもらった。
でも俺、肉焼くの、結構好きなんだけどな……。
やることが無くなり、ジュージューと焼ける肉をぼうっとして見つめていると、すぐそばでニヤニヤとした視線を受けるのを感じた。
「……なんだよ」
「いいやぁ〜?仲いいなぁと思って〜?」
あからさまな巧の声に、俺は軽く息を吐く。
別にそんなんじゃないのに……。
でも、何故か周りのバイトメンバーにも、俺と葉月さんは“そういう関係”って勝手に認識されているみたいで。
正直、どうすればいいのか分からない。
俺は、葉月さんの肉を焼く白い腕越しに見える、遠くに座る東峰に視線を向ける。
東峰は何やら、周りの奴らに酒を勧められて、断れずに困っているようだった。
…そういやあいつって、もう20歳なんだっけ。
19か20なのは知ってるけど、もう20歳になったんだっけ?
無駄に顔が幼いから、全然分かんないや…。
そう思いながらふと気付いた。
そういえば俺、東峰の誕生日って知らないな…。
だけど、よく考えたらそんなのは当たり前で。
だって俺たち、そういうこと互いに知る前に、セックスだけして、別れたような関係だし。
それに短いし、実際好き同士じゃなかったし……。
ああやばい。
そう思ったら、なんか今改めて…落ち込んできたかも。
「はい。冬森さん」
「あ、うん。ありがとう」
葉月さんに渡された、お肉の乗った皿を受け取る。
そこの焼肉店は評判が良くて、だから絶対美味いはずなのに、何故だかあまり美味しく感じられなかった。
その理由は、自分でも分かっている。
……だけど、それはきっともう、どうにもなんないことなのだろうと、思った。
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