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優しい声1
【東峰 春side】
先輩は、俺と全然話さなくなった。
目も、合わさなくなった。
必要最低限なことしか、口を利かなくなった。
それは当たり前で、当然の結果で。
なのに俺は、どうして…冬森先輩とこんなにも、話がしたいと思ってしまっているのだろう。
優しく笑って欲しいとか、あの時みたいに俺だけ見てて欲しいとか、頭を撫でて欲しいとか。
先輩に触れたい、近づきたい、
先輩の隣に、俺がいたい…なんて、そんな女々しいことばっかり。
俺は重症だ。
先輩が恋しすぎて、半ば病気にかかってるんだ。
多分、恋の病、とかいうやつ…。
「東峰、酒飲めば?もう20歳なんだろー?」
「…俺はいいです。お酒、まだ飲んだことないし」
「ええっ!ちょ、待て、うっそ一度も!?っひゃー真面目〜〜」
……何がだこの野郎。
真面目で何が悪い。俺はこういう人間なんだよ。
髪も染めないしピアスも開けない、酒も飲まないしタバコも絶対吸わない。それの何が悪いんだよ。
俺は違う。……冬森先輩とは、俺は、全然違う。
遠くで楽しげな声がして、思わず目を向けてしまった。
そこには、先輩と楽しそうに笑う、あの新人の女の子。その子は先輩の隣で、肉を焼いて、先輩はその子の焼いた肉を食べてる。
…付き合ってるとかって、前に、バイト先の人たちが先輩たちのことを噂しているのを耳にした。
本当なのかな。
でも、本当みたいだよね。
だって、傍目から見て2人、すごくお似合いだもん。
先輩カッコいいし、女の子可愛いし。家庭的そうだし、すごくしっかりしてそうだし。
それに対して俺は男だし、こんなよれよれのパーカーだし、先輩とは不釣り合いだし、ガキだし、すぐ考えも変わる気分屋だし…。
大体こういう会だって、本音を言うと来たくなかった。皆んなでワイワイ食べるとか、全然興味無いし、今だって早く帰りたいって思ってるし…。
でも、それなのにわざわざ来たのは、店長の原則全員参加の声のせい。
それさえなかったら、こんな会出なかった。
それさえなかったら、こんなに悲しい気持ちに、…なったりしなかったのに。
こちらを全然見ようともしない、振り向きもしない先輩に、突然ぐわあっと、涙が込み上げてくるのを感じる。
この悲しみからどうにかして、少しでも逃れたいと思った。
***
「…ぷはぁ〜」
それから俺は、人生初、お酒というものを飲んだ。
ビールではなく、もちろん酎ハイだけど。
一口飲んでみた酎ハイは、ジュースみたいに甘くて、後味だけが若干お酒っぽい味がした。
でも、全然飲めないほどではなかった。
火照ってくる自分の体と、陽気になってくる気分は、嫌なことを忘れられる気がした。
なんだろう。なんか、ぼうっとするな。
だけど、さっきよりいい気分……。
「東峰、結局お前酒飲んだの?」
「んー……」
「うわ、…大丈夫かな東峰」
テンションがハイになる心地を感じながら、俺は酎ハイをまた、ゴクゴクと口にした。
グラスを握ったまま、俺は遠目にいる冬森先輩たちを、ぼやけた頭で見つめた。
先輩……楽しそう。
今度はちゃんと、女の子と付き合ってるんだ。
よかった、よかった…本当にこれで。
やっぱ俺を好きになったのは、先輩の間違いっていうか、気まぐれ…みたいなものだったんだよね。
ああよかった、先輩がちゃんとその間違いに気付けて。俺がちゃんとあの時振って、やっぱりよかった。全部、正解だったんだ。
よかった、……よかった。ほんとに、よかった。
そのとき、ひやりと自分の頬に何かが伝うのを感じた。
頬っぺたに手をやると、少量の水滴がついた。
あれ……何で俺、涙なんか流してるんだろう。
何も悲しいことなんて、ないはずなのに。
先輩は、俺と付き合わなくてよかった。
それでいいって思ってるのに。
ほんとにちゃんと、思ってるのに。
なのに、何で俺、
こんな気持ちになってるんだろう………。
「うわっ!東峰お前、泣いてんのかっ?」
驚いたような店長の声が聞こえた。
ぽとぽとと、あの日のように涙が流れ出す。
俺はそれを抑えられないまま、お酒のグラスを片手に泣いていた。
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