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願っていたことは4

【東峰 春side】 「ちゃんと、言って欲しい」 真っすぐに向けられる先輩の目。 言ったら、引かれるかな。面倒だって…おもうかな。 「先輩は……その。なんていうか、違うから」 「え?」 「髪型とかもだし、…性格とか、趣味とか、考え方とか。ピアスとか俺、痛くて無理だし、先輩と俺って、絶対正反対だし」 言って、一度顔を上げると、先輩は心なしかきょとんとした顔をしていた。 「先輩は優しくて、見た目もいいし……だから、本当のこと、言えませんでした。俺は先輩には、相応しくないって…」 「ちょ、ちょっとストップ」 先輩に制止され、声を止める。 先輩は考え事をするように、難しそうに眉間に皺を寄せて、頭を手で触っていた。 「あー…えーと」 言葉を詰まらせる先輩をじっと待っていると、先輩は俺から目線を少し外して口を開く。 「なんか、色々考えすぎじゃない?」 え……。考えすぎ? 「俺は、性格とか趣味とか、そういうの違うのって、当たり前だと思う。それに、その方が寧ろいいんじゃないかな」 「…え」 「俺は、…優しいってさ、そりゃ好きな人には優しいし、当たり前だし。俺だって、ガキなとこもあるっつーかさ……あーだから」 言葉を選んで話す先輩に、何故だかいま、激しく心が惹かれた。 俺に理解してもらおうと思って話してくれてる、優しい冬森先輩の姿に。 「……つーか東峰、もしかしてそれで俺のこと振ったとか?」 先輩に問われる台詞に、ギクリ、肩を揺らす。 「ご、ごめんなさい」 視線を下にして謝ると、先輩はえっと言った後に、はあ〜〜〜っと膨大な息をついた。 「なんだよ、そんなこと……。俺はてっきり、俺のことそういうふうに見られてないもんだとばかり」 「そ、そんなことなんかじゃ、ないですよ!」 軽い口調で流そうとする先輩に、俺は思わず声を上げる。 「先輩は何も分かってない… 分かってないです」 「え、何が」 「俺は、先輩みたいにいい性格じゃないし、すぐ怒るし、すぐ泣くし、本当はすげぇウザいし、先輩思ってるみたく、俺…全然いいヤツじゃないし」 早口で話すと、先輩は目を丸くして俺を見た。 「いや、だからさ、東峰…あのな」 「俺、先輩みたいにカッコいい服着こなせません……!それに、いまは俺こんなだけど、いざ懐いたらもうすごいっていうかっ 本当ガキで、せ、先輩みたいに全然大人じゃないし!」 「だから、東峰」 不意に腕を引かれて、正面から先輩に抱き締められた。 目を開いた。 先輩の体温に。先輩の厚い胸板に。 聞こえる先輩の心臓の音に。 ……わ。……先輩に抱き締められてる。 先輩の腕の中に、いま、いる。 なんで。何が、どうして、こんなことになってるんだろう。 「……もう分かったよ」 息をつくような、優しい先輩の声が耳元で聞こえた。 「いいから。それで」 先輩のそんな短い言葉に、俺は瞳を大きくした。 まるで、今まで思っていた全ての感情が、先輩のたった一言で解けていくような。 そんな感覚がしたんだ、――今。 「服がどうとか、何で?いいじゃん。東峰はパーカーで」 先輩の落ち着いた囁くような声に、自分がこれまで思っていたことが急にちっぽけで、悩んでいたことが馬鹿みたいに思えてきて。 「だって、東峰似合ってんじゃん。どうして?何でそんなふうに思うの?」 先輩は俺にとって、やっぱり越えられない人…って、今、また思った。 だって俺、先輩の何気ない言葉の一つ一つに、こんなに胸を打たれてる。 「いいよ、ガキで。いいよ、怒って。いいよ、だって俺、東峰のこと、好きなんだからさ」 ………何で俺は、 今までこんなことで、踏み止まっていたんだろう。 先輩は、俺の憧れの人。 嫉妬してた。いつも羨ましかった、先輩が。 かっこよくて、俺とは全然違うあなたのことが、 ……本当は大好きだった。 「関係ないじゃん。だからって嫌いになるとか、そんなのおかしいじゃん」 「先輩…」 「東峰ほんと、変なのなぁ」 ――先輩はすごい。 先輩はいとも簡単に、俺の気持ちを揺さぶる。 好きって思わせる。 その気持ちだけに、させられる。言わざるを得なく、させられる。 …俺の心の船を、こんなにも簡単に退かした先輩は、一体何者なのかな。 すごいな、先輩は。先輩は本当に、すごいな……。 俺にとって、先輩の”いいよ”て言葉は、まるで救世主に、手を差し伸べられたようなものだったんだ。 あなたは知らない。 きっと、こんな俺の気持ちに。 先輩は俺とは違う。俺とは全く世界の違う人。 考え方も、容姿も、趣味も、何もかも。 でもね、先輩。俺、……だから惹かれたんだ。 だからこそ俺、先輩のことが好きになっていたんだ。 これからも多分、カッコいい先輩には、少しの劣等感はまだ消えないだろうけど。 でも、今やっと、自分の気持ちに正直になれた気がする。―― 「じゃあ…俺のこと、好きってことでいいのな?」 「、は、はいっ」 頷くと、先輩はいつか見せた嬉しそうな笑みを俺に向けた。 そのとき思った。 もう二度と、この笑顔を手放すような馬鹿な真似はしない…と。 俺はそう、心に強く誓った。

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