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好きだよ、全部1
【冬森 郁斗side】
「あれ、東峰酒飲んでる。あいつ20歳超えてたんだ」
耳にした誰かのそんな声に、肉を食べる手を止めた。
思わず遠くにいる東峰を見ると、幼い顔にあまりにも似合わない、片手に酒を持つ彼の姿があった。
ジュース…に見えなくもないが、あれって酒なのか。
頬も紅潮してるし、なんか酎ハイっぽいな。
彼のその姿に、妙な違和感を感じた。
あいつらしくない、というか…。
だって似合わない、あいつには。
なんで、酒なんか……。
東峰、そもそも飲んだことあるのか?
しばらく様子を見ていると、たかだか少しだけ飲んだ酎ハイに、酔ったように体をぐでん、とさせる東峰を見て、俺は内心はらはらとしていた。
「冬森さん、どうかしました?」
視界を、葉月さんの顔が遮る。
「ああ、いや…。何でもない」
途端に顔を逸らして言う。
けれどそれ以降も、肉を食べながら、頭の中から彼のことが離れず、気になって仕方なかった。
大丈夫かな、あいつ。
気になる、…放って置けない。そばについててやりたい…。
……はあ、困ったな。
俺はまた顔を上げて、東峰の方へ目を向ける。
……ん?
彼を見てすぐ、俺は様子がおかしいことに気付く。
机に突っ伏している東峰の閉じられた瞳から、きらりと光るものが見えた気がした。
まさか、泣いてる?
だけど……なんで、どうして?
なんかあったのか?
店長に怒られた?
それとも、何かバイトの奴らに言われたのかな。
心のざわつきが、静かに膨らんでいく。
「ちょっと、」
「え?」
スッと腰を上げた。
――見てられなかった。
考えるよりも先に、多分体が勝手に動いていたんだと思う。
「東峰のとこ、行ってくる」
言った直後、えっという、葉月さんの戸惑った声が後ろで聞こえた。
俺はそれに振り向くことなく、足早に東峰の元へ向かった。
そばに行くと、東峰は酒で頬を赤らめ、机に顔を伏せて静かに泣いていた。
何でこれで、周りの奴らは気づかないかな…。
陽気に笑うバイトメンバーと、東峰の間に割って入って座る。
「あれ、冬森さん。どうしてこっちにいるんですー?」
のんきに尋ねてくるバイトの後輩に、俺は少々ムッと顔を顰める。
「別に」
だって、近くで東峰がこんなに泣いてるのに。
俺ならこんなこと……絶対見逃さないのに。
もしかして、酒飲むと涙脆くなったりすんのかな、などと彼を見ながら一瞬思ったりもしたが、そんな軽いものとは、何故か思えなかった。
「東峰」
悲しみに酔い潰れたような彼の姿に、あの日の罪悪感も忘れて、声をかけた。
東峰は、俺の声にゆっくりと目を開き、俺を見上げ、先輩…と呟いた。
久々に間近で見る彼は、酒のせいかどこか色っぽく見えた。
俺はじっと東峰に見つめられながら、心が乱れるのを感じた。
……やっぱりまだ、好きなんだ…俺。
なぜ男の彼なのか、なぜ東峰なのか、
それは未だよく分からないけれど。
だけど、彼のことを無意識に、いつも目で追ってしまう。
俺は前髪を触って、彼の視線から目を逸らす。
つーか…どうしようか。
なぜか今、俺、東峰に見られてる。
そのとき、ふと頭にあの日の彼が蘇る。
〝痛い…!痛い痛い痛い!先輩の嘘つき…!痛くないって、言ったのに!〟
……俺は馬鹿だ。
あんなことしたくせに、東峰を泣かせたくせに、今更こんなことをして。
東峰からしたら、いい迷惑としか思っていないはずだ。
俺に心配なんかされたって、きっと…。
今俺を見ているのは、東峰のどっかに行けっていう、メッセージなのかな…。
「ごめん」
自分勝手な行動に気づいて、俺は下を向いて謝った。
情けなかった、自己中な自分が。何も東峰の気持ちを考えられない、自分が。
東峰が泣いてようと酔っていようと、俺がそばについてやることはできないのだと、そう思った。
「俺、あっち戻るな」
俺は腰を上げながら言い、立ち上がる。
しかし、完全に腰を上げることはできなかった。
服の裾を、何かに引っ張られるような感覚がしたからだ。
え?
振り向いて見えた、目の前の光景に俺は動揺を隠しきれない。
「ちょ……なに……」
服の裾をぎゅっと掴む東峰に、俺は視線を泳がせた。
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