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願っていたことは1

【東峰 春side】 先輩は優しい。誰より優しい。 俺の矛盾しまくりの言動に、先輩は怒りもせずに、仕方ないなって受け入れてくれる。 先輩は優しい、優し過ぎるよ…。 俺がちょっと酔ってるからって、送迎なんかしてくれちゃってさ。 俺がバイクから降りなかったら、簡単に先輩、俺のことおんぶしちゃってさ…。 「…った。何すんだよ」 気付いたら、先輩の頭に手で触れて軽く叩いてた。 …俺、何やってるんだろう。 先輩に対して、こんなことしていいはずなんて、ないのに。後輩のくせに、こんなこと、あり得ないのに。 でも―― 「あーはいはい。ちょっと待ってな」 俺を抱えて鍵を探しながら言う先輩に、心を鷲掴みにされた。 先輩は、そうやっていつもずるいんだ。 優しくて、大人で、余裕で。 俺とはもう歳は同じはずなのに、先輩と俺は、本当に全く違う。 面倒見良くて、こうやって面倒かけてる俺のことなんて、一つも咎めもしないで。 終始落ち着いていて、穏やかで。 ……でも俺は違う。 俺は他人のことこんなに、何かあるたびに一々介抱なんてできない。 そんなに優しい心は、持ち合わせていない。 でも先輩はそれをする。 いとも簡単に、やってのけるんだ。 思い知らされる……先輩といると、つくづく。 俺と先輩の、決定的な大きな違いを。 「水飲むか?」 先輩はベッドに横たわる俺を見て言った。 既に、コップに水を入れてくれてる先輩。 先輩が俺に優しくするたび、俺たちの距離はどんどん開いていく気がして。 それが、……俺にはたまらない。 「東峰。お前さ、もう酒飲めるのか?」 先輩の話を、水の入ったコップを持ちながら聞いていた。 「あんまり無理するなよ。てかお前、酒飲むの初めてってあれ、まじ…」 「一昨日」 先輩が言い終わる前に、俺は口を開いた。 「一昨日、誕生日…だったから」 その後、先輩から囁かれそうになった言葉を、俺は瞬時に遮っていた。 「おめで」 「やめてください」 だって危ない。 もう少しで俺、先輩に全部…飲み込まれるところだったから。 「先輩にそんなこと、言われる筋合いない。先輩にお祝いされても、嬉しくなんかない…」 咄嗟に予防線を張る。 だけど―― 「そんなに俺が、……嫌いかよ」 目の前に、垂れた先輩の茶髪の頭が見えて、俺はあの時のことが蘇った。 〝東峰。俺と付き合うのいやなら、ちゃんと言ってな〟 ……あのときと同じ。 あの頃と、なにひとつ変わっていないんだ、俺たち。ううん、俺は。 そして俺は、言うんだ。 終わりそうになったら、先輩を散々振り回した挙句、最後になって俺は、結局言うんだ。 「だって、先輩に優しく声かけられると、俺……先輩のことしか、見えなくなる」 悲しげな自分の声が、まるで他人のもののように耳に届く。 俺は本当に、優柔不断。 きっぱり振れない。嫌いと言えない。 はっきり好きと言えない。 自分の気持ちを、上手く先輩に伝えられない。 「東峰」 「先輩は」 何か言われる前に、何か言わないとと思った。 でも、何をどう言えばいいのか、何から言えばいいのか、何も分からない。 「俺の面倒見て、自分の好感度あげて、本当は俺のことなんて面倒って思っててっ、先輩が俺に優しくするのは、……俺が好きだからじゃなくて」 整理のつかない感情が、矢継ぎ早に口を突いて飛び出していく。 「ムカつく…… 俺のことこんなにさせといて、また優しくしてくるし…。先輩なんか、嫌いだ…… 先輩なんか、大嫌いだっ!」 何でこんなこと、口に出して言ってしまったんだろう。 でも、全部本心だった。 俺は、先輩なんか嫌いだ。 誰にでも優しくて、頼られて、カッコよくて。 俺は冴えない。 同じ男なのに、先輩より一つ学年が違うだけなのに、俺と先輩は比べものにならない。 …俺は先輩が嫌い。 俺はあなたのことなんて、好きなんかじゃない――― 「いい加減にしろよ」 先輩の怒ったような声が聞こえて、ドキリとした。 「人のこと勝手に、どーのこーのって」 先輩はいつだって、怒るなんてことはしなかった。 でも今は、ほんの少しだけ、先輩が怒ってるのが伝わって。 「…離して」 「離さねぇーよ」 先輩の声とともに掴まれる腕。 先輩に握られた箇所に、熱が集中した。 先輩のいつもより強気な声に感じたのは、怖さだけじゃなかった。 嫌いだと、好きじゃないと、そう思いたいのに。 なのに…今この瞬間も、どうしようもなく、先輩に惹かれている自分がいる。 どうしよう… 俺もう、隠し通せる自信ない……。 もう隠すのは、限界なのかもしれない。 先輩にはもう、通用しないのかもしれない。 もう俺は、先輩から、 ――逃げられないのかもしれない。 「…東峰。お前俺のこと、ほんとはどう思ってんの?」 先輩から真っ直ぐ向けられる視線に、俺は濡れた瞳を泳がせた。

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