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願っていたことは3

【東峰 春side】 先輩は俺の腕を解いて、俺に向き直った。 「何でそんなこと、言うの?」 そのときの先輩の表情は複雑で、だけど多分困惑していた。 「俺が他の子と付き合うの、嫌なの?東峰」 先輩の顔を見つめ、俺は何度目か分からない涙を流し、口を開いた。 「いやだ…… 絶対、嫌だ……」 躊躇なんて、戸惑いなんて、もうなかった。 情けなく口を開きながら、涙の出る目元を手でゴシゴシと擦ると、先輩に腕を掴んで止めさせられた。 「どういうこと」 ぐっと先輩に掴まれる感触に、俺は目を開いた。 顔を上げた先にある真剣な先輩の瞳に、吸い込まれそうだった。 「東峰、俺のこと好きってこと? 他の子とそういうことになって欲しくないってことは、そういうこと…?」 確かめるように、不安げに、慎重に、先輩が俺に訊ねてくる。 もう迷いなんてなかった。 俺は震える唇を動かし、何度も抑えてきた気持ちを口にした。 「はい……。 俺、冬森先輩のことが、好きです……」 ずっと言えなかったその言葉は、意外にも呆気なく、すんなりと口からこぼれ落ちた。 同時に、心がすっと軽くなる感覚がした。 だけど――言ったあとに、俺は少しだけ後悔した。 先輩はしばらくの間、何も言わなかった。 ただ驚いて、俺を見つめるような、そんな感じで。 訪れる長い静寂が、俺の不安を煽った。 もう先輩は、俺への気持ちなんてないかもしれない。 なのに俺は、なんの考えもなしに、なんてことを言ってしまったんだろう。 告白されたのは俺の方だったのに、告白してきた先輩にまた俺から告白してるだなんて、…よく考えたら変な話だ。 「…いつ?」 「へ?」 おもむろに先輩に問われて、俺は目を点にした。 いつ?って……。…え? 「東峰、俺のこと振ったよな。てことは、振ったあとのどっかで好きになった…ってことだよな?」 先輩の真面目な顔と声に、俺はしばらく固まって、軽く冷や汗をじわりとかいた。 好きになっていたのは、多分、先輩と初めて言葉を交わした瞬間から…。初めて、先輩と会ったときから。 ちらっと先輩を見ると、真剣な顔で俺を見つめていた。 どうしよう。言えない……。 「えっと…」 「…」 「き、昨日…とか」 「な、…はあっ?」 片眉を寄せた先輩の声に、ビクッと体を揺らした。 あーーもう!!俺ほんっと嘘下手だ! 「ていうかそんなことっ、どーでもいいじゃないですかっ!」 開き直って言うと、先輩はえっ、といった戸惑った表情で俺を見てきた。 「…どーでもいいって」 「それより、早く返事してくださいっ!」 「え?」 「ふ、振るなら早く…っ!俺、もうちゃんと、今日で区切りつけますから!」 勢いに任せて目を瞑って言うと、先輩はまたしばらく黙った。 長い長い沈黙に、不安がどんどんと募った。 「東峰……お前」 「……」 「わざとそれ、聞いてる?」 先輩の声に、俺はそっと顔を上げた。 「俺、お前に振られたんだぞ。分かってる?」 ちょっとだけ拗ねたような先輩の表情。 初めて見る先輩の顔に、胸がぎゅうと甘く締め付けられる感覚がした。 「何で急に、好きってなんの?」 ドキ 「え…」 「俺、ちゃんと聞きたいんだ。まだよくわかんないし…… 好きの一言だけで、舞い上がりたくない。ちゃんと、話して欲しい」 真剣な先輩の姿を、俺は頬を染めて見つめた。

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